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山本淳子 枕草子のたくらみ ② 清少納言、引きこもる (2017朝日新聞) [日記 (2022)]

枕草子のたくらみ 「春はあけぼの」に秘められた思い (朝日選書)
続きです。
 本書を読むと、『枕草子』『紫式部日記』世界の背景には、藤原北家の長男・道隆と五男・道長の権力争いがあります。外戚となるため娘を内裏に送り込み、後宮は文化サロンとなって妍を競っていたようです。天皇が後宮に渡る回数が増えればそれだけ親王が生まれ外戚となる確率が上がります。道長は『源氏物語』執筆ために紫式部に高価な紙を与え、一条天皇は『源氏』を読むために彰子のもとに通い、後の後一条天皇が生まれ道長は外戚となります。『枕草子』『紫式部日記』は、定子+清少納言 vs. 彰子+紫式部の代理バトルみたいなものです。
 紫式部が日記を書いた頃には、道隆も定子(1001没)も亡くなり清少納言も内裏を去っていますから、紫式部が殊更に清少納言を批判する必要もないのですが、紫式部が対抗意識を燃やすほど、清少納言の居る定子のサロンは華やかだったのでしょう。

後宮
後宮.jpg 道長相関図.jpg
天皇家のハーレムです。

七殿五舎(しちでんごしゃ)とは、平安京内裏の紫宸殿や仁寿殿の後方に位置し、主に天皇の后妃の住まう殿舎を指す。これらは後宮と総称され、后妃以外にも東宮やその妃、また親王・内親王などもしばしば殿舎を賜った。(wikipedeia)

 天皇家の儀式が行われる行紫宸殿、天皇が暮らす仁寿殿の北に位置するから後宮。妻妾同居です。和泉式部は敦道親王の邸で同居しますから、天皇家に限らず高級貴族では普通にあったんでしょうね。定子も彰子もこの後宮に住み、女房である清少納言、紫式部も暮らしていますから、平安女流文学はこの後宮を巡る女達の闘い?でもあります。

道隆と道長
 990年に定子が入内し、内大臣だった道隆は同年5月に関白、10月には摂政となります。994年、道隆の嫡男・伊周(これちか)が21歳の若さで大納言から内大臣に、道隆の弟・道兼が右大臣に昇進します。道長はこの時大納言ですから、位は伊周より下。道隆→伊周へと権力の継承が着々と進んでいます。ところが翌995年に道隆が糖尿病で亡くなり、道兼は関白に就任しますが就任直後に疫病で亡くなります。995年には、大納言以上の重職者7人が亡くなります。この疫病(天然痘)は京都の人口を半減させるほど猛威をふるったといいます。道隆、道兼が相次いで死に、兼家の五男・道長が左大臣となって権力(内覧)を掌握します。順序からすれば道隆の嫡男・伊周が関白になる筈ですが、道長の姉で一条天皇の母・詮子+道長に阻まれます(大鏡)。道隆の中関白家vs.詮子+道長連合という構図です。道長は右大臣となり、藤原氏の氏長者となります。

長徳事件
 996年、伊周が事件を起こし自滅します。花山法王が自分の恋人の下に通っていると勘違いした伊周は、弟・隆家とともに法王を襲撃します。これがバレて伊周は太宰府、隆家は出雲に左遷されます。法王が通っていたのは伊周の恋人の妹だった云う、何とも締まらない話。この事件で道隆グループ(中関白家)の主だった者が左遷され定子は出家、道長の権力基盤は磐石となります。道長は疫病と伊周の自滅に助けられたわけです。

清少納言、引きこもる
 長徳事件は『枕草子』誕生に深く関わっています。清少納言は、事件を道長に注進した藤原斉信(道隆の従兄弟)や道長の第二婦人明子の兄弟・源経房などとの親しい関係から、道長への内通を疑われます。清少納言はこのため半年間実家に引き込もってしまいます。この引きこもり中に『枕草子』が生まれます。

世の中の腹立たしうむつかしう、片時あるべき心地もせで、ただいづちもいづちも行きもしなばやと思ふに、ただの紙のいと白う清げなるに、よき筆、白き色紙、みちのくに紙など得つれば、こよなうなぐさみて、さはれ、かくてしばしも生きてありぬべかんめりとなむおぼゆる(第二五九段)

 むしゃくしゃして片時も生きていたくなくて「何処でもいいから行ってしまいたい」と思う時、真っ白できれいな紙、上質の筆やみちのくの紙などが手に入ったら、すっかり癒やされてしまう。「まあいいか。もう少しこのまま生きていてみようかななんて気になってしまいます。と枕草子にある様に、清少納言は歌や文章を書くことが好きだったようです。自宅に引きこもっていた時、定子が上等な紙を二十枚包んで清少納言の下に送って来ます。これに何か書いてみなさいよ、早く出仕して見せてね、と云うことです。

まことに、この紙を草子に作りなどもてさわぐに、むつかしき事もまぎるる心地して、をかしと心のうちにもおぼゆ。(第二五九段)

能因本の『枕草子』「跋文」には、
この草子は、私の目に見え心に思うことを、筋も通らずおかしなことも、寂しく家で過ごした折に、「誰も見るものか」と考えて、書き綴ったものだ。あいにく人様にとって不都合な言い過ごしになりそうな所もあるので、きちんと隠しておいたと思ったのに、「涙せきあへず洩らしつるかな」という歌のように世間に洩らしてしまった。

とあり、かくて『枕草子』は清少納言の「引きこもり」の中で誕生します。


タグ:読書
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