読書 ローリー・リン・ドラモンド あなたに不利な証拠として [日記(2011)]
原題は“ANYTHING YOU SAY CAN AND WILL BE USED AGAINST YOU”。警官が容疑者を逮捕するときの決まり文句「あんたの発言は法廷で不利に働く場合もあるから、黙秘してもいいよ云々」から来ているようです。
と言うことも知らずに2007年度「このミス」「週刊文春ミステリ」の第一位ということで性懲りもなく読みました。先日も同じ理由でボストン・テラン「音もなく少女は」を読んだのですが、ちょっと趣味に合いませんでしたが、こちらは面白かったです。
ルイジアナ州の地方都市に勤める5人の婦人警官をめぐる物語です。男と伍して犯罪と関わるキャサリン、リズ、モナ、キャシー、サラ5人の婦人警官が登場します。犯人を追い詰めるでもなく、警察のインサイド・ストーリーでもなく(なくもないですが)、女性が警察官という職業を選択しそこで出会う困難や事件を、女性らしい感受性で受け止める「ジェンダー」の物語です。
五人の婦人警官の十篇の短編が納められていますが、それぞれの物語に関連はありません。共通しているのは、事件が、あるいは職業そのものがそれに係わる彼女たちの内面に深く錘を降ろすことです。
これこそが、婦人警官の物語を凡百ミステリと分かち、小説として奥深いものにしています。ミステリやコップものを期待すると裏切られます。
「傷痕」という中編があります。主人公キャシーが警察学校時代に携わった、被害者サービスというプログラムで出会った事件の顛末です。この被害者サービスですが、犯罪の現場に出動して被害者の心のケアを担当するサービスの様です。こういうのあるんですね、かの国には。
キャシーが出動して出会った被害者は、胸にナイフを突き立てられ奇跡的生きているレイプ被害者マージョリー。刃渡り9インチのステーキナイフが胸に深々と突き刺さったマージョリーを見てキャシーはこう感じます、
そこ(乳房)は子供や恋人が、悲しみにくれて、 欲望に駆られて、深い敬愛をこめて頬をうずめる場所だ。愛撫の指が、そっけない骨の感触と、 甘美なふくよかさを一緒に味わう場所だ。約束と赦しの地であり、 わたしたち自身の大事な核でもある。
ミステリでこういう文章に出会うと、本当に新鮮です。
レイプ未遂、殺人未遂事件は、犯罪を実証できない担当刑事レイ・ロビロによって狂言自殺による自傷事件として処理されます。狂言ではなく事件はあったのだと抗議するマージョリーに、女性は自ら「わたしたち自身の大事な核でもある」胸を9インチのステーキナイフで刺すことはないと思いつつ、「被害者サービス」のキャシーは引き下がり、事件は苦い思い出となります。
6年後、キャシーは事件の再審を請求するマージョリーと出会うこととなります。マージョリーは結婚し当時より若返り、シャツの胸元から昔の「傷痕」をのぞかせています。友人にネックレスみたいだと言われて隠そうと思わなくなったというマージョリーがそこにいます。
キャシーはマージョリーの傷痕と自分の傷痕に思いを馳せ、再審請求書類に「再捜査」と記入して、今では夫となったレイ・ロビロイが待つ家に帰ります。
鮮やかな結末です。
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