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織田作之助 夜光虫(1946.5~) [日記(2014)]

夜光虫
 昭和15年に『俗臭』が芥川賞候補となり、『夫婦善哉』が改造社の第一回文芸推薦作品となって「文芸」に再録され、創元社から刊行されています。この年に日本工業新聞を辞めて作家生活に入っていますから、「織田作」誕生の年です。
 昭和16年に三高時代のデカダンスを描いた『青春の逆説』が発禁処分となり、以降当局を刺激しない小説へと方向転換したようです。17年には『わが町』を発表し、18年には『わが町』がエノケン一座他で舞台化されます。また、19年には『清楚』『木の都』が川島雄三によって映画化され、織田作自身も脚本に参加しています。20年には『猿飛佐助』他がNHKの放送劇となって放送の世界に足を伸ばしています。
 21年には、敗戦で表現の自由を得た織田作は、新聞、雑誌に続々連載小説を発表し始め一躍流行作家となります。

それでも私は行く』(京都日日新聞 4/25~7/25)・・・京都
夜の構図』(婦人画報 5月号~12月号)・・・東京
『夜光虫』(大阪日日新聞 5/24~8/9)・・・大阪
土曜夫人』(読売新聞 8/30~12/8)・・・京都→東京(未完)

 執筆順にみると、こうなります。面白いのは、小説の舞台と連載媒体が一致していることです。『夜の構図』は婦人画報が全国版の雑誌であった関係で舞台を東京にしたのでしょう。『土曜夫人』は、京都から始まり、舞台を東京に移すところで絶筆となっています。これも全国紙・読売新聞という媒体を意識した結果です。大阪人らしい織田作のサービス精神と言えそうです。

 『夜光虫』は、発表の場が大阪日日新聞ですから舞台はもう自家薬籠中の大阪。しかも曽根崎から中ノ島公園、上之宮、天王寺、難波界隈。登場人物も、焼け跡闇市を徘徊する娼婦、掏摸。人物の躍動感では4作のうち一番だと思います。

その夜、小沢は土砂降りの雨にびっしょり濡れながら、外語学校の前の焼跡の道を東へ真直ぐ、細工谷町の方へ歩いていた。
・・・この分なら、これから頼って行く細工谷町の友人の家は、無事に残っているかも知れないと、思いながら四ツ辻まで来た時、小沢はどきんとした。
 一糸もまとわぬ素裸の娘が、いきなり小沢の眼の前に飛び出して来たのである。
 雨に濡れているので、裸の白さが一層なまなましい。
・・・「助けてください!」

 連載第1回で、いきなり裸の娘が登場するのですから、鮮やかというかサービスというか...、これは翌日の大阪日日新聞を買ってしまいますね(笑。ちなみに、小沢という主人公は復員兵です。
 いったいに、織田作の小説の導入部は上手いです。『夜光虫』では、この少女が裸で飛び出してきた謎が解かれないまま読者を引っ張って行きます。

 次章に入ると、18歳の美少年の掏摸の豹吉が登場し、理由もなく釣り人を川に突き落とし(これも伏線)、靴磨きの兄弟、次郎三郎が登場し、「兵古帯お加代」という怪しい娘、掏摸仲間の亀吉、唖の少女、刺青師の針助と続々と登場します。
 裸の娘・雪子と連れ込み宿で一泊した小沢は、娘の着物を求めて闇市を徘徊し、唖の少女と針助に誘導されるように雪子と遭遇した細工谷に至ります。

作者はここでいささか註釈をはさみたい。
 ――偶然というものは、ユーモアと共に人生に欠くべからざる要素である。
 ユーモアのない人生なんて、凡そ糞面白くないものだが、同時に、人生から偶然というものを取り除いてしまえば、随分味気ないことになるだろう。
 しかも、偶然の面白さというものは、こいつが続き出すときりがないという点にある。

 作者は何時も「偶然」を持ち出しますが、物語を展開するための作者の「ご都合主義」ですねぇ。で、偶然が偶然を呼び、登場人物達は中ノ島公園、曽根崎警察署に集合し大団円を迎えます。
 一昼夜の物語に多くの人物を登場させてストーリーを輻輳させ、主人公らしい主人公がいないというスタイルは、『土曜夫人』でも踏襲されることとなります。

掏摸の豹吉を自首させるために振るう小沢の長口舌、

 君たちは敗戦につきものの混乱と頽廃の園に咲いた悪の華だ。が、日本はもう混乱、頽廃から起ち直ってもいい頃じゃないか。それにはまず、悪の華をなくしてしまう必要がある。しかし、僕は何もいきなり刈り取ってしまおうとは思わない。それよりも、むしろ君たち悪の華が向日葵の花のようになることを、望んでいるのだ。・・・

 「向日葵の華」とは、織田作之助にもっとも相応しくない文言です。作者もこう書きながら苦笑していたことでしょう。
 裸の娘の出現で始まった小説が、「向日葵の華」で終わるわけですから、竜頭蛇尾の小説と言わねばなりません。もっとも、昭和21年の新聞連載小説ですから、自ずと限界があります。

タグ:織田作之助
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