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中沢新一 増補改訂 アースダイバー ② (2019講談社) [日記 (2020)]

増補改訂 アースダイバー  続きです。  著者は深川の「いき」の体現者として芭蕉、荷風、吉本隆明の三人を取り上げます。海民が三人の口を通して沖積層の思想を語ったということです。

魚河岸鯉屋、深川芭蕉庵
深川界隈に発達したイナセは、イキの上品化に反抗して、それを野生に連れ戻したうえで、一挙に美にまで高めようとする生き方の趣味である。それとよく似た精神をもって、言語芸術に一大革新をもたらそうとしていた一人の芸術家が、元禄の頃、深川に住んでいた。ほかでもない、桃青松尾芭蕉、その人である。

 芭蕉は伊賀上野生まれ、江戸に出て神田川の改修にたずさわり、魚河岸の大店、鯉屋・杉山杉風の深川の別邸に住みます。詠んだ句が「蛙とびこむ水の音」ですから、水、川とは縁があります。芭蕉の俳句が下町、沖積地、海民とどう関わっているのか?。旅を棲みかとした漂白の詩人芭蕉には、「ゆく川の流れ」的なところもあり、談林風を排して「侘び、サビ、かるみ」へと軸足を移動する姿は、「いき」の探求者と言えなくもないです。ともかくも、芭蕉もまた深川の風土が生んだ表現者のひとりです。ちょっと苦しい?。

向島ラビリンス、永井荷風
 永井荷風と深川と言えば、すぐ『濹東綺譚』が思い浮かびます。浅草ストリップ劇場に通いつめ玉の井を徘徊した荷風は下町の探訪者と呼ぶに相応しいかも知れません。小石川に生まれ、住まいの「偏奇館」は六本木ですから、山の手の住人?。その洪積地の高台から沖積地の銀座、新橋、浅草、玉の井へ下りてくるのです。
 何故下町なのか。荷風はニューヨークとパリに外遊し、西洋の近代文明とそれを支える個人主義思想の本質を知ったわけです。日本に帰り、荷風は、裏に前近代の張り付いた明治の近代文化の薄っぺらさに嫌気が差し背を向けます。「生粋の東京人であった荷風は、そういうときに、下町を発見したのである」。

水の流れに都市美の本質を見ていた荷風は、複雑な水路網でつくられた向島の迷宮的構造に魅せられていたが、その渦の中心と思しき場所に、女たちのエロスの凝集された市場が存在することを知って、自分の生命力があやしく蠢きだすのを感じた。
近代は生命の本質をなす迷宮の構造を破壊して、それをのっぺりと平らな空間に変えてしまおうとしていた。そのことを嫌悪していた荷風は、本物の迷宮を探していたのである。それが玉の井にあった。

 下町の迷宮の、その奥に明滅するエロス、これです(笑。荷風は、雨が降るとどぶ川の溢れる玉の井の私娼窟や新橋の芸妓に、盤石の大地に生きることを避けて、文字どおり水面に浮遊する「浮き世」の人生を選択した、あの淀川の砂州で春をひさぐ中世遊女の精神の伝統を発見したのです。

大衆の原像、海民、吉本隆明
 吉本は、墨田川の河口に近い月島で生まれ育った生粋の「下町」の住人。実家は天草の出身で船大工ですから、著者のいうバリバリの「海民」。その海民・吉本からどんな思想が生まれたのか?。

下町は思想の豊かな温床ではあったが、その思想はいつも潜在的な暗黙知のようなもので、自分の思っていることが知的な言葉で語られるのを、むしろ照れくさく感じるような人たちの世界だった。
・・・吉本は自分が下町住人であるという地点に立脚して、誰の真似でもない独自の思想を組み立てた。江戸の庶民文化の原点である月島に生まれ、転居を重ねていく先はいつも下町のどこか。「大衆」の幸福感を最高の価値尺度として思索をおこなったが、その大衆の原像とは、じつは東京下町の庶民の暮らしの中に見出されるものだった。

 西洋から借りてきた言葉と理論で成り立つ日本の思想風土に、マルクスがどうのフーコーがどうのと言わず(言ってますが)、吉本は自分の育った下町の「大衆の原像」をぶつけたのです。例えば、

「国家」というものにたいしても 吉本隆明は海民の流儀で立ち向かっていった。当時影響力のあったどの国家論でも、国家は「機能」としてとらえられていた。社会契約から生まれたのが国家だとか、ブルジョアが自分たちの経済的利益を守るために、警察や軍隊で人民を抑圧しているのが国家であるとか、いずれの国家論もニュアンスの違いはあれ、国家は機能であると考えていた。
しかし海民的思想は、そうは考えない。機能などはしょせん「水面の上」の理屈付けにすぎない。ここでも船板の下には、渦を巻く海水が流動している。具体性を重んじる海民からすれば、国家は実在しない幻想だ。

 海民と吉本を(無理矢理)結び付ければ、こうなります。『共同幻想論』は持っていますが、いつも禁制(第一章)で挫折します(笑。当時、分からないなりに、国家は幻想だ、フィクションだ!という説は刺激的でした。吉本の「情況論」は、「伝法」で「ベランメエ」調で深川の辰巳芸者といえば言えます。

『増補改訂 アースダイバー』は、A≒B≒C≒D≒E だからA=Eみたいな本で、疲れます。『大阪アースダイバー』のようなキレがありません。この項未消化です(笑。

タグ:読書
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