SSブログ

ディーリア・オーエンズ ザリガニの鳴くところ (1) (2020早川書房) [日記 (2020)]

ザリガニの鳴くところ  2019年に全米で500万部売れたというベストセラー小説です。作者は、ジョージア州出身の動物学者で、本業の著書はあるものの小説は本作が処女作だそうです。

 1969年にノースカロライナ州の沼地で青年チェイス・アンドルーズの死体が発見されます。沼地に建つ火の見櫓から落下し死亡した様ですが、付近には青年の足跡も無く、不審に思った警察は事件として捜査を始めることになります。一方で、1952年に湿地で暮らす6歳の少女カイアの物語りが始まります。、カイアの物語と17年後の殺人事件が交互に描かれますから、カイアが青年を殺したことが想像されます。成長したカイアは何故青年を殺したのか、それとも犯人は別にいるのか?。1952年に始まるカイアの成長の物語と1969年の殺人事件がどう交わるのか?。『ザリガニが鳴くところ』という風変わりなタイトルの本書は、フーダニット(Who done it 誰が犯行を行ったか)のミステリです。

 舞台はノースカロライナ州の海に面した湿地帯。作者は「湿地は、沼地とは違う」と言います。湿地には光が溢れ草を育み、湿地に流れる川は「その 水面 に陽光の輝きを乗せて海へと至る」と生のイメージが、一方の沼地は、「生命が朽ち、悪臭を放ち、腐った土くれに還っていく。そこは再生へとつながる死に満ちた、 酸鼻 なる泥の世界」と負のイメージが与えられます。青年が殺されたのは「沼地」であり、カイアが住むのは「湿地」であり、この二つは厳密に使い分けられます。
 湿地には野鳥や野生動物と人間が共存しています。野生が息づく湿地は人間が住むには不適切な地であり、そこには街に住めない人々が住み、街の住人は湿地の住人を落語者と見なしホワイト・ラッシュと読んで差別します。カイアは「湿地の少女」と呼ばれ、人語が解せない野生の少女と噂されます。

こうした泥だらけの土地にヤシの木の小屋をかけて暮らそうなどという人間は、誰かから逃げてきたとか、人生そのものがどん詰まりに至ってしまったような者ばかり

 カイアの父親は、第二次世界大戦で負傷し「最後のプライドも粉々にされて」湿地に逃げ込んで酒とポーカーに明け暮れる日々。一家六人は父親の障害者手当で暮らし、鬱屈した父親は家族に暴力を振るう有様。DVに耐えかねた母親が子供をを捨てて家出し、続いて姉兄3人も家を出て、カイアは父親とふたりで生活を始めます。父親は頻繁に家を空けカイアを放りっぱなしにし、彼女は菜園の蕪の葉で飢えをしのぎます。カイアは湿地でムール貝を掘ってボートのガソリンを買い(湿地の足はボート)、魚を釣り燻製にして僅かな金を稼ぎ、トウモロコシの粉を買って粥にして生き延びます。

カイアは貝を売ったお金でマッチと蠟燭とトウモロコシ粉を買った。灯油と石けんは麻袋がもうひとつ満杯になるまで待つことにした。蠟燭をやめてシュガーダディーを買いたいという衝動を抑えるには、かなりの精神力が必要だった。

 前半は野生の少女のサバイバル物語です。家族に捨てられ、貝を掘り魚を釣ってひとりで生きる少女の物語は切ないです。カイアは29までしか数えられず、文字は読めません。7歳になって、無断欠席補導員がカイアを無理矢理小学校に入れますが、1日で逃げ出し以後正規の教育は一切受けません。カイアの教師は湿地であり海であり、野鳥であり森の動物、彼女が話しかけるのはカモメだけ。作者は動物学者ですからその辺りは手の内?、人間と自然の関わりを詩情を豊かに描きます。

 カイアを助けようという人が現れます。カイアが貝を売る黒人夫婦。黒人は売り物にならない魚の薫製を引き取り、着たきりスズメのデニムのオーバーオールと裸足の彼女に靴と女の子らしい古着を与えます。舞台となるジョージア州はレイシズムの強い「南部」で、白人/プア・ホワイト/黒人という階層が成立している社会。作者はジョージア州の出身ですから、この階層をスートリーに組み入れたのでしょう。
 カイアを助けるもうひとりが少年テイト。カイアは、湿地で釣りをするテイトと出会い、テイトは字が読めない彼女に文字を教えます。テイトがカイアと友だちになるために使ったのが、オオアオサギの”眉”の羽や珍しい鳥の尾羽。それも彼女が出没しそうな場所に刺しておく置くという慎ましい方法です。海辺で拾った貝殻や鳥の羽のコレクションを玩具替わりとするカイアにとっては、何よりのプレゼントだったわけです。カイアはお返しにコハクチョウの尾羽を置き、テイトから野菜の種やボートのエンジンの点火プラグが届きます。カイアは簡単なエンジン修理は出来るものの部品は買わなくてはなりません、

 それなのに、いまは予備の点火プラグがあり、必要なときまでとっておけるのだった。余分がある。それだけでカイアの心の空洞は埋まっていった。まるで燃料タンクが満タンになったときのような、まるで、絵画を思わせる空の下で夕陽を眺めているときのような、そんな感覚だった。

 カイアはほかのいっさいを忘れてそこに立ち、自分の感情を確かめ、理解しようとした。カイアも、雄の鳥が雌に贈り物をして求愛するのを目にしたことはあった。けれど、巣作りをするにはカイアはまだまだ若すぎた。 

 カイアは、人間の行動や男女の関係を動物や昆虫の生態として理解します。カイアはテイトの与える本によって多くを学び、”boy meets girl”な関係が続きます。 18歳となったテイトは大学に進学するため街を離れ、次の休暇には帰ってくるという約束は反故にされます。カイアがテイトを湿地で待つシーンです、

 雌のホタルがお尻の下を光らせるのは、 つがいになれる状態だと雄に信号を送るためだという。
 一匹の雌が信号を変えたのだ。その雌はさっきまで正しいチカリとジーの組み合わせを送り、仲間の雄を引き寄せて子づくりをしていた。ところが、今度はべつの信号を送り、違う種の雄を引き寄せている。二匹目の雄は彼女のメッセージを読み解き、交尾を希望している仲間だと納得してその上を飛びまわった。と、雌のホタルが不意に起き上がって彼をくわえたかと思うと、むしゃむしゃとその雄を食べはじめ、六本の脚も左右の羽もきれいに平らげてしまった。
 ここには善悪の判断など無用だということを、カイアは知っていた。そこに悪意はなく、あるのはただ拍動する命だけなのだ。たとえ一部の者は犠牲になるとしても。生物学では、善と悪は基本的に同じであり、見る角度によって替わるものだと捉えられている。

 物語は、1950年代のカイアの成長と1969年の殺人事件の捜査が交互に描かれ、カイアとチェイスの接点、誰がチェイスを殺したのかというミステリーへと踏み出すことになります。

続きます。

タグ:読書
nice!(7)  コメント(0) 
共通テーマ:

nice! 7

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。