SSブログ

J.D.サリンジャー ライ麦畑でつかまえて [日記(2019)]

ライ麦畑でつかまえて (白水Uブックス)  サリンジャー生誕100年で、映画『ライ麦畑の反逆児/ひとりぼっちのサリンジャー』も公開されるようです。大昔読んだ『ライ麦畑でつかまえて』を引っ張り出してきました。野崎孝訳の1964年白水社版です。1951年のアメリカ初版ですからずいぶん昔の小説です。私が読んだのは19歳の頃ですが、最近の若者はサリンジャーを読むのでしょうか?。

 ペンシルバニアの(名門)私立高校生、16歳のホールデン・コールフィールドのクリスマスも近い土日の2日間の物語です。

もし君が、この話をほんとに聞きたいんならだな、まず、僕がどこで生まれたかとか、僕のチャチな幼年時代がどんな具合だったとか、僕が生まれる前に両親は何をやってたか、とかなんとか、そんな《デーヴィッド・カッパーフィールド》式のくだんない話から聞きたがるかもしれないけれどさ、実をいうと僕は、そんなことはしゃべりたくないんだな。

と16歳の砕けた会話体で始まり、読者は、ホールデンのとりとめのない饒舌に付き合わされることになります。ホールデンの語り口は、訳者解説によると「50年代アメリカのティーン・エイジャーの口調を実に的確に捕らえている」らしいです。

 転校を繰り返し、4校目で単位が足りず退学になる寸前、ホールデンは、退学の手紙が実家に届く前に学校の寮を出て実家のあるニューヨークに向かいます。親の苦情を聞きたくないので家に帰ることもできず、ほとぼりが冷めるまでニューヨークのホテルで過ごすことになります。三人連れの女性とダンスをし、クラブでピアノを聴いて酒をのみ、ホテルのボーイに娼婦を紹介されて童貞を捨て損ない、ガールフレンドを誘い出して演劇を見にて、スケートをして結局は喧嘩別れ。と、この小説にはおよそ物語となるような事件は起きません。ホールデンは自分の感性と現実とのギャップを、インチキ野郎、イカレたトンマ野郎とけなし、とりとめもない饒舌で語るだけです。これを少年のたわごと読むか、ホールデンのたわごとに頷くかが、『ライ麦畑』を楽しめるかどうかの分かれ目でしょう。

 たとえば、欠点を付けた歴史の教師の自宅を訪れ、別れ際に「幸運を祈るよ!」と言われます。何でもない別れの言葉ですが、ホールデンに言わせると(欠点を付けられたからではなく)「ひどい言葉」だということになります。
 「弁論表現法」という科目でも欠点をとっています。この科目はクラス全員が何かを喋り、少しでも本題と無関係な話で脱線すると「脱線!」と怒鳴られるゲームのような授業。「これがどうも頭に来ちゃって、《F》でした、僕は」。そして同じくFになった友人の話を始め、「興奮して喋ってる奴に向かって、《脱線!》ってどなってばかりいたりするのが、僕には不潔に思えるんです」。ホールデンのFは確信犯です。

 君は何もかももうたくさんだっていう気持ちになったことがあるかい?・・・こっちでなんかをやらなければ、何もかもつまんなくなってしまいそうだっていう、そんな不安を感じたことはないかね?、たとえば学校とか、そういったもの、君、好きかい?・・・僕はいやでいやでたまんないんだ。

 ホールデンが退学になったのは、学校と教育に不信感を抱き反発し、何もかもいやになって、勉強もせず単位を落としたからです。ホールデンが反発するのは、既成のモラルや常識そのものです。バカやってんじゃないよ、と別の教師から諭されます。

 未成熟な人間の特徴は、ことにあたって高貴な死を選ぼうとする点にある。これに反して成熟した人間の特徴は、ことにあたって退屈な生を選ぼうとする点にある。

とつまりホールデンは「成熟」を拒否していることになりますが、いつまでも拒否できるものではありません。ホールデンは、家出を決意し、幼い妹フィービーに別れを言いに行きます。ふたりが動物園で回転木馬に乗るシーンです、

 今度は、いっぺん、兄さんも乗ってと、彼女は言った。
 いや、僕はただ、君を見ててあげるよ。僕は見てるだけでいいんだ

 幼いフィービーを見ていることで「成熟」を受け入れます。16歳のホールディングはさすが回転木馬に乗ることができず、できないことことが「成熟」を受け入れることだったわけです。けっきょく家出は中止、実家に戻ることになります。

 退屈な生を選んだオッサンが読んで面白いかというと、どうでしょう。大人と子供の間で揺れる危なっかしさに郷愁を感じ、大人にならざる得なかったホールデンに「ようこそ!」と言う他はありません。次は、同じ頃読んだ『丘の上の悪魔』でも引っ張り出してこようかと思います。

nice!(7)  コメント(0) 
共通テーマ:

nice! 7

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。