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高橋和巳 憂鬱なる党派 ② (1965-2016河出文庫) [日記(2019)]

  憂鬱なる党派 下 (河出文庫)続きです。
蹉跌
 今では殆ど読まれることのない高橋和巳の思弁的な小説です。登場人物が思弁し、あるいは思想、主義と言い換えていいものに絡め取られて蹉跌し破滅する物語です。面白いことは面白いのですが正直疲れる小説です。

 西村の出現によって、古在以下6人はそれぞれの青春と、卒業後の社会で青春がもたらした現実と向き合うこととなります。
 劣等感を克服するために政治の世界にのめり込み、査問とリンチによって同志を自殺に追い込んだ青春は、病と社会と隔絶された孤独をもたらします。何事かを告白するために訪れた友人を拒絶し自殺に追い込んだ青春は、留学のため家族を捨てる岐路に立たされます。国家に裏切られ享楽と理想の間で揺れる元特攻兵の青春は、不毛な愛と横領に躓きます。『憂鬱なる党派』の面々は、青春の夢と蹉跌の因果を噛みしめることとなり、何処で、何に躓いたのか?と自らに問います。

罪と罰
 西村は大阪の場末釜ヶ崎の簡易旅館に身を寄せます。旅館の女主人の息子の挿話が象徴的に語られます。息子は、復員後南方の戦場に自身を置き忘れ、復員して日本に帰ったことが自覚できず精神病院で死にます。生死の境をさ迷う過酷な戦争体験は、この男の精神を破壊しました。これは、原爆投下直後の広島に自身を置き忘れてきた西村の姿でもあるわけです。

 西村と友人たちの交流と並行して、彼が身を寄せる貧民街の簡易旅館とそこに暮らす人々が描かれます。売春宿を経営する元一銭芸者、彼女が抱える娼婦たち、ハサミ一丁の出張散髪屋、大工とは名ばかりの便利屋とその一家、などなど簡易旅館の住人たちです。貧民窟とそこに暮らす人々の描写は、読者に生き生きと迫ります。それは、作者の故郷でもある大阪南部の下町の風景であり、『邪宗門』『捨て子物語』などで繰り返し描かれる作者の原風景です。彼等は、自らをインテリゲンチャとする西村たちの対極にあり、この観念小説の青臭い論議を骨抜きにします。

 西村の書いた「伝記」の出版は潰え、友人達との再会はお互いの過去の傷口を広げただけに終わります。出口を失った彼のもと妻がふたりの子供を連れて訪れます。妻は、西村が妻子を捨てたように、夫とふたりの子供を捨てます。作者は、平穏な生活を捨てて原爆で死んだ36人の伝記を書いた西村の「罪」を罰するように、貧民窟で乳飲み子と幼い娘を抱える西村の堕落と滅びを描きます。
 この「罪と罰」は、「知」の綻びから破滅する『悲の器』の正木典膳、地上の楽園を目指し滅びる『邪宗門』の千葉潔、革命資金を得るために強盗をはたらき、裁判所の前で車に轢かれる『日本の悪霊』の村瀬狷介の「罪と罰」です。

 ラストで西村の罪、堕落と破滅が描かれます。何故、原爆で死んだ長屋の住人36人の列伝を書いたのかが西村の口から明らかにされます。日本は、敗戦から十数年がたち、サンフランシスコ講和条約によって日本の主権は回復され、朝鮮戦争の特需によって経済的復興も果たされます。1956年の『経済白書』には「もはや戦後ではない」と記されます。西村は、

この世の人々の悲しい右顧左眄、哀れな東奔西走、すべて自らの原点、自己の絶対性の喪失からくるものと認め、己ひとりなりとも、時流の変化、洞窟の壁に映る影のうつろいに動ずることなき価値体系を築こうと

36人の伝記を書いたのです。36人の列伝を書くことで、知識人が知識人であることの存在理由(レゾンデートル)を見出そうとしたわけです。その志の帰結が、乳幼児は貧民街の女たちの母乳に頼り、幼い娘は娼婦や簡易旅館の女将の施しに頼り、日雇いで得た僅かな金は安酒に消えるという堕落だったわけです。行き場を失った怒りと後悔のなかで、西村は1961年の「釜ヶ崎暴動」の群衆のなかで労務者を扇動します。

破滅
 原爆症が進行する身体で、西村は何故堕落し滅びねばならなかったのかという理由、「広島」の真実(高橋版『蛍の墓』)を娼婦に伝え、簡易旅館の一室で息を引き取ります。娼婦は、西村の遺品から見つかった名刺を頼りに電話をかけます。
 古在は労働争議の末業界新聞を去り、藤堂は刑務所、日浦は結婚のため職場に不在、青戸は留学のため渡米、村瀬は自殺、岡屋敷は病死、『憂鬱なる党派』の解体された姿です(転向し放送局に勤める蒔田とは連絡がつきます)。娼婦千代の うちは何のために生きてるんやろ。の呟きで幕。

 娼婦千代は、『悲の器』では主人公の妹、『邪宗門』では跛の女性教祖など「救い」のイメージとして登場する女性たちのひとりです。主人公たちはすべて罪を背負って破滅してゆきます。高橋和巳が生きながらえていたなら、彼女たちがイメージを超えて復権する小説が書かれた筈です。生硬な文体で書かれたこの小説を近年のベストセラー小説の中に置いてみると、古色蒼然ではあるものの、不思議な光芒を放ちます。

タグ:読書
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