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木内昇 万波を翔る ② (2019日経出版) [日記 (2020)]

万波を翔るスフィンクス.jpg
続きです。
横浜鎖港問題
 1864年、長州藩がフランス船を砲撃した賠償問題と横浜鎖港のため、池田長発を長とする遣欧使節がフランスに派遣され、田辺太一も随員に選ばれます。横浜鎖港は、朝廷の攘夷圧力をかわすポーズに過ぎず、問題の引き伸ばし。太一は外国方とし鎖港に反対であり、そもそも列強の開港圧力を跳ね返せるはずもない。小手先の外交の片棒を担ぐなど太一にとっては意に反した仕事です。使節団の弱点が池田にあると見たフランスは、太一等事務方を切り離し池田を籠絡して交渉を纏めてしまいます。目的の横浜鎖港は潰え、輸入品の関税率の引き下げというおまけまで付き失敗(パリ協定)。帰国した池田は蟄居させられ、太一も免職、閉門の憂き目に会います。幕府はこのパリ協定の批准を拒否しますから、何のための遣欧使節だったんでしょうねぇ。この遣欧使節は、途上エジプトを訪れ、スフィンクスを背景にした有名な写真(スフィンクスと34人のサムライ)を遺しています。後世にとってみれば、この写真が最大の成果です。

パリ万博
 幕府は1867年のパリ万博に出展するという挙に出、太一は渡仏します。国内を治めきれず屋台骨の揺らいだ幕府は、幕府こそ日本の正統な政府であるということを世界に示したかったわけです。ところが伏兵が現れます。薩摩は、秘密留学生でであった五代友厚と仏貴族モンブランを使い、「日本薩摩琉球国太守政府」の国名で参加(佐賀藩も)します。日本国は藩の集合国家であり、政府を自称する幕府もまた一つの藩に過ぎないことを世界に向けて喧伝したことになります。面目を潰された太一は失地回復に努めますが、敗退。パリ万博では、幕府、薩摩藩、佐賀藩の三つ「政府」が並立して出展したことになります。これひとつ取ってみても、西国雄藩をコントロールできない幕府の凋落が見えてきます。余談ですが、このパリ万博が景気となって、ヨーロッパに「ジャポニスム」が起こり、印象派の絵画に影響を与えます。
 失意で帰国した太一を待っていたのは「大政奉還」です。幕府外国方としてパリに行き、帰って見れば肝心の幕府は無くなっていたのです。出張から帰ったら会社がなくなっていた、という身につまされる話。

宮仕え
 部屋住みの冷や飯食いに生まれた太一は、外国方「書物方」から調役となり、小笠原諸島に行き、意に染まぬ仕事とはいえ二度もヨーロッパの地を踏みます。幕府崩壊後も新政府の外務省大書記官、元老院議官になって85歳で没しますから、これはこれで完結した人生だったわけでしょう。

 田辺太一は、時代にこれと言った足跡を遺したわけでもなく、幕府の外交を支えたわけでもなく、維新前夜という時代の嵐に翻弄された幕府の役人に過ぎません。主人公にするなら、本書にも登場する福地源一郎(桜痴)、小栗忠順、ちょっと斜めから水野忠徳などの方が面白いと思うのですが...。

 幕末の外交、経済小説というには、少し物足りません。富岡平三(架空人物)という小役人然とした外国方の同僚が登場し、奉行にもずけずけものを言う田辺太一と対照をなしています。太一がパリ博覧会の随員に自分を売り込んだ際の二人の会話、
平三、
わしにはな、上役になにも言われておらぬうちから自制する癖がついておるのよ。このようなことを言えば叱責されよう、疎んじられよう、下手をすればお役御免となるやもしれん、と常に怯えておるのじゃ。外国局に入れられてから、御奉行が閣内の諍いによって不当な左遷の憂き目に遭うのをまざまざと見せつけられて、いつしか、息を潜めて仕事をするようになってしもうたかもしれん。
太一、
俺はもともと考え無しだからね。すぐに本音が口に出ちまうのだ。ことに御奉行の左遷を多く見てからは、岩瀬様や水野様のような能吏でも些細なことでお役御免となるなら、俺なぞ、いつ役目を外されてもおかしくねぇ。ならば役目にありつけているうちに、好きなことを存分にしようと思ったのよ。鎖港談判ってぇ意に染まぬ役目を担ってからはいっそう、その気持が強くなったのさ。

 政争によって上司が次々と左遷されるなか、組織人としてどう身を処すればいいのか、「出る杭」となるかどうかという話です。幕末の外交を舞台に、小市民、小役人を描いたサラリーマン小説としても読めます。
 木内 昇は面白いので読んできたのですが、今回は少し勝手が違いました。


当blogの木内 昇
 櫛挽道守(2013年 集英社)
 漂砂のうたう(2010集英社)
 地虫鳴く 新選組 裏表録(2010集英社)
 茗荷谷の猫(2008平凡社)
 笑い三年、泣き三月(2011文藝春秋)
 新選組幕末の青嵐(2009年 集英社文庫)

タグ:読書
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