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再読 浅田次郎 蒼穹の昴 (2) [日記 (2022)]

蒼穹の昴(3) (講談社文庫)
蒼穹の昴(4) (講談社文庫)1.jpg
 続きです。日清戦争の敗北によって「眠れる獅子」の正体が明らかとなり、列強による中国領土の蚕食が始まります。日本は日清戦争の勝利によって台湾、澎湖諸島、遼東半島を割譲、朝鮮は独立し1910年に日本に併合されます。ロシアは東清鉄道の敷設権を得、旅順・大連を割譲し、ドイツは膠州湾を租借地とし、イギリスは竜半島北部、山東半島北側の威海衛を、フランスは広州湾を得、ベトナム(インドシナ)を保護国化します。
 さらに大飢饉が加わり西太后の政治は垂簾聴政と非難され、紫禁城は光緒帝を担いで改革(戊戌の変法)を目指す帝党と西太后に拠る保守派の后党の権力闘争の場となります。

 小説の核には西太后が居座ります。西太后は、17歳で咸豊帝に嫁ぎ(側室)無能な夫にかわって政治を取りしきり、咸豊帝の死後実質的に4億の民を統べる皇帝となる女傑。嫡子の同治帝は放蕩のあげく脳梅に罹って死に、同治帝に跡継ぎが無かったため、西太后は咸豊帝の甥・載湉を11代皇帝・光緒帝に据え、姪を后にして政治の実権を保持します。西太后は、夫、その妻、息子、光緒帝、珍妃を暗殺したとされる稀代の悪女と言われますが、春児は

あの御方はそうして四十何年もの間、なりふりかまわずにぼろぼろの屋台骨を支えてこられたのです。

 『蒼穹の昴』は、春児と梁文秀が主人公の様ですが、実は物語のヒロインは西太后です。

 1898年、西太后は政権を光緒帝に譲り皇帝の親政が始まります。実権を握った改革派・梁啓超(『蒼穹の昴』では梁文秀)、康有為は、日本の明治維新に倣い科挙を廃止し清を立憲君主制に改造することを目指します。急激な改革は政治の混乱を招き、「戊戌の変法」はわずか100日で北洋軍を握る保守派のクーデターで潰えます。
 『蒼穹の昴』は、この失敗した清の「明治維新」を描いた小説です。登場人物は多彩で、李鴻章、袁世凱、伊藤博文、梁啓超、架空の人物として岡圭之介、トーマス・バートン、ミセス・チャンなどが登場し、「戊戌の変法」の政争、党争のなかで縦横無尽に駆け回りますが、歴史小説としては面白味に欠けます。

 ラストで、梁文秀が「戊戌の変法」の失敗を振り返ります。改革の失敗は西太后の専横や栄禄、袁世凱の奸計ではなく、変法派の内にあったと言います。

僕ら士大夫は、もちろん皇帝たる君(光緒帝)も含めて、みな民衆に施しをしようとしていた。その施しが大きければ大きいほど善政なのだと信じていた。

つまり、民衆から浮き上がっていた。民衆の苦しみを政治に取り込むことをせず、民衆に善政を施す上からの改革だから失敗したと言うのです。士大夫を自認し、四書五経をマスターして巧みに詩が詠める知識と教養(科挙制度)では、中国の近代化は出来なかったと言うのです。実態は、北洋軍を握る栄禄、袁世凱の力に破れたというべきでしょう。梁啓超、康有為の失敗は明治維新を手本にしながら、維新がスナイドル銃から生まれたことを学ばなかったことにあった?。進士が将軍の上に立ち、状元の進士が宰相となる中国の政治システムが戊戌の変法失敗の根本原因だと思うのですが。もっとも、作者にしてみればそんなことは承知の上で、オレは歴史小説を描いたのではなく、歴史の陰に隠れた孤独な権力者と進士と宦官のロマンを描いたんだ、と云うことなんでしょうね。

 本書を読んでいて不思議に思うのですが、清は征服王朝、西太后も光緒帝もヌルハチの末裔で満州族で、方や后党の袁世凱や帝党の梁啓超は漢民族。満州族に征服された漢民族のナショナリズムは無かったんでしょうか。
 李鴻章と王逸の会話に、「康有為は勤皇扶清、孫文は反清復明、目的は正反対であるのに、なぜか似ている」という下りがあります。『蒼穹の昴』シリーズは第六部まであるので、いずれ疑問の答えが描かれるのでしょう。

 自らを去勢して宦官となった春児も魅力ある人物ですが、後半では出番がありません。歴史小説ではなく「浅田講談」かというと、『壬生義士伝』『輪違屋糸里』の様な浅田節はいまひとつ。載湉(ツァイテン、光緒帝)、 少荃(シャオチュエン、李鴻章)など馴染みの無い漢字と中国読みが頻出して読み辛いです。『珍妃の井戸』を読んでみます。

タグ:読書
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