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浅田次郎 帰郷(2016集英社) [日記(2019)]

帰郷  太平洋戦争に関わる短編を6編集めています。 主題は、敗戦後日本に帰って兵士たち復員兵です。  
 故郷に帰れない事情を抱えた復員兵と街娼との行きずりの恋を描いた『帰郷』。八八式高射砲を修理するためニューギニアの前線陣地を訪れた工兵の「太平洋戦争」の『鉄の沈黙』。三歳で死別した父親像を探し求める後楽園のアルバイト学生の『夜の遊園地』。自衛隊士長と旧陸軍上等兵が夜の富士演習場の宿舎で出会う『不寝番』。ブーゲンビル島でカニバリズムの末生き残った二人の兵士の戦後を描く『金鵄のもとに』。「回天」に乗り組んだ海軍予備学生の白日夢の『無言歌』。

 一見反戦小説のようですが、浅田次郎が今更反戦小説を書くわけはないです。いずれも戦争という非常の時に生きた男達を主人公に、描かれるのは戦争ではなく、逆境を跳ね返す力を秘めた男達です。

 戦死公報が出たため妻は弟と結婚し帰るべき故郷を失った『帰郷』の復員兵は、娼婦と新たな生に踏み出します。
 『鉄の沈黙』の工兵は、新たな高射砲を作るため自分が大阪の造兵厰で作った高射砲の弱点をノートに記し、夜の遊園地』のアルバイト学生は、三歳で死別した強い父親のイメージをはっきりと掴み取ります。
 『金鵄のもとに』は、同胞を食べて生き残りブーゲンビル島から日本に帰ったふたりの復員兵の物語です。死を前にした兵士は戦友に食べられることで日本に帰ること望み、兵士を食べて日本に帰った復員兵は、食べた兵士のために一千万人が餓死すると噂される昭和21年東京の復員兵を生き延びさせます。復員兵の手足を切断して傷痍軍人を作り物乞いをさせて彼らの生きる道を確保する男、ブービル島で死んだ兵士の「明日」のために腕を切断して自ら傷痍軍人となって生きようとする男の物語です。
 『不寝番』では、自衛隊の士長が射撃コンテストで富士演習場を訪れ、旧軍時代からある古い兵舎で不寝番に立ちます。この兵舎で不寝番に立つ上等兵の30年前の時間が交差する怪奇譚です。士長は自販機の缶コーヒーを薦め、上等兵はこんな機械と美味しいコーヒーのある日本の未来に希望を見出だします。
 『無言歌』は、人間魚雷・回天に乗り組み深海で遭難したふたりの海軍予備学生の話です。今わの際で見る白日夢、ひとりは女学生との恋を夢み、もうひとりは娼婦との結婚を夢みます。短編集の最後に鎮魂歌を持ってきたのでしょう。

 敬礼した復員兵本の装丁がいいです。表紙をめくれば、復員兵にお辞儀をする少女がふたり。この本で何を書きたかったのか、著者の意図をよく表していそうです。

タグ:読書
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