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読書 佐々木譲 ストックホルムの密使 [日記(2010)]

ストックホルムの密使〈上〉 (新潮文庫)
 『ベルリン飛行指令』『エトロフ発緊急電』に続く三部作の最終巻です。ゼロ戦をベルリンに運ぶ『ベルリン飛行指令』、真珠湾奇襲作戦にまつわる日米諜報戦を描いた『エトロフ発緊急電』、終戦工作を描く本書と、三部作は主人公を異にした独立の物語ですが、海軍省書記官・山脇順三、その妻真理子、零戦をベルリンに運んだ真理子の兄安藤大尉、エトロフに米諜報員を追った磯田憲兵隊軍曹、秋庭憲兵少佐などが登場してこの三部作をつないでいます。

 物語は大きくふたつに分かれます。ひとつが、書記官・山脇の目を通して描かれる海軍省の終戦工作。もうひとつが、ストックホルム駐在武官・大和田による諜報活動です。
 連合国との和平を探る海軍和平派終戦工作に、中立国スエーデンから発信されるソ連対日参戦や米・原爆製造の情報が絡み、さらに本土決戦を主張する陸軍主戦派が暗躍し、物語は緊張感をはらんで進行します。

 日本の和平派にとっては、国家存亡の危機であり一日も早い戦争終結が望まれます。連合国にとってもそうかと云うと、そこは国際政治の世界、米ソとも『一日も早い戦争終結』など少しも期待していません。トルーマンは日本に原爆を落とすことによって終戦後の冷戦に備えて有利な地位を得ようとし、スターリンも対日参戦を果たすことで戦後の領土的野心を満たそうとします。日本の早期終戦は米ソの望むところでは無いわけです。日本のポツダム宣言の受諾(終戦)、米国の原爆投下ソ連のヨーロッパに展開した兵力の極東配備、それぞれの思惑を秘めこの三つ巴の時間との競争です。

  ストックホルムの大和田は、ソ連の対日参戦の日付(ドイツ降伏の3ヶ月後)と米国の原爆実験成功の情報を掴み、戦争終結のためこのふたつの情報を打電し、補完としてクーリエをスイスのベルン駐在武官に送り出します。大和田の動きを知った米情報部は、交通事故を仕掛けて大和田の打電を妨害し、クーリエを追います。
 このクーリエに仕立てられたのが、当時ストックホルムで大和田と親交のあった不良邦人・森四郎と亡命ポーランド政権の情報将校コワルスキ。ふたりの『密使』がストックホルムから敗戦後のドイツを経てベルンへ向かいます。後半は、このふたりの手に汗を握る隠密行です。英米諜報機関の妨害をかいくぐって、米の原爆投下前に、ソ連の参戦前に東京に情報を届けるという二重のサスペンスです。

 連合国の妨害に遭いスイスからモスクワ、モスクワからシベリアを経て満州への大隠密行が展開されます。この辺りはちょっと出来すぎで、そううまくは行かないだろうとも思うのですが、冒険小説の冒険小説たる所以、なかなか楽しいです。『密使』森四郎は日本にたどり着きますが、広島上空で原爆の光を見、歴史通り

 8月6日:広島に原爆投下
 8月9日未明:ソ連の対日参戦
 8月9日:長崎に原爆投下
 8月14日:ポツダム宣言受諾

と、彼のもたらした情報は原爆と(ソ連参戦による)満州の棄民の惨事を防ぐことは出来ませんでした。・・・と、分かっていても面白いです。

 ポツダム宣言受諾の閣議を前にして、米内(海軍大臣)が山脇を呼んで連合国降伏文書の邦訳を検討させるシーンがあります。ポツダム宣言を受諾するかどうかは、連合国が天皇制の存続を認めるか否かにかかっています。文書の解釈によって、戦争終結と継続が決まるわけです。海軍省文官として正確に訳すべきか、戦争終結のためにあえて解釈を加えるべきか、山脇のギリギリの選択が迫られるます。小説とは云え泣かせる場面です。

 面白いです。佐々木譲はやはり冒険小説を書くべきですね。

タグ:読書
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