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吉田修一 横道世之介(2009毎日新聞) [日記 (2021)]

横道世之介  長崎から上京した横道世之介の大学1年の春から1年間を描いた青春小説で、昭和、平成版の漱石『三四郎』と言えます。世之介が入学のオリエンテーションで倉持と知り合う下りは、三四郎と与次郎の関係とよく似ています。、三四郎が広田先生、野々宮など様々な人と知り合い年上の女性美穪子に憧れるように、世之介もバブル期の東京で人と出会い恋をして成長します。
 世之介の名前は、井原西鶴『好色一代男』の主人公から取られています。豊かな経済力を背景に様々な文化が花開いた元禄は江戸時代のバブル期。平成バブルで青春を謳歌する世之介は、西鶴の世之介の様に女護ヶ島へ船出するのか…。作者は、自らの青春と重ね合わせて現代の『三四郎』を書いたわけです。

 『横道世之介』は、『三四郎』と『好色一代男』の他もうひとつ、2001年に山手線新大久保駅で起きた人身事故が下敷きになっています。ホームから転落した男性を助けようとして、居合わせたカメラマンと韓国人留学生が命を落とした事故です。このカメラマンが中年になった横道世之介。事件が直接描かれることはなく、小説の中盤、美穪子に相当する千春によってこの事実が明かされます。『横道世之介』は、世之介の生きる1980年代を現在に、世之介のいない2000年代の倉持や千春が登場し世之介を回想する構図です。
 世之介の青春はこの事故を前提に進行しているわけです。人は死に向かって生きているのすから、その死が如何なるものであってもいいわけですが、今読んでいる小説の主人公が40歳で人助けのために命を落とすと明かされれば、読者としては襟を正して読むことになります。ノーテンキな世之介の青春の一つ一つが何やら意味を持って来そうで、「ズルい」手法とも言えます。

 世之介の青春とはどんな青春か?。経営学部の大学1年生、成りゆきで”サンバ”サークルの幽霊会員となり、バイトに明け暮れ期末試験は友人のノートをコピーして何とか乗り切る典型的な大学生。世之介より一世代古い私の大学生活と殆ど変わらないところが面白い。変わらないから、読みながら自分の大学生活が蘇り何ともホロ苦い気分となります。たぶん三四郎も(私も)世之介も2020年代の青春も、そして未来の青春も変らないでしょう。

 様々な人物が登場します。大学同級生の倉持は、恋人が妊娠したため大学を辞めて子供を育てことに人生を賭け、パーティーを渡り歩き高級娼婦と噂され千春は、留学して画家のマネジメントを経てラジオのDJとなり、恋人の祥子は、ボートピープルと出会ったことで国連職員となってアフリカで難民と向き合います(このヒロインはなかなか魅力的)。世之介は、ヒョンなことからカメラマンとなります。

 日本に帰った祥子は、世之介の郷里と連絡を取り亡くなった事を知ります。彼の母親から届いた手紙には「与謝野祥子以外、開封厳禁」と記した封筒が同封され、中身は何枚かの写真。祥子は「初めて世之介が写した写真、最初私に見せてもらえません?」と言った約束が、死後3ヶ月経って「律儀」に果たされたことを知ります。母親の手紙には、

世之介が自分の息子でほんとによかったと思うことがあるの。実の母親がこんな風に言うのは少しおかしいかもしれないけれど、世之介に出会えたことが自分にとって一番の幸せではなかったかって。

 周りを幸せにし、40歳で線路に落ちた人を助けて亡くなった世之介の青春の物語りです。

 吉田修一は『女たちは二度遊ぶ』に続いて2冊目、只今青春の人以外にもオススメです。 →続編

タグ:読書
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