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佐々木譲 エトロフ発緊急電 [日記(2008)]


エトロフ発緊急電 (新潮文庫)

エトロフ発緊急電 (新潮文庫)

  • 作者: 佐々木 譲
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1994/01
  • メディア: 文庫


 昨年『警官の血』で気を吐いた佐々木譲の初期三部作の一冊です。三部作とは『ベルリン飛行指令』本書『ストックホルムの密使』ですが、本書『エトロフ発緊急電』が一番完成度が高いと思います。
 物語は太平洋戦争の端緒となったハワイ・真珠湾奇襲作戦の裏面史を扱った歴史ミステリーです。山本五十六率いる日本帝国海軍の真珠湾奇襲作戦は、米国の暗号解読によりルーズベルトは事前に知っていた、と云うのが今日の定説の様です。

 ネタばれですが、本書の面白さを損なうものではありません(と勝手に解釈)。

【登場人物】
斉藤賢一郎(コードネーム、フォックス)
 庭師を父に持つ日系二世。ポートランドの高校を三番で卒業し、船員組合の活動家を経てスペイン国際義勇軍に参加。帰国後、殺人容疑二件。米海軍にスカウトされ諜報員となり日本潜入。
岡谷ゆき
ロシア人を父、日本人を母に持ち択捉島で誕生。高等女学校卒業後、島を訪れた写真家と出奔。五年後帰島し叔父の後を継いで灯舞で駅逓を営む。
宣造
灯舞の駅逓でゆきを手伝うクルリ人の青年。千島列島より強制移住させられた祖先を持つ。
ロバート・スレンセン
基督教会牧師。中国赴任当時、南京大虐殺に遭遇し中国人の恋人を失う。後日本の東京改心基督教会牧師。海軍諜報機関協力者。山脇と真理子の結婚式の司祭。
アーノルド・テイラー少佐
米海軍情報部。斉藤賢一郎を養成。コードネーム『ぐうたら野郎(グーフボーイ)』
大貫誠志郎(海軍中佐)
海軍 連合艦隊司令部 参謀。『ベルリン飛行指令』で零戦をドイツに運んだ海軍の実務担当者。本書では山本五十六の副官として真珠湾奇襲作戦の実務担当。
磯田茂平
東京憲兵隊軍曹。東京から択捉へと斉藤賢一郎を追う。

【ベルリン飛行指令】関連登場人物
安藤真理子
米駐在武官の父とアメリカ女性の間に生まれる。兄安藤敬一大尉は『ベルリン飛行指令』で零戦をドイツに運んだパイロット。本書では、兄の紹介で知り合った山脇順三とスレンセンの協会で結婚式を挙げる。
柳田邦男の『マリコ』を彷彿とさせる設定です。
山脇順三
海軍省書記官。真理子の婚約者。

***********************************
時代背景(1941年)
1月  ロバート・スレンセン、米大使館にハワイ奇襲の情報を伝える
3月  野村駐米大使と ハル国務長官が日米交渉開始
4月  日ソ中立条約成立
5月  岡谷ゆき、択捉に帰る
6月  ナチス・ドイツ、ソ連に対し宣戦布告
7月  第3次近衛内閣成立、米在米対日資産凍結、日本軍が南部仏印に上陸
斉藤賢一郎、米海軍情報部で訓練を受ける
8月  米、石油の対日輸出全面禁止を発表
9月  御前会議にて「帝国国策遂行要領」を決定
賢一郎横浜に着く
10月 安藤真理子山脇と結婚、東條英機内閣を組閣、ゾルゲ事件
11月 賢一郎択捉島に上陸、南雲機動艦隊が単冠湾に集結、
   機動艦隊単冠湾を出撃 賢一郎テイラー少佐に打電
12月 日本軍の真珠湾攻撃・マレー半島上陸、対米英宣戦布告
***********************************

 本書は実に贅沢な造りとなっています。日本が太平洋戦争に突入する前夜を描いた歴史ミステリーで、その最大のイベント云うべき真珠湾奇襲をテーマとして日米の諜報戦の裏面史を描いています。ハードボイルドあり、マンハントあり、恋あり、冒険あり、歴史ありと飽きさせません。また、北海道出身の作者ならではのみずみずしい北辺の情景描写や当時の風俗も丹念に書き込まれ、物語に厚みを持たせています。

 真理子と山脇の結婚式の描写が時代を象徴しているかもしれません。10月18日の結婚式当日、式場となったスレンセンの教会に、憲兵隊が賢一郎を追って乱入します。また海軍省書記官の山脇に緊急の電話が入り、東條英機が内閣を組閣したことドイツのスパイが摘発された(ゾルゲ事件)ことが伝わり、式場は騒然となります。『ベルリン飛行指令』の登場人物を使って時代を的確に表現します。賢一郎がハモニカのアメイジング・グレイスでふたりを祝福し、ふたつの物語が見事に溶け合います。

 諜報員であるスレンセン(在日の牧師)が、無線機を入手するために接触する『盛田』が面白いです。東京帝大電気科に学び海軍技術研究所の技術将校で音楽の造詣が深く、ピアノが弾ける。ファーストネームは本書に出て来ませんがこれはもうソニー創業者のひとり盛田昭夫のイメージですね。盛田昭夫は大阪帝大物理学科ですが。『磁性体を使った音声記録についての最新の研究レポートが載った』米国の学会誌を贈ったりしています。誰だって分かります^^;。こうした遊びも気が利いています。
 ハモニカが小道具として効果的に使われているのも見逃せません。賢一郎の吹くアメイジング・グレイスがスペイン、サンディエゴ、東京、エトロフと物語をつないでゆく辺りもうまいものです。

本書は日本推理作家協会賞長篇部門・日本冒険小説協会大賞・山本周五郎賞を受賞しています。

実は、本書を読むのはこれで3度目です。
2日連続☆5つはマユツバと思われるでしょうが、絶対のお薦めです →☆☆☆☆☆
エトロフ.jpg
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コメント 4

Betty

スケールの大きな作品ですね。
早速、読んでみたいと思います
佐々木さんの作品で先週『警察庁から来た男』を読みました。
他の作品は、まだ2作しか読んだことがないのですが、佐々木さんは登場人物の描写がうるさくなく独特の感性を感じます。
この「エトロフ発緊急電」もグイグイと「内容」と「情景」で引っ張っていくような作品のようですね。
by Betty (2008-06-11 17:01) 

べっちゃん

お薦めです。『ベルリン飛行指令』『ストックホルムの密使』も再読しようかと思っています。
by べっちゃん (2008-06-14 08:12) 

昔は加山雄三

僕は老人ですが4年前にこの小説で、初めて佐々木作品を読みました。太平洋戦争の日本海軍に興味があった時だったので、ブックオフでエトロフという言葉に惹かれ購入しました。
今までに数々の本を読んだなかで、ベストの1冊に入ります。僕の家の向かえの純文学を愛する老人に、ぜひ読んで欲しいと渡すと、中盤以降は飯も忘れて読み入ったとのこと、彼の奥さんから冗談で文句を言われたぐらいです。
主人公が死ぬ時に言う “貧しくとも真の愛のある所で一緒に暮らしたかった” サスペンスの終章として秀逸の言葉です。
by 昔は加山雄三 (2016-02-10 18:51) 

べっちゃん

コメントありがとうございます。昔の話ですが、この三部作をお読みになった「元少年兵」氏から、いい本を貸してくれたと感謝されたことがあります。第一級の冒険小説、歴史小説ですね。同類のものに、浅田次郎の 『終わらざる夏』があります。よかったら読んで見てください。
by べっちゃん (2016-02-11 08:41) 

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