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梅原猛 『葬られた王朝』 古代出雲の謎を解く(1) [日記(2019)]

葬られた王朝―古代出雲の謎を解く (新潮文庫)砂鉄のみち』で、ヤマタノオロチ伝説は、農民と砂鉄集団の争いの渦中でスサノオが農民を助ける話として紹介されていました。出雲の砂鉄とスサノオつながりです。

第一章 出雲王朝はスサノオから始まった
第二章 オオクニヌシー王朝を繁栄させた大王
第三章 考古学が語る出雲王朝
第四章 記紀の謎

 第一章は、『古事記』『日本書紀』『出雲風土記』などの神話を手がかりに「出雲王朝」を解明し、第二章で、最近の考古学の成果からその実在を解き明かし、第四章で『古事記』『日本書紀』が朝廷で語り継がれていた古物語として史実を語っていることを証明します。

スサノオ
 日本最古の史書『古事記』は神話性が強く信憑性に乏しいとされてきました。天地開闢、八岐大蛇、因幡の白兎、天孫降臨などは神話・お伽噺として片付けられ、(高校でも)古文の教科書には載っていますが、日本史には取り上げられません。私が習った日本史は、弥生時代→卑弥呼、倭の五王→古墳時代→飛鳥時代で、スサノオもオオクニヌシも、まして出雲王朝など人かカケラも登場しません。皇国史観として退けられています。

 卑弥呼が3世紀、倭の五王のひとり雄略が5世、紀初代天皇天皇「神武」が紀元前6世紀?ですから、古墳時代が3世紀から始まるとすれば、スサノオは弥生時代の人物ということになります。古事記は8世紀初めに稗田阿礼、太安万侶が著したとされますから、千年上前の伝承です。古事記を読んでスサノオと出雲王朝をイメージしようというのですから、壮大なロマンです。

 スサノオはイザナギ、イザナミの息子でアマテラスの弟ということになっています。彼らが居たのは天上の高天原。スサノオは悪行がたたって高天原から出雲に追放されます(この間、天岩戸とアメノウズミのストリップがあります)。高天原でアマテラスとスサノオは「誓約(うけひ)」をし様々な神を産むわけですが、そのなかでタキリビメ、イチキシマヒメ、タキツヒメの女神が対馬の宗像神社の祭神というのが興味深いです。面白いのが新羅を経由して出雲に来ることです。このことから、スサノオ渡来人説が生まれます。スサノオの剣が「鋤(からさい)の剣」で、ますます怪しい。出雲王朝の祖スサノオは、朝鮮半島→対馬→出雲と渡ってきたと言っているようです。

 出雲に来たスサノオは、ヤマタノオロチを退治して「天叢雲剣」を得、クシナダヒメと結ばれます。このヤマタノオロチは背中に苔と杉が生えている姿で描かれていることも興味深い。さらに面白いのは、髭を抜いて杉を生み、眉毛から樟、胸毛から檜、尻の毛から槙を生んでいること。スサノオの子イタケルが樹木の種を高天ヶ原から持ち出してスサノオの子オオヤツヒメ、ツマツヒメとともに日本の山に植林をします。この3人は、「木の国(紀の国)」和歌山県の神であることです。
 スサノオと「木」が深く結び付いています。『砂鉄のみち』の流れからいうと、スサノオは「たたら製鉄」と何らかの関係があるのかも知れません。「韓鋤の剣」と「天叢雲剣」が鉄剣であれば面白いのですが、本書で出雲と鉄の関係は触れられていません。

 では、スサノオの退治したヤマタノオロチとは何の象徴か?。古事記には「高志の八俣のオロチ」とあり、「高志」とは越前、越中、越後の「越」であり、オオクニヌシは越のヌナカワヒメを娶っていることから、スサノオは越の豪族と戦ったと想像します。越後の糸魚川は勾玉の材料メノウが採れ、勾玉が三種の神器のひとつです。
 ヤマタノオロチを退治したスサノオは、クシナダヒメを娶ります。クシナダヒメは、オオヤマツミ →アシナヅチに連なる土着の神と考えられ、

 このように、土着の神であり、初期農業の神でであるというオオヤマツミ支配を妨げ、出雲の国を植民地として荒廃させた越の豪族が、韓の国からやって来たであろう神であるスサノオに退治されたと解釈すれば、ヤマタノオロチ伝説はよく理解できるのである。 

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タグ:読書
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