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フレドリック・バックマン 幸せなひとりぼっち(2016ハヤカワ文庫NV) [日記(2019)]

幸せなひとりぼっち (ハヤカワ文庫NV) 幸せなひとりぼっち [Blu-ray]  映画が面白かったので原作を読んでみました。邦訳のタイトルは軟弱ですが、原題は”A Man Called Ove”(スエーデン語)。筋金入りの偏屈オヤジ「オーヴェという男」の物語です。
オーヴェという男、コンピューターでないコンピューターを買う
オーヴェという若者と、列車に乗っていた女
など、39のエピソードで現在と過去が語られ、オーヴェがどう生きてきたか、
オーヴェという男が如何に出来上がったかが描かれます。
 本が出版された2012年にオーヴェは59歳ですから、1953年生まれということになります。つまり、1960、70年代の高度成長期?に青春を過ごし、80年代に結婚し90年代に壮年期を過ごし、21世紀に初老に入り早期退職を勧告されたという老人です(59歳なら十分壮年ですが)。

 退職勧告された翌週の月曜日、オーヴェはこう考えます、

人間には役割があるべきだとオーヴェは考える。そしてオーヴェはつねに役割を果たしてきた。そのことはだれにも否定できない社会に求められたことをすべてやってきた。結婚し、病気にもならず、ローンを返し、税金をおさめ、やるべきことをやり、ちゃんとした車に乗った。そして社会はそのことで感謝してくれたか? 社会がやったのは、ある日職場にやってきて、家に帰っていいと告げることだった。

 そしてある月曜日、オーヴェにはなんの役割もなくなっていた。

 オーヴェは半年前に妻をガンで亡くしています。  今また職場では無用の人間だと宣告され、後は妻のもとに行くだけだと自殺を考えます。 人生に絶望して自殺をするというわけではなく、人間いつか死ぬのであれば、今がちょうどその時期ではないかと考えたわけです。一見暗い話ですが、語り口は軽妙洒脱。例えば行き掛かりでイヤイヤ飼うハメとなった野良猫の描写です、

猫はキッチンの床のまんなかにいて、オーヴェに金を貸しているとでも言いたげな不機嫌な表情を鼻のまわりにうかべていた。オーヴェは、猫が前足に聖書をかかえて戸口にあらあわれ、”イエス様を人生に迎えつもりはありませんか”と言ったように、怪訝そうな目でにらみ返した。

 人間に阿らない猫は、オーヴェを語るうえでピッタリの動物、尻尾を振る犬だとこうはいきません。

 でオーヴェは自殺したのか?。何度も自殺を試みその度に邪魔が入って死ねません。首吊りのロープは切れ、排ガス自殺も猟銃自殺も近隣の人々に邪魔され、線路に飛び込もうとしたところ、逆にホームから落ちた男を助けるハメとなります。この死ねないオーヴェと彼を取りまく人々がユーモラスに描かれます。「世界で一番幸せな国」スエーデンの物語であるところが何とも皮肉な話です。

 オーヴェという人物の造形が秀逸です。毎朝町内を見回り、不法駐車のナンバーを手帳に控え(後で通報する)、ゴミ置き場では分別できていないゴミを分別し、買い物に行ったら行ったで店員に文句をつけ…と。無愛想で気むずかしく面と向かって悪態をつく、できれば付き合いたくない人物です。

 「オーヴェという若者」のエピソードで、オーヴェという男がどうして出来上がったのかが語られます。オーヴェが幼い頃、父親が壊れたサーブを入手して治し、彼は車の構造をオーヴェに教えます。成長したオーヴェは、サーブを分解して組み立てる技術を習得し、独力で家を建てます。この手仕事によって「オーヴェという男」は出来上がります。

 オーヴェは目で見て手で触れるものを理解した。コンクリートやセメント。ガラスや鉄。道具。解答のあるもの。直角や明確に書かれた説明書。設計図や図面。紙の上に書き出せるもの。
 オーヴェは白と黒の人間だった。

 オーヴェは白黒はっきりする数字やルールを愛し、曖昧なものを理解せず、ルールを守れない者を憎みます。ところが、筋金入りの硬骨漢、融通のきかない変人のオーヴェの元に人々が集まって来ます。人々はオーヴェに干渉しオーヴェが反発する関係のなかで、いつしか自殺は遠のき、白と黒の偏屈オヤジに次第に色が着いてくる、という物語です。
 人口1千万人弱のスエーデンで80万部売れ、世界で250万部売れたそうです。250万人の読者はきっと、「オーヴェは私だ!」と叫んだと思います。

タグ:読書
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