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磯田道史 武士の家計簿 「加賀藩御算用者」の幕末維新 [日記(2014)]

武士の家計簿 ―「加賀藩御算用者」の幕末維新 (新潮新書)
 映画『武士の家計簿』が面白かったので、原作を読んでみました。原作は小説ではなく、新潮新書です。著者が見つけた古文書から、天保~明治の加賀藩・猪山家の家計を分析し、当時の武家社会の仕組みを解説した歴史の本です。武士の石高が分かっても、それが何に支出されたかが分からなければ、本当の武家社会は見えてこないということのようです。

 まず目を引くのが、「御算用者」という経理役人の話です。江戸時代は身分を世襲する時代ですが、会計役人は算盤と 帳簿をつける能力が必要で、家柄によって世襲出来ない個人の能力によります。身分よりもその武士個人の才能がもの云うわけです。ヨーロッパでも日本でも、経理や地図を読み弾道を計算する軍隊から身分制が崩されてきたと云うのです。

 『武士の家計簿』は、身分制から離陸した、現代のサラリーマンにも似た加賀藩・御算用者、猪山信之、直之、成之三代の物語です。物語といっても「家計簿」から伺える猪山家の内情です。これが意外と生き生きとしています。

 映画で、破産一歩手前の家計を立て直す猪山家のエピソードが、面白おかしく描かれていました。天保14年の猪山家の収支です。

収入:父信之484万円、息子直之702万円、借入金等460万→合計1646万円
支出:消費支出(食料、光熱費、交際費等)1145万円、借金の利子等537万円 →合計1682円(銀1匁=4000円換算、概算)
                                                                      

 給与所得が1200万あれば、原題では十分暮らしていけるはずですが、借金の利子を払うために、また借金しているとと状況です。借金は2500万円ほどあって、年収の2倍。年利15%~18%ですからたまりません。借金は、信之が江戸詰めになったために、入用となったものだそうです。年収の2倍の借金というのは、どう考えても異常ですが、著者によるとこれは猪山家だけの問題ではなく、当時の武士の平均的な姿だったようです。これでは幕府も倒れますねぇ。
 
 遠からず破産だ!と考えた直之は一大決心、家財を売り払って家計の立て直しを始めます。衣類、家具、食器、書籍、茶道具など売り払って1000万作り(家財で1000万とは凄いで)、妻の実家からも借金して元金4割を返済、残りを10年割賦の無利子という交渉をやってのけます。大切な着物を手放すことになって、母親の松坂慶子が泣いたり、これだけは勘弁してくれと言う父親の中村雅俊から有無をいわさず茶道具を取り上げたり、この辺りが、映画ではなかなかおもしろかったですね。弁当1つ銀1匁4000円という記載を見ると、涙ぐましい努力に直之の決意が現れていることが分かります。

 明治維新は、経済的には、農業に基礎を置いた武家社会が、商品経済に飲み込まれたという説があります。著者は一歩踏み込んで猪山家の消費支出を分析し、武家社会の負担であった親類縁者との「交際費」にスポットを当てます。天保14年は、大きなイベントは無かったにもかかわらず、交際費に180万円使われています。1200万の収入に対して180万の交際費はどう見ても多すぎますが、これが武士の体面を保つ身分費用だそうです。自家であれ他家であれ、冠婚葬祭があればこれがさらに膨れ上がります。武家社会とは、交際費を使って親族を囲い込む連帯責任、相互扶助の「五人組」のような社会だったようです。
 映画でも、成之の袴着に鯛が買えず「絵」に書いた鯛でまかなうエピソードが描かれますが、親戚一同を招いて宴会を開き、また宴会にに招かれて祝儀を包むという濃密な社会です。

 と云うような武家社会とそこに暮らす人々に様子が、猪山家の「家計簿」からドラマとして浮かび上がってくるわけです。

 幕末、成之は算盤と経理の才能を見込まれ、徳川慶喜とともに上洛した加賀藩の兵站を任されます。大政奉還で加賀藩が朝廷側に付くと、成之は 大村益次郎にヘッドハンティングされ、新政府の兵站「軍務官会計方」となります。御算用者の腕が見込まれた訳です。映画では唐突感があったのですが、大村益次郎の補佐官が元加賀藩の足軽で、成之の経理の腕を見込んで推薦したのではないかということです。
 「算盤侍」が、刀ではなく算盤で道を切り開いたのです。面白いです。

タグ:読書
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