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深緑野分 ベルリンは晴れているか(2018筑摩書房) [日記(2019)]

ベルリンは晴れているか (単行本)
 アメリカ、ソ連、イギリス、フランスの四カ国が分割統治する1945年の廃墟と化したベルリン、17歳の少女アウグステ・ニッケルが殺人事件を追うミステリです。タイトルはヒトラーの「パリは燃えているか」のアナロジー。

 チェロ奏者の音楽家が歯磨粉に仕込まれた青酸カリで殺されます。歯磨粉は、当時ベルリンでは貴重品だった米国製の”コルゲート”で、このコルゲートを闇市で売ったアウグステは参考人としてソ連のNKVD(内部人民委員部、後のKGB)に逮捕されます。アウグステは米軍の食堂で働いているため、”コルゲート”の入手は容易。この音楽家は、共産党員であった両親がナチスに殺され孤児となったアウグステの面倒を見たという経緯があります。
 ポツダム会談のためスターリンがベルリン入りする直前の時期であり、ナチス残党のテロを恐れるNKVDが乗り出し、アウグステはナチスのテロ組織”人狼”(ヴェアヴォルフ)の一員と疑われたわけです。アウグステの疑いは晴れますが、今度は音楽家の甥エーリヒに疑いがかかり、アウグステはNKVDにエーリヒ探索を命じられ事件に巻き込まれます。この導入部は、米軍の食堂に勤める少女、殺人事件、ナチスのテロ組織、NKVDと、一応つじつまは合ってますが、やや作為的?。

 アウグステは、これもNKVDに無理矢理協力を命じられた泥棒のユダヤ人・カフカとともに、エーリヒを探してベルリンの焼け跡を彷徨います。このプロットはけっこう面白いです。敗戦国の首都ベルリンは空襲と市街戦で瓦礫の山と化していますが、人々はたくましく生きています。映画などで進駐軍に占領された東京の風景をよく見ますが、そんなイメージです。焼け跡には闇市が立ち、食堂では動物園から逃げ出したワニがスープとなるなどありとあらゆるものが売られます。空き瓶で水を売る少女は、

無表情のまま右手の指を日本、左手の指を三本立て
「煙草二本、手で五分。アメリカ煙草なら一本でいいよ」と言う。

「その・・・・口では?」
「口はやらない。お望みなら他をあたって」
・・・闇市で売られるのは物だけではない

孤児となった子供たちはたくましく路上で生活し、窃盗団を組織する世相です。

 物語は、アウグステが殺人犯を追う1945年の本編と、彼女が生まれた1928年に始まる「幕間」の2本立てです。ラストでこの2本の時制は一本の「現在」となります。「幕間」で、アウグステの成長とヒトラー政権下のベルリン市民の生活が描かれます。
 1928年は、ナチスが国政選挙ではじめて議席を獲得した年であり、大恐慌の前年に当たります。第一次世界大戦の莫大な賠償と世界不況に乗じてヒトラー政権を握り、オーストリアを併合しフランスに侵攻しドイツを戦火に巻き込みます。ナチスはドイツ国民を思想統制し監視し、アーリア人種至上主義でユダヤ人、ロマ、障害者、同性愛者を抹殺します。
 アウグステの17年は、思想統制とアーリア人種至上主義の17年であり、「幕間」で描かれるのはこの二つと、悪化する戦局の中で疲弊するベルリンの市民生活です。アウグステと行動を共にするのは、断種されたロマの浮浪児、同性愛者、ユダヤ人そっくりのアーリア人、さらにはウクライナ飢饉で孤児となった赤軍兵士、といずれも政治に翻弄される人々。

 この辺りをどう読むかで本書の評価が分かれると思います。「このミステリがすごい」で2位らしいですが、『夜と霧』以下ナチスとホロコーストを散々読まされてきた世代には新鮮味はありません。本編は、最後の50ページで犯人が暴かれ、殺された音楽家の正体が暴露され、殺害の動機が明らかにされます。冗長な追跡劇が一気にたたみ掛ける謎解きで終わる展開はもうひとつ。ヒロイン・アウグステはけっこう魅力ある人物として描かれていますから惜しまれます。
 ちなみに、本書に日本人はひとりも登場せず、物語は徹頭徹尾1945年のドイツです。その点は感心させられます。

キリ番.jpgniceキリ番

タグ:読書
nice!(5)  コメント(2) 
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コメント 2

Lee

10000nice!おめでとうございます^^自分もキリ番の時は画面保存したりします。
by Lee (2019-06-17 00:12) 

べっちゃん

記事ひとつあたりnice2個少しですから、自慢にもなりません。
by べっちゃん (2019-06-18 01:31) 

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