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丸谷才一 輝く日の宮 ④(2003講談社) [日記 (2022)]

輝く日の宮 (講談社文庫)  続きです。『輝く日の宮 』と重複する部分もありますが、本書の核心です。
「輝く日の宮」は存在したのか?
 ヒロイン・安佐子はパネリストのひとりとして「シンポジウム・日本の幽霊」に参加します。 幽霊といえば六条御息所。『源氏』には、六条御息所の生霊以外にも、夕顔の死、葵の上の病など物の怪が登場するそうです。生霊や物の怪はネタ振りで、パネリストのひとりが「輝く日の宮」の存在を問い、安佐子はその謎にせまります。

【存在の論拠1】藤原定家もあると言った
 第2帖「輝く日の宮」は、藤原定家の書いた注釈書『 奥入』の「空蝉」(源氏の第3帖)に、「一説には 巻第二 かゝやく日の宮 このまき(巻)もとよりなし」として登場します。

【論拠2】桐壷と若紫の不整合
 「輝く日の宮」の存在は、『源氏』の文脈からも想像できます。

 ①桐壷(~12歳):光源氏の誕生と桐壷帝の愛人・藤壷の登場、源氏が藤壺を慕う
    輝く日の宮の位置
 ②帚木(17歳):雨夜の品定め、空蝉と関係
 ③空蝉(17歳):衣をのこして空蝉が失踪
 ④夕顔(17歳):頭中将のかつての側室だった夕顔と関係
 ⑤若紫(18歳):後の紫の上と邂逅。藤壷の宿下がりで再会、藤壷は源氏の子を妊娠

 源氏は、《桐壷》で藤壷を見初め、《若紫》で再会して関係を持ちます。実は二度目。『謹訳 源氏』で若紫のこの箇所を見ると

藤壺にとっては、あの いつぞやの 夜の思いもかけなかった過ちを、思い出すだけでも身も世もあらぬ 懊悩 の種であるのに、せめてはあの一夜っきりで終わりにしようと固く決心していたにもかかわらず、ここにまたこうして、罪を重ねてしまった、そのことがひたすら辛くて悲しくてどうにもならないのである。(謹訳 源氏物語)

原文では

宮も、あさましかりしを思し出づるだに、世とともの御もの思ひなるを…

あの いつぞや の夜の思いもかけなかった過ちを、思い出すのですから、「若紫」以前に藤壷との情交があったわけです。『源氏』には藤壺との最初の交情が書いてないわけで、これは不自然。若紫の前段に「輝く日の宮」が存在しこれが記されていたと考えると、物語の流れがスムーズとなります。

【論拠3】桐壺と帚木の不整合
 「桐壺」は「どの帝のときでしたか、女御更衣あまたいらつしやるなかに」と始まりますが、「帚木」は「光源氏と言へば評判だけは大層だが・・・色好みのあれこれを後の世まで喧伝され...」と始まります。「桐壺」で源氏の幼少時代を描き、一転続く「帚木」で源氏は色好みだと書くのは連続性に欠けるわけで(時間も5年経っている)、「桐壺」と「帚木」の間には二つを繋ぐ別の巻「輝く日の宮」があつたのではないかという論です。

【論拠4】雨夜の品さだめ
 有名な帚木の「雨夜の品さだめ」です。源氏、 頭中将、 左馬頭、 藤式部丞 の4人が体験談を披露しあい、どんな女性がいいかと論じ合う下りです。「いい女は中の位の女だ」との結論が出ます。

重要なのは光源氏はもつぱら聞き役で、ほとんど何も語らないといふことです。・・・直前の 輝く日の宮のなかで、光源氏の、六条御息所および藤壺の中宮との交渉が描かれてゐたとすると話が違ひます。沈黙がアイロニカルな意味を持つて来るわけですね。(安佐子)

六条御息所は前皇太子の后、藤壺は桐壷帝の愛人ですから「上の位の女」。源氏は、上の位の女は経験済みだつたので沈黙していたというのが安佐子の推理です。おまけに前夜または前々夜に逢っていたのではないか?。

「帚木」の冒頭でこの文は見せられないと光源氏が言ふ手紙は、きつと、藤壺からの「後朝(きぬぎぬ)の文(歌)」だつたのではないでせうか。 帚木と 輝く日の宮とはこの線できつく……とてもきつく結びついてゐると思ひます。

「輝く日の宮」があっての「雨夜の品さだめ」だというのです。

【論拠5】a系列 と b系列
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 『源氏』には桐壷→若紫→紅葉賀...藤裏葉のa系列「紫の上系」(源氏の妻のひとり)と、帚木→空蝉→夕顔→末摘花...真木柱のb系列「玉鬘系」(夕顔の娘)があるという説があります。a系だけで9割筋が通りますが、

 (1)朝顔の姫君が何の説明もなく突然登場する。
 (2)六条御息所との関係の始まりが分からない。
 (3)藤壺との最初の関係が朦朧としている。

が抜けている。この3点が「輝く日の宮」で描かれていたとすれば、源氏はa系だけで物語として完結している。

a系がまづ書かれ、次にb系が書かれて 嵌め込まれた、といふのが武田説です。a系は紫の上にかかはる筋、b系は玉鬘にかかはる筋で、・・・a系列を 藤裏葉まで書きつづけることで経験を積み、小説家としての腕があがつてゐました。ですから、なほさら、直前の巻との関係を利用して小説的なエネルギーを増したいといふ気持が強かつた……と想像されます。

このa系、b系が本書の肝です。桐壺と箒木の間に「輝く日の宮」は存在した。では、誰が何のために消し去ったのか?。続きます

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