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カズオ・イシグロ わたしを離さないで 第一部 (2008ハヤカワ文庫) [日記 (2020)]

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)
 原題、Never Let Me Go。 『日の名残りが面白かったので引き続きカズオ・イシグロ。ノーベル文学賞の小説ですから文学なんでしょうが、サスペンスとして読めます。大江健三郎がサスペンスを書けば、こんな作品ができそうです。『日の名残り』同様、文章は平易で晦渋な表現や観念的な言い回しもなく読みやすいです。

ヘールシャム
 31歳の介護人キャシー・Hが、「施設」へールシャムで過ごした子供時代の思い出を語ります。この施設も、キャシーが現在勤める介護施設もまた、医療施設でも老人ホームでもなく、謎。ヘールシャムは、ブリックスクールのような全寮制の学校で、生徒は「使命」のために保護官と呼ばれる教師によって教育を受けている様子。庭師や配達人、「マダム」以外誰も訪ねる人は無く、施設から一歩も出ず「外の世界」と隔離されているようです。子供ですから親がいるはずなのですが一言も触れられず、あるいは孤児院なのか?。彼らは何者で、使命とは何か?。キャシーによって、少女期から思春期にかけての集団生活がノスタルジックに語れ、そのすき間から次第に真実が顔を覗かせます。

もう五歳や六歳の頃から、頭のどこかには「いつか……そう遠くないいつか」と、ささやく声があったのかもしれません。「いつか、きっとどんな気持ちのものかわかるだろう」と。ですから、わたしたちはそれと知らずに、きっとあの瞬間を待っていたのだと思います。自分が外の人間とはとてつもなく違うのだと、ほんとうにわかる瞬間を。

 「外の人間」と何がとてつもなく違うのか?。マダムという存在を契機にその謎が徐々に明らかにされます。マダムは、定期的にヘールシャムを訪れ子供たちが作る優れた絵、彫刻や詩を外部に持ち出しています。ツンと済ましたマダムは、実は子供たちを怖がっているのだという噂が流れます。彼女はなぜ施設を訪れ彼らの作品を持ち出すのか?、何故幼い子供たちを怖がったのか?。
 キャシーは、お気に入りのジュディ・ブリッジウォーター「わたしを離さないで(Never Let Me Go)」の曲に合わせて、赤ん坊に見立てた枕を抱いて踊っている姿をマダムに見られます。この赤ん坊というのに意味があります。

何かを感じ、部屋に誰かいるような気がして、ふと目を開けました。すると、目の前にある戸口の向こうに、マダムが立っていたではありませんか。
マダムは部屋に入ってこようとせず、敷居の向こう側の廊下にじっと立っていました。その位置から頭を一方に 傾げ、ドアの内側を覗き込むようにして、わたしを見ていました。そして……泣いていたのです。
気味の悪いものでも見るようなあのいつもの 眼差しで、ドアの向こうからわたしを見て、しゃくりあげていました。

(マダムはわたしたちを)目にするたびに「この子らはどう生まれ、なぜ生まれたか」を思って身震いする。少しでも体が触れ合うことを恐怖する。そのことがわかる瞬間、初めてその人々の目で自分を見つめる瞬間──それは体中から血の気が引く瞬間です。生まれてから毎日見慣れてきた鏡に、ある日突然、得体の知れない何か別の物が映し出されるのですから。

わたしたちにとってはマダムが一つの流れの始まりでした。その流れは年月とともに大きくなり、わたしたちの人生を左右するまでになっていったのです。

 タイトルの『わたしを離さないで』は同名曲から採られているようです。キャシーたちヘールシャムの女性徒は、みな赤ん坊が産めない身体だということが明かされます。親がいない?、子供が産めないということはどういうことなのか。彼女たちは異形の者なのか?。

自分たちの将来を語り合う生徒たちの会話に、教師(ルーシー)が割り込みます。

あなた方の人生はもう決まっています。これから大人になっていきますが、あなた方に老年はありません。いえ、中年もあるかどうか……。いずれ臓器提供が始まります。あなた方はそのために作られた存在で、提供が使命です。

なんと、キャシーたちは、臓器提供を目的に造られたクローン人間だったわけです。このルーシー先生は、真実を暴露したためヘルーシャムを追われたようです。

何をいつ教えるかって、全部計算されてたんじゃないかな。保護官がさ、ヘールシャムでのおれたちの成長をじっと見てて、何か新しいことを教えるときは、ほんとに理解できるようになる少し前に教えるんだよ。だから、当然、理解はできないんだけど、できないなりに少しは頭に残るだろ? その連続でさ、きっと、おれたちの頭には、自分でもよく考えてみたことがない情報がいっぱい詰まってたんだよ

 「使命」とは臓器提供であり、生徒たちは外部の人間のために造られ、提供の後に死んでゆく家畜だったわけです。ヘールシャムの教師・保護官は、生徒たちに情報を少しづつ与え、例えば性教育の中に自分たちの伝えタイ情報をそっと滑り込ませ、彼らが運命を受け入れるように巧妙に誘導します。ルーシー先生は、徐々に洗脳してゆくヘールシャムの教育方針を踏み外したため、辞めさせられたのでしょう。外部から隔離され洗脳された子供たちは、臓器提供を何の疑問を抱かず受け入れ成長します。教育というものの恐ろしさです。
 その事実を知ったキャシーたちは、『ブレードランナー』のレプリカントのように人間に対して反乱を起こすのか?。外の世界を知らず無菌保育器のようなヘールシャムで育てられたクローンたちは、運命に疑問を挟むこともなく普通の少年少女たちと何ら変わるところはありません。

ヘールシャムでの最後の数年間、十三歳から十六歳で巣立つときまでをお話ししましょう。わたしのヘールシャム時代の記憶は、最後の数年間とそれ以前という二つにはっきり分かれています。
ヘールシャムを出て何処へ行くのか?、外の世界でどんな体験をし、どう変わるのか?。

続きます

タグ:読書
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