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川村裕子 現代語訳 和泉式部日記 ③(2007角川文庫) [日記 (2022)]

和泉式部日記 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス)
寝殿造.jpg
続きです。
和泉式部外泊する
「いざ給へ、今宵ばかり。人も見ぬ所あり。心のどかにものなども聞こえん」とて、車をさし寄せて、ただ乗せに乗せ給へば、われにもあらで乗りぬ。
・・・やをら人もなき廊にさし寄せて、下りさせ給ひぬ。月もいと明かければ、「下りね」としひてのたまへば、あさましきやうにて下りぬ

 親王が式部の下を訪れると門が閉まっていたり、式部の姉妹に通う他の男の牛車が止まっているなど邪魔が入ったので、「今宵は邪魔の入らない所でゆっくり語り明かそうよ」と親王は式部を邸の外に連れ出します。当時の逢い引きは男が女の下に通うのが普通ですから、これは異例中の異例。「われにもあらで(エッエッ!と)」と躊躇しながらも、式部は親王の誘いに乗るわけです。着いた所は、「あさましき(驚いたことに)」親王の邸!。しかも二晩続けての外泊。親王は、乳母の「邸に引き取って召人(侍女兼愛人)にでもしたら?」という言葉がヒントになったのでしょう。

牛車での逢瀬
 本書の見出は「危険な情事ー車のなかで」です。
 方違のため式部を自宅に連れてくることが出来ないので。親王は式部を牛車で従兄弟の邸へ連れ込みます。

例ならぬ所にさへあれば、「見苦し」と聞こゆれど、しひて率(い)ておはしまして、御車ながら人も見ぬ車宿りにひき立てて、入らせ給ひぬれば、おそろしく思ふ。人静まりてぞおはしまして、御車にたてまつりて、よろづのことをのたまはせ 契る。

親王も次第に大胆になってきたようです。式部は「みっともない」と断りますが、強引に連れて行かれます。人の来ない「車宿り」(車庫)に牛車を入れ親王は去ります。ひとり残された式部は不安で不安で...。親王は人が寝静まった頃を見計らってやって来、牛車の中で「よろづのことをのたまはせ契る」ことになります。自宅に連れ帰り、牛車で逢い引き、と親王は次第に大胆になってきます。

邸で一緒に住もう
 親王が式部に花橘を贈ったのが4月。親王が式部の浮気を疑って関係が疎遠になったり、すねた式部が石山寺に籠ったりで、二人の関係は一進一退。おまけに、世間はこの身分違いの恋をあれこれ噂します。式部は軽い女と非難され、親王も式部の邸に通い難くなって、式部を強引に邸に連れ込んだりする始末。10月になって、親王は究極の選択を言い出します。

しばしばおはしまして、ありさまなど御覧じるて行くに、世になれたる人にはあらず、ただいとものはかなげに見ゆるも、いと心苦しくおぼされて、あはれに語らはせ給ふに、
「いとかくつれづれにながめ給ふらんを、思ひおきたることなけれど、ただおはせかし・・・

 式部の下に通い、式部の立ち振舞いを見ていると「いとものはかなげ」。護ってやらねば!(且つ式部を失いたくない)と、親王は一緒に邸で住もう(おはせかし)と提案します。相手は皇族ですから式部にとって「玉の輿」、かというと、著者によるとそうではないといいます。

宮の邸に入ることは、和泉にとって百パーセントハッピーなことではありませんでした。なぜなら、この勧誘は、和泉が「召人」になるということなのです。前に乳母がチラッと匂わせた「こちらに召し出してお使いになられたら」ということ。「召人」になったら、毎日宮と一緒に過ごすことはできますが、女性にとっては屈辱的な立場でした。

男が女の下に通っている限り、皇族と受領(地方官お貴族)の娘という階級差を越えて、二人は対等の関係です。親王の邸に入り「召人」となった途端、関係は主人と使用人兼愛人となり、貴族の階級社会に組み込まれてしまいます。式部は悩みます。

「げに、今更さやうにならひなきありさまはいかがせん」など思ひて、「一の宮のことも聞こえきりてあるを、さりとて山のあなたにしるべする人もなきを、1)かくて過ぐすも明けぬ夜の心地のみすれば2)はかなきたはぶれごとも、言ふ人あまたありしかば、あやしきさまにぞ言ふべかめる。さりとて、ことさまの頼もしき方もなし。なにかは、さてるこころみんかし。

以前にも一の宮から同じ誘いがあったようです(つまり一の宮とも付き合っていた?)。
 下線1)は、このように過ごしていても闇夜にいるようなもの、独り身の孤独がチラとのぞきます。
 下線2)は、(著者の訳では)つまらない誘惑も、誘いかけてくる男性たちがたくさんいたものだから、世間の人々は私のことを悪い女だと噂しているみたい。さりとて、ことさまの頼もしき方もなし。なにかは、さてるこころみんかし。頼りになる男性もいないし、いっそ親王の邸に行ってみようか。と考えるわけです。
 多くの男と浮き名を流した式部ももう27歳、孤独が忍び寄っていたようです。式部にはまだ迷いがあります。

ただいかにものたまはするままにと思ひ給ふるを、よそにても見苦しきことに聞こえさすらん。まして、まことなりけりと見侍らんなむ、かたはらいたく」と聞こゆれば…

世間では不倫だ何だと噂になっているけど、親王に邸に住むとなると噂を認めたことになる、かたはらいたし(いたたまれな)と考えます。親王は、

それは、ここにこそともかくも言はれめ、見苦しうはたれかは見ん。いとよく隠れたるところつくり出でて聞こえん」など頼もしうのたまはせて、夜深く出でさせ給ひぬ。

私の方こそ非難されるでしょうが、あなた方を非難する人はいないよ、隠れたるところ(目立たない部屋)を用意しよう、と答えます。親王ともなると邸(寝殿造)は広いですから、式部を外泊させたり召人として匿うのはわけはない?。続きます。

タグ:読書
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