SSブログ

Kindleで読書 丸谷才一 輝く日の宮 (2) [日記(2014)]

輝く日の宮 (講談社文庫)

【「輝く日の宮」は何故消えたか?】

1)藤原道長
 「輝く日の宮」を抹殺したのが、藤原道長だというのです。紫式部と道長は男女の関係にあったのではないかというのは、これも有名な話しです。紫式部は、道長の娘中宮・彰子の家庭教師で、道長自身、漢詩、和歌の上手で当代一流の知識人です。『源氏』が世に出書き継がれたのは、「パトロン」道長の応援があったからだというのです。

 その論拠のひとつが「紙」です。『源氏物語』は、四百字の原稿用紙に直すと1,800枚程になり、当時は一枚に200字書いたようで、『源氏』全体で3,600枚必要だったそうで、当時貴重品だった「原稿用紙」を3600枚調達できるのは、紫式部の廻りには権力者の道長以外いないということです。
 紙は貴重品ですから、文章を書いて失敗したから丸めてポイというスタイルはあり得ないそうです。頭のなかで推敲に推敲を重ね、これでOKとなって初めて紙に書くわけです。紫式部は、当時の原稿用紙に直すと3,600枚もの長編小説を、頭の中で組み立て推敲して書くわけですから、すごい才能です。
 道長は『源氏』を読んで面白いと感じ、紙を供給して紫式部を応援したのでしょう。

 紫式部にとって道長は、雇用主、性的パートナー、読者、批評家であり、『源氏』の素材提供者だと言います。『源氏』に書かれた数々の逸話は、紫式部が女房達を取材して書いたと思っていたのですが、ふたりの寝物語の中で語られる道長の体験談が含まれている可能性があります。当時から光源氏=道長という噂があったのでしょう。これは、小説でないと書けませんね。
 紫式部は、《a系》を書いて、道長の体験+αを《b系》としてa系にはめ込んだというのが安佐子の推理です。

 これだけの材料を寝物語でせつかく手に入れたのに、それきりはふつて置くのは勿体ない。これを取入れれば光源氏が段違ひに颯爽と歩きまはるし、喜劇的な趣も備はるので、いい男がいつそう魅力を増す。今までの書き方では理想の貴公子を描かうといふ狙ひのせいで、どうしても讃美ばかりしてゐて扱ひ方にむごさが足りない。

このパトロンの道長が、「輝く日の宮」の公表を差し止めた、というのです。

2)道長は何故を公表させなかったのか?
 推理のひとつは、出来が悪かったから。もうひとつは、道長自身が天皇の寵姫を「寝とる」という前科を持っていて、生々しすぎる第2帖を公表しなかったから。前者は説得力に欠けます。後者は、その後、光源氏と藤壺の不倫は、若菜などでが明らかになっていますから敢えて隠す必要も無いわけですけれど。

あの二つ目の巻がよくないのを仔細に説明すると、あなたの気力が萎えやしないかと心配して、それで今まで控へてゐました。物語がはじまつていきなり、あんな大変な事柄を書くのは、初心の作者には無理なことですよ。いや、初心でなくたつてむづかしい。あれぢや読者だつて困つてしまふ。どうしたらいいかと幾月も思案したあげく、あの妙案が浮んだ。取つてしまふといふ手。

これは、安佐子の中で道長が紫式部に言っている言葉です。この小説では、一人称と三人称が混在し、安佐子という三人称の中で紫式部や道長が一人称で勝手に喋り出します。

ひよつとすると道長は、光源氏と同じやうに帝の后を寝取つたことがあつて、それで「輝く日の宮」を破棄させたのではないかといふ疑惑。おそらくこれは紫式部もいだいてゐただらうし、それを向うが口にしないのは……心のなかでもなるべく思はぬやう努めたのは……権力者に対する畏怖の念のせい。さうに決つてる。自分が今まで、こんなにはつきりと意識しなかつたのは……それは多分

これは安佐子の独白です。

 ラストで、道長と紫式部の会話が登場し、「輝く日の宮」抹殺の謎が明かされます。

すべてすぐれた典籍が崇められ、讃へられつづけるためには、大きく謎をしつらへて世々の学者たちをいつまでも騒がせなければなりません。

 つまり、「輝く日の宮」は小説として拙かったこともあるが、これを無くすことで、『源氏物語』に謎が生まれ神秘性が生まれる、と考えたわけです。なんだ、ということはないのですが、ちっとはぐらされた気分です。

【レイプ小説?】

 本書では、「輝く日の宮」以外にもいろいろと『源氏』の雑学、薀蓄が披露されていて面白いです。

王命婦が源氏の君の衣類をとり集めて持つて来た」とございます。哀切きはまりない後朝の歌の交換のすぐあとに、お召物のことが書いてありますのは、夏の夜ですし、つまりお二人ともスツポンポンなのでせう。

 これは「若紫」での光源氏と藤壺の逢引の様子です。なるほど、こういうふうに想像力を働かせて読まないといけないわけです。
 安佐子に言わせると、『源氏』はレイプ小説だそうです。光源氏と朧月夜は言うに及ばず、柏木と女三の宮、玉鬘と髭黒などなど。しかしながら、「レイプ小説」はチト言い過ぎでは?。

【小説『輝く日の宮』の構成】

 1000年の時を超えて、失われた「輝く日の宮」の謎を解く歴史ミステリです。安佐子はさながらアームチェア・ディテクティブですね。こちらを小説の柱すれば、サイド・ストーリーとして、安佐子と長良の恋愛が描かれます。女君と源氏、紫式部と道長、安佐子と長良がパラレルに配置されます。
 安佐子はバツイチで独身の大学教師、長良は四十数歳の独身主義者。この性的繋がりの濃い男女が織りなす恋も、どちらかと云うと「色好み」に近いです。後朝(きぬぎぬ)の別れの和歌はありませんが、安佐子語るが文学の薀蓄、長良の語る仕事のエピソードの数々は、知的な相聞歌かも知れません。そう言えば、長良は、安佐子のマンションを訪ねる「妻問婚」です。
 完全な「安楽椅子探偵」でもよかった筈ですが、あえて安佐子に「大人の」恋をさせたのは、平安時代の女君や紫式部の「色好み」が連綿と現代に流れている、といことが書きたかったのでしょう。

 『源氏54帖』書き終えた紫式部は、若き日の失敗作「輝く日の宮」の完成版を書きたかったことでしょう。そう考えた安佐子は、紫式部に替わって書き始めます。
 藤壺との「1回目」はどうだったんだろうと、期待するわけです。王命婦が光源氏を手引して藤壺の待つ闇に消えるところで、幕。なんだ、ということはないのですが...。

 『源氏物語』の謎をめぐる歴史ミステリ+αとして楽しめます。『源氏』を読んでいればより楽しめますが、要領のいい解説が随所にありますから、読んでいなくても十分楽しめます。歴史ミステリとして読まずに、安佐子の恋を中心に、ちょっと変わった恋愛小説として読んでも可でしょう。

大野晋との対談、『光る源氏の物語』があるので、こちらも読んでみたいです。

nice!(5)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 5

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0