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カズオ・イシグロ 忘れられた巨人 ② (2017ハヤカワ文庫) [日記 (2020)]

忘れられた巨人 (ハヤカワepi文庫) 続きです。
クエリグの息がこの地を満たし、私たちの記憶を奪います
 ベアトリスの診察と悪鬼に噛まれたエドウィンの傷の治療のため、一行は修道院に赴きます。ローマ帝国の征服とともにキリスト教はブリトン人の間に広まり、アクセルとベアトリスもキリスト教徒で、5~6世紀のブリトンにも修道院があったのでしょう。
 ウィスタンによると、この修道院はかつてサクソン人の古い砦であり、その頃多くのサクソン人が虐殺されたと言い、修道院ではその贖罪のため、修道僧を鳥についばませる苦行が行われていると言います。ウィスタン(非キリスト教徒)は、苦行がキリスト教徒≒ブリトン人の行った侵略や虐殺の贖罪とはならない、と神父を非難します。またアクセルは、エドウィンの傷を診察した僧の顔に「勝利の表情」が浮かぶのを見たと言います。エドウィンの傷は脇腹にありますから、磔刑で死んだキリストの聖痕」ということになります。砦も聖痕も人間の「記憶」であることには違いありません。

 また、サクソン人のウェスタンは小さい頃ブリトン人の兵士に拉致され兵士として訓練されたこと、アクセルはその頃出会った人物ではないかと言います。物語当時のブリテン島(イギリス)は、ローマ帝国の撤退後アングロ・サクソン人が侵入し、アーサー王がこれと戦ってブリテン人による支配をなしとげます。『忘れられた巨人』は、このブリトン人とサクソン人の戦いが人々の記憶に残る時代の物語です。
 
 第二部では、「霧」と「記憶の喪失」の謎が明かされます。竜の息が霧となってこの地を満たし、人々の記憶を奪ったのです。さらに竜は修道院の僧らによって護られているといいます。キリスト教(修道院)は、竜に加担して人々の記憶を奪っているというのです。宗教は、悪は贖罪によって許されその所業は記憶から消される、と言っているかのようです。竜の息は、ブリトン人とサクソン人の戦いの惨劇の記憶を人々から消し去っています。その竜を退治すれば戦いの記憶がブリトン人とサクソン人に蘇るはずです。蘇ればどうなるのか?。
 この「集団、民族(人種?)の記憶」に対して、「個人の記憶」を担うのがベアトリスです。
霧はすべての記憶を覆い隠していますから、竜を退治して霧が晴れれば、よい記憶だけでなく悪い記憶も蘇ります。それでもいいのか?と問う神父に、ベアトリスはこう答えます、

悪い記憶も取り戻します。仮に、それで泣いたり、怒りで身が震えたりしてもです。人生を分かち合うとはそういうことではないでしょうか
アクセルとわたしは一緒に人生を思い出します。どんな形だったにせよ、二人の大切な人生ですもの。

ここでも「記憶」が人と人との絆の基であることが繰り返されます。

 ウィストンを捕らえに来た兵隊が修道院に現れ、アクセル、ベアトリス、エドウィンの三人は神父の助言で森に通じるトンネルに逃げ込み、そこで3人を待っていた騎士ガウェインと出会います。神父は3人を始末するために獣の住むトンネルに閉じ込めたのです。『指輪物語』で、オークに支配されたドワーフの地下宮殿「モリア」を通過するホビット一行と似ています。このトンネルは墓場であり、おびただしい人骨が地を覆い、戦争の惨劇の記憶です。

殺戮の循環は途切れることがなく、復讐への欲望は途絶えることがありません
 第三部では、アクセルとガウェインの関係と、竜の息によって人々が記憶を失った真相が明らかになります。ガウェンによると、アクセルはアーサー王の外交官としてサクソン人との間に協定を結び平和を実現させます。後に協定は崩れ、戦争が起きブリトン人が勝利します。ガウェンはアクセルに言います、

アクセル殿が心を痛めておられるサクソンの少年たちは、やがて戦士となり、今日倒れた父親の復讐に命を燃やしていたはず。少女らは未来の戦士を身籠ったはず。殺戮の循環は途切れることがなく、復讐への欲望は途絶えることがありません

負の連鎖に絶望したアクセルは、アーサー王と袂を分かち野に下り、竜の息とともにこの記憶を消し去ったようです。

貴殿は、戦争だの平和だのという大層な議論から離れ、人を神に近づけるあの法からも離れ、アーサー王さえ思い切って放り捨てて、その身のすべてをよき妻(ベアトリス)に捧げた。
わしもまた、この身に従ってくれるやさしい影を望んだ日々があった。

つまり、アクセルは政治の世界捨てて妻を選び、ガウェンは政治の世界を選択したようです。
 アクセルは、ガウェンがアーサー王から竜退治を命じられたのではなく、竜を護る使命を与えられたことに気づきます。ガウェンは仲間5人と竜を倒しに行ったのではなく、魔法使いマーリンとともに竜の息に記憶を消し去る魔法をかけに行ったのです。この世界に霧を生じさせ人々から記憶を奪ったのは、実はガウェンだったです。
 魔法使いマーリンも登場して、ファンタジーは佳境に入ります。続きます

タグ:読書
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