SSブログ

閑話休題 『毛沢東の私生活』 (文春文庫1996) [日記 (2020)]

毛沢東の私生活 上 (文春文庫)  続きです。
 『毛沢東の私生活』は無類の面白さです。21年間も毛沢東の主治医として側に使え、毛の私生活から国家首席としての政治活動まで見てきたわけですから、「暴露本」としては一級品。著者によると、本書の底本に当たるmemoが40冊ほどあったらしいのですが、文革が起こり見つかるとヤバイというので焼却したといいます。アメリカに渡って、出版社の勧めで記憶を辿りながら本書を執筆したようですが、よくここまで憶えていたものだと感心します。おまけに臨場感たっぷり。「本当?」という部分が少なからずあります。

 毛の政治秘書・林克、看護師・ 呉旭君による『「毛沢東の私生活」の真相』という本によると、著者・李志綏は、

保健医師に過ぎず、毛沢東と話をする機会はほとんどなかった。李は毛沢東の前に出ると緊張して話もできなかった。

ということのようです。本書では、毛は著者に政治上の意見を求め、機密文書を見せ、情報収集の視察まで指示しています。他人を容易に信用しない毛が(と著者も書いています)、一介の医師をこれほど重用するとはちょっと考え難いです。毛の健康問題や、好色さ、日常については、たぶん真実でしょうが、反右派闘争、大躍進、廬山会議等などの詳細な描写・分析は、後から資料を参照した辻褄合わせ?。

 会議の議事録を読んで、毛主席は会議の調子が面白くなかった。「ちょっとたずねたいことがあるんだが」。ある晩、報告書を読んだあとで毛は皮肉たっぷりに言った。「だれが歴史をつくるんだ---労働者、農民、勤労人民か---それともだれかほかの者か」。毛は依然、科学者や知識人ではなくて労働者と農民だけが歴史をつくるのだと確信していた。

これはどうも怪しい。「七千日大会」の話、
毛沢東は毎日の議事録で読まされるものが気に入らなかった。「連中は一日じゅう不満たたら、夜ともなれば芝居を見にいく。一日三食たっぷり食べる---そして屁をこく。それが中にとってマルクス・レーニン主義の意味なんだ」。ある日、毛は私にそう言った。

この辺りの臨場感はあながち創作とも言えなさそう。また京劇の好きな著者は、毛に進言して中南海で『紅梅閣』を上演したときの話、

 この京劇の見せ場は宋王朝の宰相賈似道が、・・・西湖に浮かべた船の上から歌と踊りを見まもっている場面だ。賈宰相の若い愛妾たちが数多く集まっていた。一同の面前で寵愛がひとしお深い美女李慧娘がさっそうとした若い学生を目にとめ、思わず嘆声をもらした。「なんと美しい方なんでしょう!」と彼女は賈宰相にも聞こえるほどの声で言った。賈宰相はこの愛妾の背信に激怒し、処刑してしまう。
 まさにこの美しい愛妾が若い男に嘆声をあげるところで、毛の態度が急にかわった。たまにこの場面はあまりにも毛の急所をついたものなので、毛の漁色ぶりや若い女たちのことをなまなましく連想させた。それは毛がひとりの女に対し愛している若者との結婚を許さず、またその女が毛をブルジョア的な女たらしと非難したのを思い出させたのだった。

 毛は、西湖(毛の別荘があった)で賈似道の愛妾が若い男に色目を使い賈似道が愛妾を処刑したことに自分を重ね、オレと一緒じゃないか!。『紅梅閣』の上演を毛に勧めたのは著者ですから、顔色の変わった毛に怯えたんでしょう。こういう生々しエピソードはたぶん真実なのだと思います。

 本書には、ゴーストライターがいると思います。ゴーストライターは、医師にインタビューして主治医しか知り得ないエピソードを集め、間を毛沢東の事績でつないだ。あるいは、毛沢東の事績の間に医師の語るエピソードを挟んだ。そんな気がします。

テレビのインタビューで毛についてもう一冊伝記を書くと発表したあと、2週間後に息子の家のバスルームで心臓発作が原因で死体が発見された。(wikipedia)

だそうですから、(アメリカ当局は否定しているらしいですが)中共公安の放った刺客に殺されたのかも知れません。中国共産党には、粛清や地下工作に携わった厚生や青幇の伝統もあるわけですから。うがって考えれば、本書自体が反共の謀略本とも言えます。共産党の指導者が、漁女家で権力闘争に明け暮れていたのですから。著者が20年にわたって毛沢東に仕えた主治医とあれば、だれだって真実だと思います。

 例えばこの辺り。廬山会議で彭徳懐を失脚させ、抵抗勢力を封じ込めたものの飢饉は続き、毛沢東は鬱々としています。

毛はもはや会議や人民大衆のなかに出ていくことを口にしなくなったし、もう世間の注目を集めることも求めなかったが、しかし中国の人民大衆はいまだに自分を崇拝しているのだと感じていたことは疑いないと思う。毛沢東の人生は他者からの崇拝によってなりたっていた。敬愛され、歓呼の声に迎えられるのを切望してやまなかった。
党内での不面目が高まっていくにつれて、党内で認められたいという思いもつのっていった。毛沢東思想を学べという林彪国防相のキャンペーンが、この渇望をいやすひとつの途であった。女たちがもうひとつの手段となった。女たちは毛を敬愛し、崇拝した。すっかり面子をうしなってしまったために、ますます多くの女を必要とし、女たちにますます多くを求めた。

 毛は、中南海のスタッフや看護師を手当たり次第に誘惑します。彼女たちが嫌がらなかったというと、大半は毛と関係を結ぶことを光栄に思っていたと言うんです。なかには人妻も。彼女たちの夫も、主席に妻を差し出すことに異議を挟まなったようです。もっとも、文句を言えば殺されるわけですから泣き寝入り。中国は儒教の国だったはずですが…。中南海には毛沢東の子供がごろごろいたのかというと、ひとりもいません。著者によると、当時の毛は身体的欠陥で生殖機能を失っていたとか。妻である江青は、当初は嫉妬したようですが、毛は、江青と離婚しないことを条件に浮気を認めさせます。あとは徒党を組んで権力基盤を固め、夫の死を待つばかりw。毛沢東が死ねば則天武后も夢ではない。

 毛の漁女は政治にも影響を及ぼします。最後の愛人・張玉鳳。晩年の毛沢東は認知症ではありませんがロレツが廻らなくなったようで、毛の言葉を理解できるのは張玉鳳ただ一人。毛の取次は、党の最高幹部といえどでも彼女を通さねばならず、張玉鳳は毛の権威をかさに着てやりたい放題。この辺りは「毛沢東の私生活」でしか書けませんからリアリティたっぷり。江青といい張玉鳳といい、「牝鶏晨す」るとろくなことはありません。w

 ゴシップいっぱいで面白いです。中国現代史の入門書としては最適の一冊かも知れません。続いて下巻...

タグ:読書
nice!(4)  コメント(0) 
共通テーマ:

nice! 4

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。