ゾルゲの無線機 スパイ・ゾルゲの昭和(6) [日記 (2022)]
ゾルゲが、三国同盟とバルバロッサ作戦の情報を無線でモスクワに送信した、というのが前回までの話。今回はその際に使った無線機と通信の話です。ネタ元は『現代史資料 1 ゾルゲ事件1』(1962みすず書房)。
アナログ時代ですから、東京→モスクワに情報を送るには、ウラジオストックを中継する無線通信となります。乱数表を使って平文を暗号に変換し、モールス符号を使って送るわけです。無線機も現地日本で部品を調達して組み立てます。木造の二階家に銅線を張り巡らせてアンテナとし、警察や逓信省の電波探索をかい潜るために頻繁に送信場所を替えるなど涙ぐましい努力がなされます。スパイ・ゾルゲの面白さは、このアナログの面白さだともいえます。
1935年12月に赤軍情報部の無線技師マックス・クラウゼンが来日し、1936年2月に無線機が完成して後はゾルゲの報告は電報とマイクロフィルムの報告書の2段構えとなります。報告書はクラウゼンの妻アンナが伝書使として上海経由でモスクワに送っていたようです。伝書使を使った報告書は時間がかかるため、ゾルゲの報告は電報がメインとなります。電報は暗号化された英語、報告書はゾルゲの母国語ドイツ語です。
クラウゼンが使っていた無線機は、部品を市中で買って自ら組み立てたものです。当時、ラジオの契約数は1931年の100万が1940年には500万と急速に普及し(半藤一利『太平洋戦争への道』)、無線機を組み立てる部品は容易に入手できたでしょう。送信用真空管(クラウゼンが入国の際持ち込んだ)以外は総て国産品を用い送信機用「コイル」は自動車用の銅製「ガソリンパイプ」を使ったと云います。(p86~87)
【送信機】 RCA製真空管UX210
1935年12月に赤軍情報部の無線技師マックス・クラウゼンが来日し、1936年2月に無線機が完成して後はゾルゲの報告は電報とマイクロフィルムの報告書の2段構えとなります。報告書はクラウゼンの妻アンナが伝書使として上海経由でモスクワに送っていたようです。伝書使を使った報告書は時間がかかるため、ゾルゲの報告は電報がメインとなります。電報は暗号化された英語、報告書はゾルゲの母国語ドイツ語です。
クラウゼンが使っていた無線機は、部品を市中で買って自ら組み立てたものです。当時、ラジオの契約数は1931年の100万が1940年には500万と急速に普及し(半藤一利『太平洋戦争への道』)、無線機を組み立てる部品は容易に入手できたでしょう。送信用真空管(クラウゼンが入国の際持ち込んだ)以外は総て国産品を用い送信機用「コイル」は自動車用の銅製「ガソリンパイプ」を使ったと云います。(p86~87)
【送信機】 RCA製真空管UX210
A5版の「ベークライト」板の上に、真空管、コイルを「着脱容易なる如く装着し携行に便なる如くせり」。 RCA製真空管UX210以外は国産の部品を使っています。クラウゼンよると、UX210を2本使って出力20Wほど。この送信機を使うと、昼間1500km、夜間4000kmの通信が可能であり、空中状態の良好な日没前後午後4時~7時頃に通信を行っていた様です。
【受信機】
【受信機】
当時の標準的な3球ラジオの受信周波数を短波帯に改造し、「ラジオ用としては中級のものに属するも短波受信用としては鋭敏なる感度を有す」。ウラジオストックの送信は大電力ですから、3球ラジオでも十分に受信できたでしょう。
無線機の制作費用は150円だそうです。昭和12年に永井荷風が買った高級カメラ・ローライフレックスが310円、当時の勤労世帯の月収が125円日程度ですから、現在の貨幣価値では十数万円ほど?。
【周波数】 送信周波数は7.7~8.1MHz(テスト終了後は7.9MHz)。7.9MHzは当時のアマチュア無線の運用周波数で、アマチュア無線に偽装したとクラウゼンは証言しています。受信周波数は6.25~6.67MHzで、6MH帯は現在でも短波放送で使われていますから、四季を通じて安定して受信でき、且つ放送帯ですから目立ち難いと考えたのでしょう
。アマチュア無線、短波放送帯の電波を使っても、5桁の数字が延々と発信されますから、「怪電波」であることには違いありません。いずれも日本や中国では傍受され、一部は解読されています。
この無線機をトランクに詰め、逆探知を避けるため都内数カ所を転々と移動して通信しています。電源は重いのでそれぞれの移動先に置き、ゾルゲの自家車(国産のダットサン17型)を使って都内を移動していたのでしょう。クラウゼンは、探知対策として1)送信場所の移動、2)長時間の通信を避けること、3)周波数の変更を挙げています。ゾルゲの通信は傍受されてはいますが、対策が奏効したのか送信場所の探知はされていません。
無線機は昭和11年2月に完成し、試験運用を開始します。探知を恐れ、グンテル・シュタイン(麻布区本村町)、クラウゼン(麻布区新竜土町)、ヴーケリッチ(牛込区左内町二二番地)、クラウゼン(麻布区広尾町)、エディット(目黒区上目黒)など転々と移動しています。何れも木造二階建です。クラウゼンの自供によると、
昭和14年(1939)60回、23,139語→ノモンハン事件、第二次世界大戦勃発
無線機は昭和11年2月に完成し、試験運用を開始します。探知を恐れ、グンテル・シュタイン(麻布区本村町)、クラウゼン(麻布区新竜土町)、ヴーケリッチ(牛込区左内町二二番地)、クラウゼン(麻布区広尾町)、エディット(目黒区上目黒)など転々と移動しています。何れも木造二階建です。クラウゼンの自供によると、
昭和14年(1939)60回、23,139語→ノモンハン事件、第二次世界大戦勃発
昭和15年(1940)60回、29,179語→三国同盟
昭和16年(1941)21回、13,103語→独ソ戦、国策要綱、ゾルゲ逮捕(10月)
ひと月に5回程度の送信回数です。・・・次は暗号の話です。
《ここまでのゾルゲ》
スパイ・ゾルゲの昭和 (1) ゾルゲ諜報団
ひと月に5回程度の送信回数です。・・・次は暗号の話です。
《ここまでのゾルゲ》
スパイ・ゾルゲの昭和 (1) ゾルゲ諜報団
スパイ・ゾルゲの昭和 (2) 魔都・上海のゾルゲ
スパイ・ゾルゲの昭和 (3) 諜報団 東京ニ集結ス!
スパイ・ゾルゲの昭和 (4) 東京発 ラムゼイ① 三国同盟
スパイ・ゾルゲの昭和 (5) 東京発 ラムゼイ② バルバロッサ作戦
スパイ・ゾルゲの昭和 (6) ゾルゲの無線機・・・このページ
スパイ・ゾルゲの昭和 (7) ゾルゲの暗号 東京宛 ラムゼイへ
スパイ・ゾルゲの昭和( 8) 日本の対ソ戦略を探れ
スパイ・ゾルゲの昭和 (9) 東京発 ラムゼイ 日本ハ独ソ戦ニ参戦セズ
スパイ・ゾルゲの昭和(10) ゾルゲの給与、押収物件
スパイ・ゾルゲの昭和(11) ゾルゲ 御前会議を盗む
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