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サラ・ウォーターズ エアーズ家の没落 (上) (2010創元推理文庫) [日記 (2020)]

エアーズ家の没落 上 (創元推理文庫) エアーズ家の没落下 (創元推理文庫)
 原題:The Little Stranger。
ハンドレッズ領主館
 「戦争が終わって未だ2年しか経っていない」と言いますから1947年、舞台はイギリス中部ウォリックシャーの田舎町、1730年代に建てられたハンドレッズ領主館。館の主エアーズ未亡人、若い当主ロデリック、婚期を逸したその姉キャロラインの「没落」が医師ファラデーによって語られます。米国人の手に渡った貴族館と英国の没落を、執事の眼を通して描いた『日の名残り』と設定は似ています。日本にも太宰の『斜陽』がありますから、時代のうねりと旧体制の没落は洋の東西を問わず小説のテーマとなるのでしょう。もっとも、『エアーズ家の没落』は『半身』『荊の城』のサラ・ウォーターズですから、味付けはサスペン、ミステリーかつホラー。

  ハンドレッズ館には、当主を亡くした未亡人、大戦で醜い火傷を負い跛となった長男、嫁き遅れの婚期を逸した長女の三人。館にいた使用人は去り、今ではメイド一人に通いの女中と庭師がいるだけ。エアーズ家は、先祖伝来の美術品や家具を売り、土地を切り売りしてようやく屋敷を維持するという「斜陽」を絵に描いたような生活。世間から見放され静かに朽ちてゆく館の物語です。

医師ファラディー(語り手)
 ファラディーはエアーズ家のメイドが病気となり往診をしたことで一家と親しくなります。ファラデーは、母親がエアーズ家のメイドをしていたことで華やかりし頃のハンドレッズ領主館を知っている人物。冒頭、幼いファラデーがエアーズ家の園遊会に紛れ込み、一家の優雅な生活とその館の壮大さに息を呑み、館のレリーフの一部を剽窃した過去が語られます。
 ファラデーは、母親がエアーズ家のメイドだったことからも分かるように”平民”で、医師となったことで名家エアーズ家と対等に交際できる様になった、謂わば”成り上がり”。

 私は自分の借金を背負った状態からスタートし、開業して十五年近く、小さな田舎の同じ診療所に居続け、食べていくのがやっとという有様だった。自分が不満の多い男だと考えたことはんかった。忙しくて、ゆっくり不満をかこつ時間などなかった。それでも、ときどき自分の人生の先がすべて見えた気がして、不出来な木の実のようにに苦く、中身がなく、つまらないものにしか思えず、気持ちが暗く落ちこんで、とことん惨めになる時がある。
 医大にいたころに恋焦がれた娘を思い出す。バーミントンの良家の娘だった彼女は、両親が私を結婚相手にふさわしいと認めてくれず、最後には私を捨てて別の男を選んだ。失意に突き落とされたことで、私は恋愛に背を向けるようになり、その後、何人かと交際したものの、心ここにあらずという体たらくだった。

この何気ない独白に小説の秘密が隠されています。また、ファラデーと彼の従兄弟、キャロライン三人が出会ったシーンです。

キャロラインが、(従兄弟に)子供たちはどうしていると訊くと、彼はきついウォリックシャー訛りで答えたが、かつて私も同じ方言を喋っていたとは信じられなかった。

ファラディーは、訛を捨て父母の階層を捨て医者となったことで、キャロラインの階層に近づいたことになります。大戦を挟むエアーズケ家の没落、ファラデーの階層上昇こそが『エアーズ家の没落』の核です?。

 メイドのベティが病気となりファラデーが往診したことで、と彼エアーズ家の関係が生まれ、ロデリックの脚の治療を買って出たことで関係は深まります。ファラデーは論文作成のためという名目で治療を無償で行いますが、「食べてゆくのがやっと」という状況で、この治療はエアーズ家に近づく口実だと考えられます。何故ファラデーはエアーズ家に入り込みたかったのか?。カソリン節約のために発電機を止めるエアーズ家から多額の治療費は期待できず、後の展開から考えると、目的はキャロラインかとも思うのですが、ファラデーはこの勝ち気で”嫁き遅れ”のキャロラインにそれほど魅力を感じている様子はありません。『エアーズ家の没落』がサスペンスとするなら、これが最大の謎。

続きます

タグ:読書
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