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ゴードン・W・プランゲ ゾルゲ 東京を狙え 上 (1985原書房) [日記(2014)]

ゾルゲ・東京を狙え〈上〉
 ゴードン・W・プランゲは、1946年~51年、GHQ・G2(参謀第2部)の戦史室にいた歴史学者のようです。日本の民主化を進めた民政局(ホイットニー)が左?とするなら、ウィロビーが率いるG2は右、保守派です。ウィロビーには、『赤色スパイ団の全貌 ゾルゲ事件(ウィロビー報告)』という著作(名前を貸しているだけ?)がありますから、プランゲの本書も少し用心して読む必要がありそうです。訳者の千早正隆氏も旧軍人であり、G2でプランゲの下で働いていたようです。

 タイトル通りゾルゲが東京に上陸した1933年(昭和8年)9月から、1944年(昭和19年)11月の処刑までの、11年間のゾルゲ及び尾崎秀実、宮城与徳、マックス・クラウゼン等「ゾルゲ諜報団」の活動を描いています。『ウイロビー報告(1949)』、『現代史資料 ゾルゲ事件(1962)』などがベースとなっているので、新しい発見はありませんが、諜報の実態を描いていると云う意味ではスパイ小説として楽しめます。もっとも、昭和史とゾルゲ事件の概要を知っているという条件は付きます。


 「諜報」は英語で“intelligence”ですが、「ゾルゲ事件」を見ると、ゾルゲたちのスパイ活動が文字通りのintelligence活動であったことが分かります。ゾルゲは、ドイツ大使館の武官オット(後に大使)に日本の政治・経済情報をレクチャーし、独ソ戦(バルバロッサ作戦)の正確な開始日時を掴みます。ゾルゲはハンブルグ大学で政治学博士を取得しいる学究でもあり、ドイツの新聞社の記者、ソ連のスパイとして独自の情報網を持っていますから、大使館以上の情報収集、分析能力があったわけです。オットの信頼を得たゾルゲは、大使館に部屋を与えられ、クーリエ(外交伝書使)まで務めるほどドイツ大使館に食い込みます。

 その情報網の最大のものが、ゾルゲ事件で連座刑死する尾崎秀実です。尾崎は、朝日新聞記者、内閣嘱託、満鉄調査部嘱託として新聞雑誌に寄稿する中国問題の専門家です。尾崎は、西園寺公一を通じた人脈によって近衛文麿の私的政策研究集団、「昭和研究会(蝋山政道、高橋亀吉、笠信太郎、三木清など)」のメンバーとなり、さらに、近衛が総理大臣になってからは、その私的諮問機関である「朝飯会」に参加します。プランゲは、「朝飯会」をシャドーキャビネットと書いていますから、尾崎は政策決定に何らかの影響を及ぼす立場にあったのでしょう。ゾルゲがモスクワに送った「南進論」の情報は、尾崎が政府中枢に食い込むことによって得られたものです。
 さらに、ゾルゲの諜報には、宮城与徳(米共産党員)がその配下を使って足で集めた軍事、経済情報が加わります。

 ゾルゲがドイツ大使館の信用を獲得するのは、「二・二六事件(1936)」です。ゾルゲは、その日本研究と諜報網から得られた情報を元に二・二六事件の本質をオットに教え、ドイツの雑誌に発表して名声を高めます。ゾルゲは、事件を皇道派(反ソ)の暴発と捉え、統制派の勝利によって日ソ関係が安定すると予測します。当然、その情報は赤軍第四部にも打電され、スパイ・ゾルゲの評価も高まったはずです。

 もうひとつの事件が日中戦争の導火線となった「盧溝橋事件(1937)」です。近衛内閣は不拡大方針を閣議決定しますが、中国問題の専門家である尾崎は、事件が局地的な突発事故では終わらず、全中国国民(国民党政府、共産勢力)を敵に回す全面戦争に発展し、世界大戦へと拡大すると主張します(「長期抗戦の行方」他)。事実はその通りで、日本は8年に及ぶ日中戦争の泥沼に足を取られることにまります。

 この尾崎の分析も、ゾルゲを通じてソ連に送られたはずです。ソ連が如何に判断したかは?ですが、上海事変と南京陥落に湧く日本では、一顧もされなかったわけです。

 ゾルゲの「二・二六事件」は彼自身による分析であり、尾崎の「日中戦争」は雑誌に発表されたものであり、何ら秘密のベールに包まれた諜報ではありません。ゾルゲ自身も言うように、モスクワの指令に基いて報告するのでは無く、情報を分析・評価することを自分の使命と考えるスパイです。ゾルゲ諜報団は、文字道理“intelligence”として機能していたことなります。この辺りが本書の面白さのひとつです。
 
 ゾルゲを今日読む意味はあるのかどうか分かりませんが、ドイツ人のゾルゲが、日本人の尾崎秀実、 宮城与徳が、共産革命のためソ連のため(あるいは平和のため)身を捨ててスパイ活動をする姿は、風景として興味深いものがあります

タグ:ゾルゲ 読書
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