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司馬遼太郎 坂の上の雲 ④--祖国防衛戦争 (1969、2004文藝春秋) [日記 (2020)]

坂の上の雲 <新装版> 五 続きです
 この辺りから始まって「日韓併合」に至る歴史に興味が湧き、『坂の上の雲』を読んでいます。明治政府にとって韓半島進出は南下するロシアへの恐怖だったようです。

専制国家
 綱渡りのような日露戦争を見てきましたが、本書では日本の勝利を予測した人物がふたり登場します。米大統領セオドア・ルーズベルトは、「専制国家は滅びる」と日本の勝利を予測し、日露戦争のイギリス観戦武官イアン・ハミルトン中将は、ボーア戦争を戦った経験から侵略戦争はロシアの敗北で終わることを予見します。
 この「専制」が日露戦争に影を落とします。誰も皇帝の意に逆らえないわけですから、ロシアの軍人(官僚)は、戦況よりも皇帝(宮廷)の方を向いて行動をするわけです。おまけに、皇后アレクサンドラはニコライ二世に強い影響力を持っているため、皇帝だけではなく宮廷の方も気にしないといけないことになります。例のラスプーチンを重用した皇妃です。高宗と閔妃の関係によく似ています。
 ロシア陸軍の司令官クロパトキンが南山会戦で日本軍に敗れたため、ニコライ二世はロシア軍を二つに分け、グリッペンベルグを第二軍司令官として満州に派遣します。クロパトキンは、総司令官から第一軍司令官に落とされます。黒溝台会戦で、第二軍が黒溝台を攻め、その隙きに第一軍が正面を突破する作戦だったのですが、勝てばグリッペンベルグの手柄となるため、クロパトキンは正面突破をせずみすみす勝利を逃します。

このことは普通の国家にあっては信じがたい理由であったが、しかしながら専制国家の官僚というのは、国家へもたらす利益よりも自分の官僚的立場についての配慮のみで自分の行動を決定する。
--専制国家はかならず負ける
と予言したアメリカ合衆国大統領セオドア・ルーズベルトの見通しには、こういう点もむろん計算されていた。

 ということです。日本海海戦のために、バルチック艦隊(第二大平洋艦隊)に一万八千海里も航海させる作戦もしかり。バルチック艦隊援助のために老朽艦を集めて第三大平洋艦隊を編成しますが、これもしかり。速度の遅い第三艦隊はバルチック艦隊の足手まといとなるだけで、作戦に支障をきたします。バルチック艦隊は第三艦隊と合流するためマダガスカル島で三ヶ月の足止めをくらい、日本海軍に時間的余裕を与えたことになります。

 もう一つが、後にロシア革命を生む社会不安。ニコライ二世の父アレクサンドル二世は反体制テロ組織(人民の意思)によって暗殺され、後継のアレクサンドル三世も列車を爆破されるテロに遭い、日露戦争の最中に「血の日曜日事件」が起こり、日露戦争を始めたニコライ二世も二月革命の後処刑されます。当時のロシアでは、革命団体による反政府運動、テロ、労働者によるストライキが頻発し、政情は不安定。映画で有名な「戦艦ポチョムキンの叛乱」もこの頃です。専制の綻びが帝国各所に現れ、領土拡張主義で飲み込んだポーランド、フィンランドでも反ロシアの運動が起こります。1917年に二月革命が起こりロマノフ王朝は倒れますから、1904年~5年はまさに革命前夜だったことになります。

明石元二郎
 児玉源太郎はこのロシアの政情不安に目を付け、戦争の早期終了のためにロシアを内部から揺さぶろうと考え、駐露武官の明石元二郎に100万円の資金を渡し反ロシア運動の支援を命じます。日本の国家予算が2億5千万円ですから、とうほうもない活動資金です。
 日露戦争が起こり駐ロシア公使館はストックホルムに移り、明石はヨーロッパからロシア国内、フィンランド、ポーランドの反ロシア勢力を糾合し、ロマノフ王朝の屋台骨に揺さぶりをかけます。明石は、フィンランドのシリヤクスを始め、スウェーデン、ポーランドの反ロシア運動の組織を集めロシア皇帝を共通の敵としてパリ会議を開催します(レーニンは参加しなかったようですが、接触はあった)。諜報の世界ですから総ては闇の中、100万円の資金が反ロシアのためにバラまかれ、テロ、ストライキ、デモの活動資金になったことでしょう。明石はこの資金を使って、スイスから2万5千挺の小銃と銃弾4百万発を調達し、運搬のために汽船まで購入しています。

 明石の危機感を作者はこう書きます。日露戦争で負ければ日本はどうなるか?

 朝鮮半島は、ロシアの領土になるだろう。日本は属邦になることは間違いない。
ロシア帝国はその威容を示すために、ヘルシンキでやったと同様、壮大な総督官邸を東京に建てるだろう。・・・横須賀港と佐世保港に一大軍港を建設するに違いない。
 憲法は停止し、国会議事堂を高等警察本部にするに相違無く、さらに幕末以来、ロシアが欲しがった対馬を日本海の玄関の護りにすべく大要塞を築き、島内に政治犯の監獄を作るであろう。銃殺刑の執行所をもうけるであろう。
 今ひとつ、東京には壮麗な建物ができるにちがいない。ロシア帝国は、その国教であるギリシャ正教をその軍隊同様、専制の重要な道具にしており、現にヘルシンキの中央広場にはこの異教の大殿堂が造られているように、日比谷公園には東洋一の壮麗な伽藍を造るであろう。

 明石の妄想を借りた歴史の”if”ですが、あり得たかも知れない妄想であり、日本国の中枢を担う人々の恐怖です。この恐怖の元に日露戦争(作者によると”祖国防衛戦争”)が起こされたといってもいいでしょう。

 日露戦争の資金は外債によって賄われますが、大国ロシアと戦争する東洋の小国・日本の外債は、日英同盟を結んだイギリス、「専制国家は滅びる」と日本の勝利を予測したルーズベルトのアメリカさえ引き受けません。これを引き受けたのが、ユダヤ人の実業家ヤコ・ブシフ(ジェイコブ・シフ)。ブシフもまた、ユダヤ人を迫害するロシアを共通の敵とする日本に味方したわけです。

タグ:読書
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