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丸谷才一 大野晋 光る源氏の物語(上) [日記(2015)]

光る源氏の物語〈上〉 (中公文庫)
 源氏物語.jpg
 小説家・丸谷才一と国語学者・大野晋が、源氏物語の秘密を解き明かす対談集です。丸谷才一が紫式部の同業の小説家として源氏を読み疑問を呈し、大野晋が国語学者としてそれに答え意見を述べると云う構成です。話題に応じて原文と丸谷の現代語訳が示され、源氏物語を読んでいなくとも話題について行ける工夫が施されています。特殊な用語には解説が追記されていますから、親切です。

 対談と云うと、もうひとつ突っ込みが足りないようで敬遠してきたのですが、本書は違います。何しろ、対談の中身は光源氏の「色好み」ですから、ざっくばらんに本音で語った方が面白いです。例えば、

丸谷 (物忌で)藤壺の所には帝はこないということが明らかである、それを利用して源氏は藤壺のところへ行って藤壺を犯したんだ、云々。

 こういうのがサラリと出てくるのが対談の妙味です。また、『賢木』で、源氏が伊勢に下る六条御息所を野宮に訪ね、別れを告げるシーンで

丸谷 いうまでもないことですが、この夜、実事ありですね。
大野 実事ありでしょう。
丸谷 焼けぼっくいに火がついた。・・・
大野 そうですよ。
丸谷 この実事のありなしをいつもきちんとおさえていかないと、『源氏物語』は読めなくなります。
大野 作者は作者の美学として、実事などはほのめかすだけではっきり書かないんですから、・・・

実事というのは男女の関係を結ぶことです、辞書をひいても載っていません。源氏物語は、紫式部がほのめかした実事を把握することから始まる...(笑。

【玉鬘系、紫上系
 玉鬘系、紫上系は知識として知っていたのですが、本書を読んでよく理解できました。

a系(紫上系):1 桐壺~33 藤裏葉(画像参照)
b系(玉鬘系):2帚木、3空蝉、4夕顔(帚木三帖)、6末摘花、15蓬生、16関屋、玉鬘十帖
c系:34若菜~44竹河
d系(宇治十帖):橋姫~夢浮橋 
 
 玉鬘系を省いて紫上系を読むだけで、小説としてストーリーが完結している。帚木、空蝉、夕顔(帚木三帖)、末摘花は、若き日の源氏の恋の失敗談エピソード、 玉鬘十帖は夕顔の遺児をヒロインとしたサイドストーリー、スピンオフということです。

 紫式部が小説を書くことに手慣れた時期に、後から書き加えられたようです。この帚木後段から末摘花のb系四帖は、印象深いエピソードで読ませます。空蝉は蝉の脱け殻のように衣を残して消え、夕顔は実事の後生霊に取り殺され、ものにした深窓の姫君は醜女だったという、プレイボーイ光源氏にしてはドジを踏むエピソードです。
 夕顔の遺児玉鬘が登場し、源氏が牙を研いでいる間にまんまと黒髭にさらわれという、プレイボーイ源氏らしからぬ失敗談です。近江の君という特異な人物が登場して王朝絵巻を引っ掻き回すのも玉鬘十帖です。
 
 a系は、帝の息子「光る源氏」が、准太上天皇に上り詰める謂わばビルトゥングスロマンで、こちらが本筋。いわば連載小説のようにa系が何回かに分けて発表され、その合間に間欠的にb系が書かれ、後の世に、時間の流れに沿ってb系がa系に組み込まれて現在の形になったようです。
 源氏は、霧壺→帚木の順番に読むより、霧壺→若紫→紅葉賀とa系で読む方がまとまりがいいということです。今度試してみます(林センセイの現代語訳で)。

【末摘花】
 『末摘花』は、大輔命婦に「いい子がいるから忍んでみてはどうですか」と言われてその気になる話です。忍んで行って明るくなって顔を見るととんだ醜女だったというオチが付きます。丸谷才一によると、この『末摘花』の主人公は 末摘花ではなく大輔命婦ではないかというのです。
 源氏と大輔命婦は以前から関係があり、命婦は、源氏が最近ちっとも振り向いてくれないのでちょっと懲らしめてやれ(源氏の気を引くため)というつもりで末摘花を紹介したのではないかと云う読みです。大輔命婦は、末摘花が醜女であることを承知の上で源氏に仕掛けたのではないか、従って、主人公は大輔命婦小説家ならではの深読みで、大野センセイも賛成となります。
 源氏は貴人、大輔命婦はたかが女房。当時は、こういう関係は当たり前だったようで、源氏の婿入り先の左大臣邸、当然正妻の葵の上がいるわけですが、左大臣邸の女房にも手をつけています。貴人にとって、女房は色好みの対象にさえならない只の女、「お手がつく」という感覚は全くありません。葵の上にしても、嫉妬の対象にもならず、女房は人であって人でないわけです。

 というような通説にはない読みもあって、異例の源氏物語解説書、楽しめます。下巻は、源氏が桐壷の逆ヴァージョンを体験すると云う源氏物語の核心に入ります。両センセイはどんな読みを披露してくれるのか。 →下巻へ

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