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カズオ・イシグロ 忘れられた巨人 ① (2017ハヤカワ文庫) [日記 (2020)]

忘れられた巨人 (ハヤカワepi文庫)  『日の名残り』『わたしを離さないで』に続き、カズオ・イシグロです。

 姿は霧で見えなくても、異形の者の荒々しい息遣いはいたるところから聞こえてきたはずだから。ただ、と出くわした人々がそのたびに腰を抜かしていたかと言えば、そうではない。鬼は、日常に存在した危険の一つにすぎず、心配すべきことはほかにもいくらでもあった。


 『わたしを離さなで』の背景はSFでしたが、今度は「異形の者」や「鬼」が登場しますからファンタジーです(後にはドラゴンまで登場)。アーサー王の甥ガウェン(円卓の騎士)が登場しますから、舞台は5世紀後半から6世紀初めのブリテン島ということになります。ローマ帝国撤退の後、ブリテン島の支配をめぐってブリテン人(ケルト人)とサクソン人が争っていた時代の物語です。と言っても歴史小説ではなく、その時代を舞台とした寓意小説?です。

この国は健忘の霧に呪われている
 『忘れられた巨人』は、ブリトン人のアクセルとベアトリスの老夫婦が息子を訪ねる話です。

息子はなぜここに、わたしらと一緒にいないのかな。
おまえの言うとおり、息子の村まではほんの二、三日かもしれない。だが、どうやって見つければいい

不思議なことに、老夫婦は、何故息子は父母の元を離れたのか、息子を訪ねると言いながら何処に住んでいるのかさえ知らず、息子の顔も声も思い出せないことです。これは老夫婦の話だけではなく、村全体が罹った「物忘れ」「記憶の喪失」の病のようなもので、

村人にとって、過去とはしだいに薄れていき、沼地を覆う濃い霧のようになっていくもの。たとえ最近のことであっても、過去についてあれこれ考えるなど思いもよらないことだった。

例えば、アクセルは赤毛の祈祷師が居なくなったことに気づき、村人に訪ねますがそんな女が居たことさえ誰も忘れている。幼い少女マルタが夜になっても帰ってこないので村中大騒ぎとなります。ところが”ヌエワシ”の噂を誰かが話し出した途端、マルタの話しは忘れられます。過去は忘れ去られ直近の記憶も霧の彼方へ消え去る、そんな世界の物語です。

この国は健忘のに呪われている
わたしらの記憶は消え去ったわけじゃない。このいまいましい霧のせいで、どこかに隠されているだけだ。

『わたしを離さないで』においても、次々に謎が提出されその謎解きで物語が進行しました。『忘れられた巨人』は、国を覆う「霧」と「記憶の喪失」という謎からスタートします。

分かち合ってきた過去を思い出せないんじゃ、夫婦の愛をどう証明したらいいの?
 アクセルとベアトリスの息子を訪ねる旅が始まり、ふたりは、雨宿りをした廃屋で諍う老婆と船頭に出会います。老婆は夫と共に「島」に渡ろうとしますが、船頭は夫だけを島に渡し老婆を拒否、夫婦は離れ離れとなりこれが諍いの原因だというのです。この「島」というのも謎。島に渡るということは何を意味するのか?。

まれに、二人一緒に島に渡れることもあるんです。めったにないことで、認められるには、二人がきわめて強い愛情で結ばれていることが必要です。この方とご主人の絆は弱すぎたんです。

夫婦揃って島に行くためには、ふたりの強い愛情が必要で、この老婆夫婦にはそれが無かったというのです。夫婦の絆を確かめるために、船頭はふたりに「一番大切に思っている記憶」を質問し、ふたりの記憶が一致すれば夫婦は強い絆で結ばれていることになると言います。老婆夫婦の一番大切な記憶は異なっていたため、船頭はこの夫婦の愛情を疑ったわけです。人と人の絆は共通の「記憶」によって成り立っている、というのです。

分かち合ってきた過去を思い出せないんじゃ、夫婦の愛をどう証明したらいいの?アクセル、わたしたち、そのころを思い出すことさえできずにいるじゃありませんか。そのころも、その後も。派手な喧嘩の思い出も、楽しかった瞬間の思い出もない。息子の顔も、いなくなった理由も思い出せない。(ベアトリス)

取り戻せるさ、お姫様。全部、取り戻せる。それに、おまえへの思いは、わたしの心の中にちゃんとある。何を思い出そうと、何を忘れようと、それだけはいつもちゃんとある。
記憶がなくなったら、わたしたちの愛も干上がって消えていくんじゃない。
わたしらの記憶は消え去ったわけじゃない。このいまいましい霧のせいで、どこかに隠されているだけだ。(アクセル)

物語全体も「霧」に覆われていようで曖昧模糊。記憶を失ったアクセルは「信頼できない語り手」ということになります。

サクソン人
 この時代、ブリテン島にはブリテン人とサクソン人が混在しています。アクセルとベアトリスはサクソン人の村に一夜の宿を求めます。村は、「悪鬼」が村人を殺し少年をさらっていったという混乱の最中。遠い国の沼沢地から来たという戦士ウィスタンが現れ、鬼退治と少年の救出に向かいます。アクセルは戦士を見て、

その男は人だかりの真ん中に歩み入ると、当然のように手を剣の柄に置いた。その動作がもたらす安心と興奮と恐怖の入り混じった感情が、まるでわがことのようにアクセルにもわかった。この不思議な感覚はなんだろうと思った。

戦士は、アクセルに会ったことがあるような口ぶりで西の国から来たのではないかと聞き、アクセルは昔兵士だったのか?、ブリトン人の農夫ではないのか?アクセルは何者なのか?。

 ベアトリスは、村の薬師の助言で持病を診てもらうために修道院に向かいます。村の長老は、修道院は雌竜クエリグ(ドラゴン)の国にあること、アーサー王の時代からの生き残りで、昔、アーサー王からクエリグ退治を命じられた騎士がいること、騎士に遭うだろうことを伝え、いよいよドラゴンと「円卓の騎士」の登場となります。アクセルの村の住居は穴だったし、鬼やドラゴンが登場しますから”ホビット”の世界です。そう言えば『七王国の玉座』にもドラゴンが登場します。

 戦士は鬼退を退治し少年の救け出します。少年は、鬼によって噛み傷を負っており、村人は悪鬼に噛まれた者はいずれ悪鬼に変わると信じているため迫害される恐れがあります。長老は、アクセルに少年を村から連れ出しの息子の村に連れてゆくことを依頼し、戦士が同行することとなります。

 4人はアーサー王の甥で老騎士ガウェイン卿に出会い、物語は新たな展開を迎えます。
 ブリトン人のガウェイン卿はアーサー王にドラゴン退治を命じられている。この地を治めるブリトン人のブレヌス卿は、ドラゴンを捉えて武器として使いブリテン島支配の野望を持っている。サクソン人の戦士ウィスタンは、それを阻止するためサクソンの王にドラゴン退治を命じられている。ブリトンの人アクセルは、ウィスタンとブレヌス卿の兵士の闘いを見て、自分がかつて戦士であった記憶を取り戻す。などなど、ブリトン人とサクソン人にドラゴンとアーサー王伝説が絡み、カズオ・イシグロ版『ゲーム・オブ・スローンズ』が進行します。

続きます。

タグ:読書
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