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宮尾登美子 櫂 [日記(2009)]


櫂 (新潮文庫)

櫂 (新潮文庫)

  • 作者: 宮尾 登美子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1996/10
  • メディア: 文庫


 冒頭が鮮やかです。喜和が柳行李から取り出した夫の夏の着物から香る樟脳、楊桃(やまもも)売りから求めた楊桃のみずみずしさ、初物の楊桃を配る隣近所のあれこれが語られ、

『よう熟れちょります』

と、お国なまりを読んでいるうちに、喜和を取り巻く人々とそのしがらみが想像でき、大正時代の土佐高知の下町に見事にタイムスリップします。鮮やかと云う他はありません。

 『櫂』は、女衒・岩伍に15で嫁いだ喜和を主人公に、女衒という玄人を夫に持った喜和の身辺に起こる悲喜こもごもを、高知の四季とともに描いた『女の一生』です。家庭を顧みない岩伍、世話好きの岩伍が次々に連れてくる使用人、養女、意のままに育たぬふたりの息子、岩伍と義太夫語りとの間に生まれた綾子(シリーズの主人公)など、これらの人々と喜和との間に生まれる緊張した関係描写が本書の魅力で、綾子を間に挟んだ大貞楼の女楼主と喜和の女の戦いは圧巻です。明治末期から大正・昭和を背景としていますが、時代との関わりは希薄で、女の目線に徹し、もはや男の出る幕では無い、といった小説です。
高村 薫の『晴子情歌』に少し似ています。
 何処を切っても女性の書いた女性の小説で、岩伍を始め登場する男はどれも軽佻浮薄、身勝手で頼りなく存在感が希薄です。おそらく、読者の多くは女性であり、喜和に感情移入して『やっぱり男は駄目だ』みたいな気分になるのでしょうね。しかし、この身勝手な岩伍が家の外でどんな闘いをし、喜和や綾子に何を期待し、何に裏切られたか?、男の読者でなくとも気になるところです。『岩伍覚書』とう連作があり、こちらで明らかになるのでしょうか?

 やや文語調の、読点を連ねたセンテンスの長い文章が独特のリズムを作り出しています。
岩伍が女義太夫を囲ったことを知り、嫉妬に悩まされこの義太夫語りを確かめに芝居小屋を訪れて後の描写です。

『張りを失えば意気をも失い、さっきまでそれが為に辛い虚勢も張った世間態という面倒なもの、町内の思惑という目に見えぬ縄目は遙か遠くへ飛び去ってしまって、ここに在るのはいつになっても至らない、愚かな自分の姿だけのように思えた。
喜和は、もう緑町あの家へ帰ることは出来ない、と思った。』

『東の空は、五台山の右肩に仄かに紅いろが射しているだけで、お稲荷様の大銀杏の梢は闇の中にとけ込んでいるほどに辺りは暗く、大銀杏に棲む夥しい五位鷺の群れもまだ啼き声も立てず、飛び立つ影の一羽も無い。』(第三部冒頭)

 解説によると、『櫂』は『春灯』『朱夏』『岩伍覚書』四部作の最初の物語で、宮尾登美子を読む恰好の入門書ということです。当分古本あさりの楽しみが増えました。

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