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ドストエフスキー 悪霊 第2部 (3) スタヴローギンの告白 [日記(2014)]

悪霊〈2〉 (光文社古典新訳文庫)
 だらだらと長いです、ご勘弁を。
 
 やっと「スタヴローギンの告白」です。
 「スタヴローギンの告白」は、内容が過激であったため雑誌社から連載を断られ、1921年(60年後)になってやっと陽の目をみたという曰くつきの章です。今読んでみると何処が過激なのか?と思うのですが、当時の常識では雑誌連載小説としてはふさわしくなかったようです。
 「告白」は、

第8章 「イワン皇子」
チーホンのもとで──スタヴローギンの告白
第9章 「ヴェルホヴェンスキー氏、家宅捜索を受ける」

と続く予定でしたが、連載もその後の単行本も『告白』が削除されていました。
 
 この「告白」に至って、読者はやっとスタヴローギンという人間に触れることができます。さてその「過激な告白」ですが、一言でいうと、14歳の少女を陵辱し死に追いやった、という告白です。
 以下、わたしの個人的な妄想ですから、信じてはいけません(笑。

【確信犯】
 私は当時、ある一定の期間にわたって三つのアパートに部屋を借りていた。そのうちのひとつに、私は食事と女中つきで住み、当時、私の現在の法律上の妻であるマリヤ・レビャートキナもそこにいた。残り二つの部屋は、当時、密会を目的に月ぎめで借りていたもので、うち一つで、私に首ったけのさる夫人と会い、別のもう一つでは、彼女の小間使い(ニーナ)と会っていた

 そのもう一つの部屋で事件は起きます。スタヴローギンの部屋からペンナイフが消えます。下宿のおかみは、娘のマトリョーシャが盗んだと考えて彼の目の前で娘に酷い折檻を加えるのですが、ペンナイフはスタヴローギンのベッドの上で発見され、単に彼の不注意で机の上からベッドに転がり落ちたというだけです。

折檻が終わると、私はだまってペンナイフをチョッキのポケットにしまい、通りに出ると、だれにも知られないように家から遠く離れた路上にそれを捨てた

酷いものです。スタヴローギンはマリヤと暮らしながら、さる夫人とその小間使いと情事を重ねています。そして、その夫人と小間使いを鉢合わせさせ、それを楽しもうという企みを持っていたことも告白しています。そんなスタヴローギンですから、自分の不注意でマトリョーシャが折檻を受けていることなど、意に介さなかったのでしょう。また、

私の人生でたまに生じた、途方もなく恥辱的な、際限なく屈辱的で、卑劣で、とくに滑稽な状態は、いつも度はずれた怒りとともに、えもいわれぬ快感を私のなかにかき立ててきた。

自分の卑劣さに快感を感じるというのです。さらに、

 犯罪の瞬間や、生命の危機が迫ったときも、まさにそれが起こった。もしも私が何かを盗むとしたら、私はその盗みを働くさいに、自分がどれほど深く卑劣かということを意識するがゆえに陶酔を味わったことだろう。
 私が愛していたのは、卑劣さではない(そういう場合私の理性は完全に無傷のままだった)、むしろ、その卑劣さを苦しいほど意識する陶酔感が気に入っていたのだ。決闘場に立ち、敵の発射を待ちうけているときも、私はいつもそれと同じ、このうえなく恥辱的で、えもいわれぬ荒々しい感覚を味わっていたが、あるときはことのほかそれが強烈だった

実際、スタヴローギンは決闘でふたりの人間を殺し、毒殺にさえ手を染めていいると告白しています。この『告白』には、同じアパートの住人の給与を盗む話が出てきます。さらに

 私はつねに、その気になれば自分の主人になれる。だからわかってほしいのだが、私は、自分がおかした罪の責任を、環境のせいにも、病気のせいにもしようとは思わない
 私はまたふと自問した。やめられるか。ただちに、やめられると自答した。私は立ちあがり、忍び足で彼女のほうに近づいていった

とこれから行おうという自分の行為(少女陵辱)が、世間一般の常識では「罪」だとしながら、「罪」を犯す自分自身を常識から超越した人間であることを誇り、スタヴローギンは「確信犯」であることを自慢します。途方もなく恥辱的な状況や犯罪の瞬間えもいわれぬ快感を感じるスタヴローギンの少女陵辱は、「劣情を催す」という破廉恥行為と何ら変わることがないようにも思えるのですが...。そして計画は実行されます。

【マトリョーシャ】
 その二三日後、下宿の部屋に戻ると、マトリョーシャは病に伏せ痩せ衰えており、うわ言で「怖ろしい」「神さまを殺してしまった」と囁きます。

 彼女はふいに、私に向かってなんども顎をしゃくりだした。相手をひどく責めたてるときに顔を縦にふるあのやり方である。それからいきなり、私に向かって小さなこぶしを振りあげ、立っているその場所から私を脅しはじめた
 その顔には、子どもの顔におよそ見ることのできない絶望が表われていた

そして、マトリョーシャは起き上がって物置に消えます。

 私は、長いこと隙間からのぞいていた。納屋のなかは暗かったが、かといって、真っ暗闇というわけではなかった。ついに私は、必要だったものを見きわめた……完全に確認したかった、すべてのものを

スタヴローギンは、マトリョーシャが自殺することを予見し、それを止めることもなく彼女が完全に死ぬまで物置のドアの側で時間を計って待っていたのです。
 ここで連想するのが『カラマーゾフ』の「大審問官」の章でイワンが語る、うんちを知らせなかったという理由で母親にトイレに閉じ込められた女の子エピソードです。

 暗くて寒いトイレのなかで、苦しみに破れんばかりの胸をそのちっちゃなこぶしで叩いたり、目をまっかにさせ、だれを恨むでもなくおとなしく涙を流しながら、自分を守ってくださいと『神ちゃま』にお祈りしている

 ここでも、女の子を折檻する母親が登場しますが、スタヴローギンは、肥大した自意識で少女を陵辱してしまいます。この後、少女が神ちゃまにお祈りすれば何の問題もなかったのですが、マトリョーシャは「神さまを殺してしまった」と囁き自殺します。彼女の中で神が死んでいなければマトリョーシャは自殺しなかったはずです。神の死について、マトリョーシャはスタヴローギンと共犯関係にあることです。言い換えると、神を信じていたマトリョーシャは、神を信じていないスタヴローギンの側に立ち位置を移した、ということです。
 逆に、スタヴローギンはここで初めて「神」を意識したのだと思います。当時ロシアで流行していたニヒリズムや無神論の洗練を受け、肥大した自意識によって全ては許されると無軌道な行動に走っていたスタヴローギンに、マトリョーシャは「神」という意識を植えつけたのです。マトリョーシャによって「神」を植え付けられたスタヴローギンは、

 私は、だれかれ見境なく悪意をぶちまけていた。同じころ、ただし理由はまったくなく、なんとかして、それもできるだけ不快に自分の人生をぶち壊してやろう、という考えが浮かんだ。私はもう一年近く前からピストル自殺することを考えてきたが、それよりましなことを思いついた。あるとき、足の悪いマリヤ・レビャートキナを見ているうち、彼女と結婚することを急に思いたったのである
 かのスタヴローギンが、こんな屑みたいな女と結婚するというアイデアが神経をくすぐった。これ以上に醜悪なことは、なにも想像できないほどだった

 これは明らかに事件の反動でしょう。スタヴローギンは、マトリョーシャが自殺することは予想していなかった筈です(自殺することがわかったのは彼女が物置に入った時)。マトリョーシャに自殺され、思ってもみなかった「神ころし」に怯えてなんとかして、それもできるだけ不快に自分の人生をぶち壊してやろうと自暴自棄になっていることが手に取るように分かります。その苦し紛れがマリヤとの結婚だったわけで、ダーシャがスタヴローギンを殴った理由がこれです。

【神を殺す】
 しかし、マトリョーシャは何故自殺したのでしょう。スタヴローギンが陵辱目的でマトリョーシャに近づいた時のことです、

 ふいに、私としてもとうてい忘れがたい奇妙なことが起こり、すっかり度肝を抜かれてしまった。娘は両手で私の首に抱きつくと、自分から急に激しくキスしはじめたのだ。その顔は、完全な恍惚を表わしていた。私はほとんど立ち上がりかけたが、出ていかなかった――こんなちっぽけな子どものくせに、と思い、憐れみの念から不快でたまらなくなったのだ

目的を遂げた後です。

彼女はおずおずと微笑みながらこちらを見つめていた

私のなかに、はげしい嫌悪感をともなう軽蔑の念が生じたのは、いっさいが終わった後、彼女が部屋の隅に駆けより、両手で顔をおおったことが原因
であり、
おそらく彼女は、しまいに、自分は死に値する信じられないほどの罪をおかした、「神さまを殺した」と思ったのだろう

と書いています。スタヴローギンは、自分の犯罪が「微笑み」を生むという以外な展開と、マトリョーシャが示した行動(「神さまを殺した」という彼女の通念)に嫌悪感を持ったのです。但し、「神さまを殺した」というのはスタヴローギンの想像です。この文脈からすると、

・マトリョーシャは、陵辱されたことを恨みに思っていなかった、スタヴローギンに好意を抱くようになった
・スタヴローギンはそのこと(恨みに思っていなうこと)を憎み、マトリョーシャが罪を犯したと思っていることに、嫌悪と軽蔑を抱いている

となります。マトリョーシャが自殺した理由は、「神さまを殺してしまった」ことなのですが、もっと別の理由がありそうです。ただ、マトリョーシャは病で痩せ衰え、うわ言で「怖ろしい」「神さまを殺してしまった」と囁いていますから、とんでもないことをしてしまったという思いにかられちること事実です。しかし、その後で微笑を見せたのですから、マトリョーシャは陵辱されたとは思っていません。

 (2日ほど経った)そういう状況下で、スタヴローギンの部屋に、小間使いニーナが現れます(この部屋は、ニーナとの密会に使っていた)。

 私が着いたとき、二人はコーヒーを飲んでおり、おかみのほうは、楽しいおしゃべりにたいそう満足している様子だった。私は、小部屋の隅のほうにマトリョーシャがいるのに気づいた。彼女は立ったまま、母親とお客をじっと見つめていた

ニーナにやさしい言葉をかけ、いつになくおかみの部屋との仕切りのドアを閉めたものだから、ニーナはすっかり上機嫌になった。私はわざわざ彼女を外まで送り、それから二日間、ゴローホヴァヤ街へは戻らなかった。もううんざりしきっていたのだ

この部屋には、スタヴローギン、ニーナ、おかみ、マトリョーシャの4人がいます。スタヴローギンは、ニーナにやさしい言葉をかけ仕切りのドアを閉めニーナはすっかり上機嫌になり私はわざわざ彼女を外まで送ります。スタヴローギンに陵辱された(関係を結んだ)マトリョーシャは、スタヴローギンとニーナの間に何があったか敏感に感じ取ったものと思われます。
 その数日後、マトリョーシャは夜になると熱をだし、「怖ろしい」「神さまを殺してしまった」うわごとを言い出します。そしてスタヴローギンが訪れた時、

 彼女は小部屋の衝立のかげにある母親のベッドに横になっていて、ちらりとこちらを見たのに私は気づいた。だが、私は気づかないふりをした。どの窓も開けはなたれていた。空気はなまあたたかく、暑いくらいだった。私は部屋のなかをしばらく歩きまわってから、ソファに腰を下ろした。最後の一瞬まで記憶している。マトリョーシャに声をかけないでいることに、すっかり満足していた

彼女はふいに、私に向かってなんども顎をしゃくりだした。相手をひどく責めたてるときに顔を縦にふるあのやり方である。それからいきなり、私に向かって小さなこぶしを振りあげ、立っているその場所から私を脅しはじめた

のです。マトリョーシャがこぶしを振りあげて非難しているのは、スタヴローギンの裏切りです。「怖ろしい」「神さまを殺してしまった」といううわ言は、マトリョーシャが、自分の中に生じた嫉妬について言っていると思われます。そして、彼女はスタヴローギンの目の前で物置に入り縊死します。

 【アキスとガラテア】
 やがてスタヴローギンの夢にマトリョーシャが現れ、ます。彼女は、クロード・ロランの『アキスとガラテア』の絵から現れます(この絵は、ドストエフスキーの他の作品にも登場するようです)。

私は目の前に見た(ああ、現にではない! もしも、もしもそれがほんものの幻であったなら!)、私は、げっそりと痩せこけたマトリョーシャを見たのだ。熱に浮かされたような目をし、私の部屋の敷居に立っていたあのときと寸分違わない、顎をしゃくりながら、私に向かってあのちっちゃなこぶしを振りあげた、あのマトリョーシャを。私にとって、あれほど苦しいことは一度もなかった! 私を脅しながら(何によって? あれで私に何ができたというのだ?)、むろん自分だけを責めさいなんだ、まだ分別もできていない、無力で、十歳の生きもののみじめな絶望! 一度として、まだ私の身にそのようなことが生じたことはなかった

 耐えがたいのは、ただあの姿だけ、まさにあの敷居、まさにあの瞬間、振りあげられた、私を脅しつけるあの小さなこぶし、あのときの彼女の姿ひとつだけ、あのときの一瞬のみ、あの顎のしゃくりかた。それが、私には耐えられないのだ。
 なぜなら、それ以来、ほとんど毎日のように目の前に現われるからだ。それはおのずから現われるというより、私自身が呼びおこすのだが、ともに過ごすことなどとうていできるはずもないのに、呼びおこさずにはすまないのだ。ああ、たとえ幻覚にでも、いつか彼女を現に見ることができたら!

ここで語られているのは、死んだマトリョーシャに対する愛惜であり恋であり、自ら縊り殺したに等しい少女に対する懺悔であり自責の念です。

 二カ月後、私はスイスで、ある娘に恋をすることができた。というか、かつて、もっぱら初めのころ経験した、凄まじい衝動のひとつをともなう情欲の高まりを感じた。新しい犯罪に対する誘惑、すなわち二重婚を行いたい(なぜなら私は既婚者だったからだ)という、おそろしい誘惑を感じたのだ。だが、私はほとんど何もかも打ちあけてきた別の女性のアドバイスにしたがって、それを避けた。しかも、この新しい罪をおかしたところで、けっして私が、マトリョーシャから解きはなたれることはなかったろう

 この「ある娘」とはリザヴェータであり「別の女性」がダーリヤを指すことは、容易に想像されます。スタヴローギンは、ダーリヤにマトリョーシャとの顛末を告白しているものと思われます。だからこそ、

わたしにはわかってるんです、最後の最後にあなたと残るのは、わたしひとりしかいないってことが。だから……その時を待っているんです

とダーリヤは自信を持って言うことができるのです。

 『告白』を読んだチーホン師はいみじくも喝破します、

これはまさしく懺悔です
 
 悪霊 第1部 第2部(1) (2) (3)スタヴローギンの告白

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