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大野晋 丸谷才一 光る源氏の物語 (下) [日記(2015)]

光る源氏の物語〈下〉 (中公文庫)

 上巻は予想以上の面白さでした。下巻から、若菜以下のc系に入ります。b系は源氏が准太上天皇に登り詰める成功物語だったわけですが、c系は、准太上天皇をピークとして源氏の人生は下り坂にさしかかります。

【猫】
 源氏は、息子の夕霧を紫の上と女三宮を絶対に会わせません。源氏は、実父(桐壺帝)の愛人(藤壺)と通じてたという過去がありすから、自分の行いは棚にあげて、夕霧が紫の上、女三宮と関係して自分がコキュ(寝取られ夫)になることを恐れているわけです。
 当時の女性は、男に姿を見られることはタブーで、関係のできた男にだけ顔や姿を見せるそうです。故に末摘花のような悲喜劇が起きるわけです。
 若菜では、このタブーが破られることで源氏の悲劇が幕を開けます。タブーを破ったのは、何と猫。猫が御簾を倒し、源氏の正室・女三宮の姿があらわとなり、この姿を垣間見た柏木はムラムラと来ます。つまり、源氏の運命を狂わせたのは猫だった!。丸谷センセイに言わせると、「日本文学史を闊歩する」猫は二匹いる、一匹は源氏物語の猫でもう一匹は...。どちらも名無しの猫です(笑。

【道長】
 言わずと知れた藤原道長です。紫式部は道長の娘・彰子付きの女房ですから、源氏が左大臣の邸の女房たちと関係があったように、道長と関係があったようです。大野晋に言わせると、c系はその殆どが「三角関係の形成と崩壊」だといいます。

紫の上 - 源氏 - 女三の宮
源氏 - 女三の宮 - 柏木
柏木 - 落葉の宮(女二の宮) - 夕霧
雲居雁 - 夕霧 - 落葉の宮

 源氏の正室と柏木が関係を持ち、柏木の正室と源氏の息子・夕霧が(柏木が亡くなっての後ですが)関係を持つと云う、恋のロンド、三角関係の三重奏です。多くの女性と浮名を流し、紫の上、明石の方という理想の女性に巡りあい、皇女の女三の宮を正室とする源氏が、今度は深刻な三角関係で悩むわけです。
 紫式部と道長との関係が『源氏』c系に影響を及ぼしているのではないかと云う話が、大野センセイから出ます。『紫式部日記』と読み比べてみると、道長との関係がうまくいっている間に書かれたa系に比べて、c系の暗さ?(三角関係の形成と崩壊)はその関係が壊れたこと、道長に捨てられたことが影響しているのではないかと推測します。「文学作品と作者の伝記的事実」の関係です。
 この意見に、小説家・丸谷は「小説家にとっては、そういう考え方は非常に困るんです(笑)」と及び腰です。大野センセイの読みは当たっていそうです。

 

 『源氏』には、中将の君をはじめ源氏「お手付き」の女房が幾人か登場し、紫式部もそうした道長お手付きの女房のひとりです。男女関係について開放的だった当時でも、恋情というものは現代と大きく異なるとは思われません。捨てられた女の情感が、執筆中の小説に影を落とすことは充分考えられます。
 希代の色事師・源氏が正室を若者に寝取られ、挙句の果てに不義の子を抱かされるストーリーは、紫式部の道長への復讐と読むこともできます。権力の頂点に立って調子に乗っていると、いつ源氏のような不幸が来ないとも限らないよ、ということです。
 『源氏』は、女房によって書かれ読者の多くが女房であったことを考えると、女房による女房ための文学と言えそうです。

 本書は、『源氏物語』をの解説書として最良の一冊かもしれません。話題ごとに原文と丸谷の現代語訳が対比され、ふたりの対談を読むだけで『源氏』が分かった気分になります。柏木は源氏の生霊に取り殺されたのではないかとか、『雲隠』は名前だけ決めてあえて書かなかったのではないか、という解釈が出て来たりで楽しめます。
 国文学者ではなく、小説家と国語学者が『源氏』を読む、それを対談という形式、発言が新たな発言と発想を産むという形式をとったことが、本書の面白さです。この対談は、なんと2年間にわたって続けられたようで、そんじょそこらの思いつきの対談とはちょっと違います。いや、面白いです。

 『宇治十帖』が残っていますが、これは、リンボウ先生の『謹訳』を読んでからの楽しみに置いておきます。

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