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山本兼一 火天の城 [日記(2012)]

火天の城 (文春文庫)
 『火天の城』は、尾張の宮大工(番匠)岡部又右衛門とその息子以俊を主人公に、織田信長が琵琶湖の東岸、安土に建てた安土城の建造物語です。安土城は1576年に建造され、明智光秀の謀反によって1582年?に天守閣が焼失、1586年に廃城となり現存していません。“地下1階地上6階建てで、天主の高さが約32メートル”の豪壮なもので、復元図、復元模型を見ると、天守が六角の構造物の上に金箔を置いた和風の館が乗るという斬新なデザインの城です。姫路城に代表される、天守閣を持った城郭の最初がこの安土城だったようです。小説の中で、イエズス会の宣教師が天守閣の名前が天守=天主=神(デウス)だとツッコミを入れていますが、天守(主)閣はどうも信長の発明のようです。神の如く、天守から世界を睥睨すると云うことでしょう。

 作者は『利休にたずねよ』で2009年に直木賞を受賞した山本兼一です。『利休にたずねよ』の利休vs.秀吉の様なドラマがあるのかと期待したのですが、ありません。安土城着工の1576年から完成の1579年の3年間、天下布武の城建造に賭ける又右衛門と信長、又右衛門と息子以俊の確執と成長を軸に、信長と戦って近江を失った守護・六角氏や甲賀の妨害などのエピソード交えたドキュメントタッチと云うほどではないですが、まぁドキュメント小説。

 城跡の調査から、中央に礎石がない構造が確認されています。小説では、本来礎石の有るべき場所に火薬を詰めた瓶を埋め、火薬を爆発させることで、一挙に城の崩壊を狙った信長の発案と云うことになっています。冒頭で、一間の長さを、武家では6尺5寸、公家では7尺だという記述がありますが、これは本丸御殿の1間=7尺で建造したという調査を踏まえています。本丸御殿を清涼殿ソックリに建造し、天皇を迎えて信長自身は天守閣から天皇を見下すという野望が語られています。
 昔、NHKが安土城をCG内で再現する番組をやっていましたが、内部が吹き抜けを持った構造だった記憶しています。『天守指図』なるものが存在し、これに吹き抜け構造が書かれているらしいですが、本書ではあっさり否定されています。この斬新な構造は以俊によって提案されますが、火災の折煙突となって焼失を早めるという理由で又右衛門によって退けられています。城の設計図が外部に漏れることなどあり得ないため、『天守指図』は採用されなかった設計だと何処かにありましたが、ナルホド。
 
 太田牛一の『信長公記』に記載のあるという「蛇石」を本丸に運び上げるシーンは圧巻です。とりわけ、7層の巨大建造物の心柱の樹齢2500年の檜を求めて又右衛門自ら武田領の木曽まで行くエピソードは説得力があります。長篠の戦いで信長に敗れた武田勝頼は、甲斐に逼塞し1759年には信長と和睦しようとしています。安土城造営はちょうどこの頃ですから、勝頼配下の土豪などは、信長に恩を売る意味で銘木を差し出したのでしょう。この巨木は伐採され木曽川の激流を下って安土に運ばれますが、このシーンもまた圧巻です。

 戦国ものというと武将を主人公とした武勇伝、調略、政略がお決まりですが、視点を変えたこうした物語、戦国板『黒部の太陽』?も可能なんでしょう。読者ひとりひとりが、番匠、石工、木挽、瓦焼き、畳職人、絵師、飯炊き女となって、安土城を作るという充足感が味わえます。小説は一本調子でやや物足りません。『利休にたずねよ』が断然面白いです。

タグ:読書
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