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佐々木譲 ベルリン飛行指令 [日記(2008)]


ベルリン飛行指令 (新潮文庫)

ベルリン飛行指令 (新潮文庫)

  • 作者: 佐々木 譲
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1993/01
  • メディア: 文庫


 昭和15年(1940年)一機の零戦がベルリン・ガトウ飛行場に舞い降りた。『エトロフ発緊急電』『ストックホルムの密使』へと続く3部作の第1部です。
 ホンダF1チームを率いるエンジニアが、レース遠征先の西ドイツで老人の訪問を受けるところから物語は始まります。エンジニアは零戦の開発に携わった元海軍技術将校です。零戦を作ったエンジニアがF1を作り、レースに参戦したと大々的に新聞で報じられたためです。元飛行機整備工の老人は、1940年にベルリンの飛行場で零戦を見たことをエンジニアに伝え、ゲーリングと共に写った零戦の写真を示します。零戦がベルリンに舞い降りたという、記録に無いこの話に興味を持ったエンジニアは調査を続け、敗戦間近い1945年、ベルリンの混成飛行部隊(外人部隊)に日本人パイロットがいた事実、彼は零戦で日本から飛んできたと自ら語っていた事を突き止めます。

 一方、零戦はドイツへ何故飛ぶ必要があったのか、です。1940年当時、ナチス・ドイツはイギリス侵攻の真っ最中で、メッサーシュミットBf110は鈍重、Bf109は航続距離が短くイギリス本土に行くのがやっとで、20分しか戦闘時間が確保できないという有様。スピットファイアに押しまくられる状況だったようです。そんな状況で、航続距離が長く、中国戦線で大戦果を挙げた『タイプ・ゼロ(零戦)』の情報を得たヒトラーは、零戦のライセンス生産を命じたというわけです。
 この零戦空輸計画『朱鷺作戦』を担当するのが海軍省書記官・山脇順三と海軍省副官・大貫誠志郎少佐。二人はこのシリーズを通じての登場人物です。零戦をドイツに運ぶパイロットは海軍大尉・安藤敬一と乾一空曹。安藤は、撃墜18機のベテランパイロットですが、上海で児玉機関の邪魔をしたため任務を解かれ、乾一空曹と横須賀で謹慎中。やっかい払いを兼ねてこの任務の推薦をうけることとなります。
 平時なら日本→ベルリン間の飛行場で給油を受けながら(零戦の航続距離は2,000km)飛べば、いいわけです。1940年当時、独ソ間は不可侵条約が結ばれているのですが、ヒトラーは独ソ戦を予定しているためソ連を刺激したくなく、ソ連ルートで飛ぶことを拒否します。日本はと云うと日中戦争の真っ直中で、東南アジアに覇権を持つイギリスと事を構えたくないわけです。こうした状況下でベルリンへ零戦を飛ばす山脇、大貫、安藤、乾の活躍が本書の主題です。

◆『ベルリン飛行指令』と『鷲と虎
 戦闘機と戦闘機乗りを主題とした両書はよく似ています。『ベルリン飛行指令』の安藤大尉の『戦闘機乗り』としての心意気を、舞台を日中戦に置き換えて思う存分描いたのが『鷲と虎』でしょう。安藤大尉が敵の戦闘機と私闘を演じたというエピソードは、『鷲と虎』の麻生中尉と中国傭兵パイロットのデニスとの一騎打ちとして描かれます。同じく、銃器の故障と称して地上の民間人を撃たなかった安藤の行動は、パラシュートで脱出したパイロットを撃たない麻生中尉に投影されています。本書に登場するインドのマハラジャに雇われているパイロット・ジムに『鷲と虎』のデニスを重ねることも出来ます。ジムが駆る飛行機は複葉機のカーチスJN4Dです。
冒険小説としては、『ベルリン飛行指令』の方が優れていると思いますが、『鷲と虎』は佐々木譲がどうしても書きたかった一冊であると想像します。

◆『ベルリン飛行指令』と『エトロフ発緊急電』
 安藤は、日本海軍佐官を父にアメリカ人を母にワシントンで生まれ教育を受けた日米の混血という設定です。『エトロフ発緊急電』の斉藤賢一郎が庭師を父に持つ日系二世であったことと似ています。当時の軍国主義と一線を画する主人公を描くために、主人公が2つの祖国を持つことはうまい設定です。
 また『緊急電』で、斉藤賢一郎が匿われている教会で山脇と真理子(安藤の妹)の結婚式が行われ、賢一郎がハーモニカを吹いて祝福するエピソード(結婚式には大貫も出席しています)、山本五十六の副官に転出した大貫少佐が真珠湾攻撃作戦で活躍する姿など、本書の主要人物が次作に引き継がれて登場します(残念ながら安藤は登場しません)。

◆海軍航空技術廠、技術将校・盛田中尉
 零戦に搭載する96式空1号無線機を改良した技術将校として登場します。96式空1号無線機は役に立たない無線機だったことは知られた事実です。盛田中尉の改良で安藤と乾は飛行中無線交信が可能となり、本書の臨場感を高めますが、そのために作者は盛田中尉登場させたのでしょう。コクピットの無線操作盤の描写といい、この方面の調査も行き届いたものです。
 盛田中尉は『エトロフ発緊急電』にも登場します。諜報員であるスレンセン(在日の牧師)が、無線機を入手するために接触するのが盛田中尉です。ソニーの盛田昭夫を彷彿とさせるキャラクターです。

◆飛行経路
ドイツからソ連ルートを拒否された大貫と山脇はインド、中東経由ルートを選択します。

鹿屋 → 高雄 → ハノイ → ダッカ → ラジャスタン・カマニプル(インド西方) → アッバス(イラン) → バクダッド(イラク) →アンカラ(トルコ) →ローマ →ベルリン 

と飛びます。ラジャスタン・カマニプルのラジャスタン藩王国のエピソードはマハラジャやチャンドラ・ボース(実際に登場はしませんが)、傭兵?のパイロット、マハラジャの娘の英国人家庭教師が登場し、日英の諜報戦があり、当時のインドの情勢はかくやの感があり楽しめます。

1940年の国際情勢の書き込み、登場人物の多彩さ、主人公たちが抱くロマン等々、冒険小説として一級品だと思います。
→★★★★

お薦め! 佐々木譲 太平洋戦争・三部作

エトロフ発緊急電
ベルリン飛行指令・・・このページ
ストックホルムの密使

 続編 『ベルリン飛行指令』から零戦搭載無線機を想像する


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零戦                        メッサーシュミットBf109(独)

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ハリケーン(英)                  スピットファイア(英)


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コメント 2

Betty

ロマンを感じさせる作品ですね!
大好きな佐々木氏の作品なので、いつか3部作続けて読んでみたいと思います^^
まずは・・本棚で待機中の本を読まないと@@;
by Betty (2008-11-13 09:42) 

べっちゃん

 いつも駄文をお読みいただきありがとうございます。
>まずは・・本棚で待機中の本を読まないと@@;
これあ私も同様です。古本が溜まっている上に友人が、これ読め、と無理やり貸してくれるものですから、なかなか消化できません。1冊読む間に2冊買って、0.3冊借りています。
by べっちゃん (2008-11-13 11:12) 

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