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川村湊 妓生―「もの言う花」の文化誌 ②(作品社 2001年) [日記 (2020)]

妓生(キーセン)―「もの言う花」の文化誌1.jpg
続き
です。
日韓併合
 日韓併合によって妓生の世界にも変化が訪れます。

各都市で日本人券番と朝鮮人券番、日本人組合と朝鮮人組合が並立した。遊廓も私娼窟もそれぞれ別々に存在した。 この分野において「内鮮一体」は成り立たなかったのである。警察庁はこの請願を受けて(実際には警察主導のものであったといわれる)「妓生取締令」と「娼妓取締令」を発布し、営業許可制にすると同時に、健康診断の実施、花代の引き下げ、有夫妓の稼業許可禁止などの「規約標準」を定めて、「妓生」の管理・監督に乗り出したのである。

 日韓併合の基本政策は日本内地と朝鮮の「内鮮一体」です。李朝は滅んでいますから、妓生制度の性的側面(売春)は日本の公娼制度に置き換えられてゆきます。朝鮮総督府は、戸籍制度を導入し、姓を名乗らせ、李朝時代に作られた戸籍から奴婢、白丁などの賤民などの身分を削除します。甲午改革に次ぐ第二の開放ですが、これに反対したのは特権身分を奪われた両班だったという皮肉がくっつきます。
 日本の「検番」制度が持ち込まれ、李朝官製の妓生、民間の妓生や巫女が今度は国家に登録する(内地同様の)管理売春に移行したというに過ぎません。これを「日帝支配」と呼ぶか、半島の「近代化」と呼ぶかです。

妓生残影
 小説に現れた妓生の考察です。妓生の純愛を描いた朝鮮の小説『春香伝』がありますが、取り上げられるのは梶山季之『李朝残影』。『李朝残影』の主人公・野口は、妓生・金英順に心惹かれ絵のモデルを依頼します。プライドの高い英順は拒否し、野口は

僕が絵にしたいのは、宮廷舞踊でも、あなた自身でもない。踊りのなかに、あるいは、あなたの中に隠されている……なんというか、朝鮮の美しさなんだ。滅びつつある朝鮮の風俗、それの持つ哀しい美しさを、僕はかいてみたい…。


と口説き、英順は「滅びつつある朝鮮の風俗、それの持つ哀しい美しさ」という言葉に惹かれ承諾し、「李朝残影」と題された絵は展覧会に入賞します。英順は、野口のアルバムから野口の父親が朝鮮独立運動を弾圧した人物であること、英順の父親がその弾圧によって殺されたという関係を知り、野口から離れます。

ここ(小説)には、宗主国(支配する者)と植民地(支配される者)を、男女の性的な関係に重ね合わせてイメージする「植民地主義」的な物語の組み立て方がある。支配する性としての男性が宗主国側であり、支配される性としての女性が植民地側のものであるという紋切り型の筋立ては、植民地に関わる物語の場合、ほとんど例外なく、妥当するものであると思われる。

 著者は、『李朝残影』に宗主国と植民地を、男女の性的な関係に重ねる心性を見て取ります。中島敦の『プウルの傍で』、村上知義『明姫』、田中英光『酔いどれ船』などに於いても、宗主国と植民地の関係は、常に男女の関係として読み替えられてきたと書きます。

「失われつつある文化」「滅びつつある美しさ」。しかし、それを誰が失わせ、誰が滅ぼさせようとしているかを問うことのない「悲哀」や「亡国」の美は、まさに日本人の勝手な思い上がりであり、宗主国、帝国主義による「文化政策」と裏表の関係にあるものといわざるをえない。

 著者は、「失われつつある文化」「滅びつつある美しさ」を誰が滅ぼしたのかを問い、野口の絵が入選を取り消される結末は、日本の侵略主義に対する「自己処罰」に過ぎないと梶山を批判します。日帝の侵略主義を、妓生・英順と彼女の歌舞の「滅びつつある美」とすり替えたのだといいます。
 滅びゆくものに哀惜を感じるのは普通の感性です。それを植民地支配と結び付けるのは「自虐史観」というものではなかろうかと思います。むしろ梶山季之は、日本の近代に背を向け、墨東「玉の井」徘徊して娼婦・お雪に「失われつつある文化」「滅びつつある美しさ」を見た荷風だったのではないか。本書『妓生―「もの言う花」の文化誌』そのものが「失われつつある文化」「滅びつつある美しさ」への讃歌だと思うのですが。

 目次は、
第1章 妓生の歴史、第2章 妓生列伝、第3章 表象された妓生、第4章 妓生の生活と社会、第5章 妓生学校、第6章 艶姿妓生◎植民地と妓生文化、第7章 妓生の図像学、第8章 現代のキーセン

 と、妓生の起源から始まって、絵画や詩・歌、伝説に現れる妓生、日韓併合下の妓生など、著者の思い入れが詰まった”マニアック”な本です。本書を韓国で出版すれば、たぶん「有害図書」に指定されるでしょう。マイナーな本ですが、有害図書になりそうな分面白いです。

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