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浅田次郎 天子蒙塵 第三巻 [日記(2018)]

天子蒙塵 第三巻 天子蒙塵 第三巻  第三巻は、 中国を追われて東北に流れ着いた満州国皇帝・溥儀と東北を捨てて中国を選んだ張作霖の息子・張学良の物語です。ふたりとも生まれついての貴種です。溥儀は清の初代皇帝、ヌルハチから数えて12代目の愛新覺羅氏に生まれ、わずか三歳で大清の皇帝となります。学良は奉天軍閥の総帥・張作霖の長男に生まれ、21歳で東北軍を率いる将軍となります。溥儀は女真族の愛新覚羅氏の出自、学良は遼寧省の生まれですから、ふたりとも満州に生まれ長城を越えた家系ということになります。溥儀は日本軍によって満州国皇帝に祀り上げられ、学良は日本軍に父親を殺され戦わずして蒋介石の軍門に下るという、歴史に翻弄される人生を送ります。
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溥儀
 溥儀は関東軍の土肥原の命を受けた甘粕正彦によって天津から連れ出され、出来たばかりの満州国・執政となります。
 あるときは私を車のトランクに詰め、あるときは洗濯籠の底に沈め、またあるときは 苦力に化けさせて三等車の通路に屈ませ、どうにか満洲の土を踏ませたのは、彼(甘粕正彦)の機転と強運によるところだった。

 執政府を訪れるとき、彼は喜々として夢を語った。新京を東洋のパリにしよう。アジアのハリウッドを造ろう。
 「満州の夜の帝王」甘粕雅彦の登場です。甘粕は後に、集合写真に写りたくないという理由で満州国民政部警務司長を辞し、満洲映画協会の理事長となります。大杉栄を謀殺した甘粕が、満州国のそれも警察庁長官であることはまずかったのでしょう。阿片を持参して溥儀を訪れた甘粕と武藤信義(関東軍司令官、関東長官、満州国駐在特命全権大使)が鉢合わせします。武藤は、「主義者殺し」で、阿片を国家の財源にしようとするの甘粕が(正確には里見甫ですが)、満州国執政の元に出入りすることを好まず、「快出去(とっとと帰れ)」と追い出します。そのエピソードを受けて、
武藤信義 はこの夏に死んだ。一服盛られたのだという噂はあちこちから耳にした・・・
満州事変を起こした関東軍幹部の首を挿げ替えた武藤ですから、暗殺もあり得る話です。

 満洲国を統治し、三権を行使し、陸海空軍を統率する執政となった溥儀ですが、
 緝熙楼(溥儀の居室)には日がな一日、(婉容の喫す)阿片の匂いが立ちこめており、勤民楼(溥儀の執務室)で私がなす務めといえば、けっして異議を唱えられぬ書類に執政の印璽を捺すことと、わけのわからぬ来訪者を接見することだけだった。・・・たとえ気晴らしの散歩にせよ許されず、鳥籠の中に入れられた、このうえなく高貴な番(つがい)の小鳥
状態の軟禁同様の生活を送っています。

張学良
 もう一方の貴公子・張学良。張作霖の死後、巨額の資産と奉天軍閥を握りますが易幟によって北伐の蒋介石の軍門に下り、満州事変では日本軍に抵抗せず「不抵抗将軍」の名を奉られます。
 北京に軍を進めた張作霖も皇帝とはならず、奉天に帰る途中爆殺され、あとを継いだ学良も長城を超えようとはせず蒋介石、日本軍と和睦したわけですから、親子2代にわたって野心の矛を収めたことになります。その経緯は謎だらけである、ということになります。
 張作霖の退転については、
 内戦に勝利して安国軍の大元帥を名乗った張作霖は、 紛うかたなき中原の覇王だった。いっときは誰もが、新たなる王朝の開闢(かいびゃく)を信じた。辛亥革命以来、十数年を経ても民国政府は軍閥を統制できず、やはりこの国には共和制が成り立たぬのではないかと、人々は懐疑していた。だから張作霖が紫禁城の玉座に就きさえすれば、王朝の交替という歴史の摂理に基いて、ごく自然に世が治まるのではないかと、林 先生も考えていたのである。
隠退した士大夫・林先生の期待も虚しく張作霖は北京を去ります。蒋介石が北伐を再開し、満州には侵攻しないという蒋と日本の裏取引により孤立無援となった張作霖は、やむなく奉天に引き上げた、というのが通説ですが、小説ですからもう少し裏があります。

 張学良の易幟については、
 蒋のくそったれと日本の間では、はなっから話ができてたんじゃねえのか。 張学良は北京にいて指揮は執れねえ。東北軍には抵抗するなと命じておくから、さっさと占領しちまえ。そのかわり、長城は越えるなよ。いや、その手前だ。錦州を占領しても、熱河には兵を進めるな
蔣介石と日本の間には密約があったのではないか、張学良は政争に破れたというのが馬占山の推測です。学良の言い分は、
1928年12月29日の易幟断行には、大いなる意味があった。東三省(満州)が国民政府に服(まつろ)い、中国統一が成ったのである。私と蔣介石との連衡は、つまりそういうことだった。
 ストーリーの流れからすると、張作霖も学良も「龍玉」を握っていたわけで、なろうと思えば皇帝になれた筈です。龍玉はそれを持つ資格のない者が持てば、身体が砕け散るという言い伝えがあり、父子とも己が皇帝の器でないこと自覚していたことになります。さらに、中国人である張親子は、満州を中国から引き剥がす(独立させる)気はなく、四分五裂した中国の統一を目指し「龍玉」を持つに相応しい人物を探していた、という筋書きです。

 廃帝・溥儀に「龍玉」を渡せば万事収まるはずですが、張学良に言わせると、

 いずれ弑(しい)される皇帝でも、あのような面構えはしていないだろう。殺されるほうがずっとましな人生を、歩み続けねばならない顔だった。たとえば、業火に焼かれようが血の池に沈められようが、けっして死ぬことを許されぬ亡者の顔。そしてその境遇を、嘆くことすらできぬ不幸の標本。
と、ナルホド。蒋介石もその器ではないということで、張学良は龍玉を李春雷の手に委ね、阿片中毒の治療のためヨーロッパに旅立ちます(第一巻冒頭)。龍玉は誰の手に渡るのか?。思わぬ人物の名前が登場します、毛沢東!。
 龍玉と中国の覇者をめぐる物語ですから、国共内戦を勝ち抜いて中華人民共和国を打ち立てた毛沢東が登場するのは、当然と言えば当然です。

タグ:読書 満州
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