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カズオ・イシグロ わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫) [日記 (2021)]

わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)  カズオ・イシグロは本書で4冊目。共同体の幻想をテーマとしたファンタジー『忘れられた巨人』、クローン人間を通して人間存在を描いたSF『わたしを離さないで』、イギリスの伝統と凋落を執事が語る『日の名残り』の3冊は、テーマとストーリーが明確で面白かったのですが、この『わたしたちが孤児だったころ』はなかなか厄介。
  1937年、イギリスの「私立探偵」クリストファー・バンクスが、上海で生き別れとなった両親を探す、ミステリー仕立のビルドゥングス・ロマン?です。1937年の現在とクリストファーが少年時代を過ごした1920年代が上海でが交差します。

 クリストファーは、上海で暮らしていた10歳の時、父親と母親が行方不明となり孤児となります。イギリスに帰り、伯母の資力でパブリックスクール、ケンブリッジへと進学し「私立探偵」となり、難事件を解決して名を成します。
 クリストファーの両親というのが、父親はアヘンを扱う上海の商社に勤め、母親はイギリスのアヘン輸出を止めようとする社会活動家、という変則的な夫婦。この父親がある日突然行方不明となります。アヘン絡みなんだろうとは思いますが、何の背景もなく蒸発、行方不明となりまから読者としては???。クリストファーは、父親はアヘンを扱う自分の会社に反旗を翻したため拉致されたと想像します。この事件以上に、クリストファーと隣家の日本人少年アキラとの探偵ごっこ、誘拐犯から父親を救出する探偵ごっこが語られます。続いて、クリストファーが「フィリップおじさん」に家から連れ出されている間に、母親が何者かに拉致され行方不明となます。このフィリップは母親の友人で、彼がが一枚噛んでいるいるようです。これが本書を貫く謎なのですが、読者に推理の手がかりは何も与えられませんから、これでは「探偵小説」にはなりません。

 ストーリーは1937年に飛び、クリストファーは、失踪して20~30年経っているにもかかわらず両親が生きていると信じ(これも不自然)、上海に戻って両親を探します。この両親探しが「探偵小説」かというとそうでもなく、両親探しは一向に始まらず、ロンドン時代の友人との交流が延々と記されます。偶然に両親が監禁されているらしい家が見つかって、やっと始まります。ところが「第二次上海事変」の戦乱の中で探し当てたのは、両親ではなく日本兵となったアキラ。アキラがストーリーに絡んでくるのかいうと、クリストファーを両親失踪の鍵を握る「フィリップおじさん」に引き渡すと消えてしまいます。「フィリップおじさん」によって両親失踪の謎が明かされますが、父親は、クリストファーが想像したのと違って愛人と駆け落ち、母親は軍閥に拉致され妾となっているという、唖然とする結末。おまけに、裕福な叔母の援助でケンブリッジを卒業した筈が、母親が妾となる代償にこの軍閥に金を出させていた事実が明らかとなります。ドラマを期待してのに、あっけなく裏切られます。
 作者の裏切りはこの結末だけではなく、再会したアキラも物語に絡まず退場し(クリストファーが出会った日本兵はそもそもアキラだったのかどうか?)、駆け落ち一歩手前まで行ったサラも消えてしまい、養女の孤児ジェニファーも上海の戦火の中で出会う中国人の少女も、これといった見せ場を与えられず舞台から退場します。

 1958年、クリストファーは香港の施設に保護された母親と再会しますが、老いた母親は彼を我が子とは認識できず、母子再会のドラマは無し。クリストファー自身もイギリスに帰り、大英博物館の閲覧室で、かつて解決事件を報じる古い新聞を読んで過去を懐かしむ余生を送ります。まるで、人の一生とは完結しない物語の集積であり、クリストファーの人生に登場する人々もそれぞれの人生を生きている、それが人生の実相なのだ、と言っているようです。

 タイトルは「わたしが孤児だったころ」ではなく『わたしたちが孤児だったころ 』と複数。本書に登場する孤児は、クリストファー、長じてクリストファーが養女とするジェニファー、上海の戦火の中で出会う中国人の少女の3人。ジェニファーも少女もストーリーに絡んできませんから、「わたしたち」とは(この3人を含む)「わたしとあなたたち読者」とも考えられます。では孤児とは何を意味するのか?。親の保護を期待できない非力な子供ですから、人とは本来孤児なんだということでしょうか?。
 作者は、コナン・ドイルとチャールズ・ディケンズ(『大いなる遺産』、『オリバー・ツィスト』の主人公は孤児)という英文学の伝統の上に何かを重ねたらしいのですが、老化した頭ではこの物語は上手く理解できないというお粗末。

タグ:読書
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コメント 2

Lee

漫画は読まれないと思いますが「私を離さないで」は萩尾望都のSF、本作は手塚治虫の「アドルフに告ぐ」の世界を彷彿とさせます。と言いつつカズオイシグロの2作は手元にありながら未読。精神的に余裕のあるときに読んでみます^^;
by Lee (2021-02-03 14:26) 

べっちゃん

マンガは昨年ン十年ぶりに『ナウシカ』を読んだくらいです。手塚治虫、面白そうですね、機会があれば読んでみます。
by べっちゃん (2021-02-03 20:58) 

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