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横山秀夫 ノースライト(2019新潮社) [日記(2019)]

ノースライト 「ノースライト」とは北からの光。普通、南からの採光を考えて家を建てますが、本書の主人公・建築家の青瀬は、「あなた自身が住みたい家を建てて下さい」と頼まれ「北向き」の住宅を設計します。住宅引き渡しの後連絡がないことに不審に思った青瀬は、軽井沢信濃追分に吉野を訪ね、吉野がこの家に一度も住むことなく一家が忽然と姿を消したことを知ります。殺人も誘拐も起きない横山秀夫のミステリー?です。

 青瀬の住みたい家は、南向きの家ではなく何故北向きの家だったのか?。北向きの住宅と彼の過去の繋がりが明かされます。青瀬の父親はダム建設に関わる職人、一家は建設現場から建設現場へ 、飯場から飯場へ、小・中学校の9年間に7回転校する生活を送ります。青瀬が住んだ飯場にはどれも北側に窓があり、そこから差し込む「ノースライト」に包まれて少年時代を過ごし、ノースライトの思い出が北向きの住宅へと繋がったことになります。もうひとつ青瀬のキャラクターを決定付けるのが、1980年代後半のバブル景気とその崩壊。 バブル崩壊によって高給と贅沢な生活は暗転、失職。気がつけばお決まりのバツイチ、今では13歳の娘と月に一度会うことが唯一の慰めとなったクタビレた中年。その青瀬は、「あなた自身が住みたい家を建てて下さい」と頼まれ、バブル期の鉄とガラスとコンクリートとは異なる北向きの木造住宅を建てることで、次第に自分を取り戻します。部屋の中央には、丸い「ちゃぶ台」が据えられ、北向きの窓から差し込む柔らかいノースライトに中で家族と過ごした幸せな幼少期の記憶が再現されます。家族を失った青瀬、何らかの理由で一家蒸発を余儀なくされた吉野、これは「家族」の物語です。

 吉野一家の蒸発にこだわり吉野を探し続ける青瀬の行動を軸に、信濃追分の住宅で発見された"ブルーノ・タウトの椅子"の謎、失職と離婚で挫折した青瀬を救った友人が挑む美術館建設のサブストーリが展開されます。ブルーノ・タウトは、ナチスの迫害から逃れて来日し、桂離宮などの再評価『日本美の再発見』で有名な建築家、工芸家です。そのタウトの意匠と思われる椅子が、何故一家が蒸発した住宅に残されていたのか?。美術館建設は、パリで死んだ女性画家の800点の遺作を展示する美術館建設のコンペに青瀬の建築事務所が挑む話です。

 上手いといえば上手い、手堅いといえば手堅い。飯場の「ノースライト」が信濃追分の家に発展し美術館に結実する、ベストセラー作家の手慣れた小説です。が、何処か物足りません。
 小説のテーマは「家族」と家族が暮らす「家」です。家を設計する建築家を主人公に、家族を失った建築家が家族を取り戻すためにノースライトの差し込む「家」を作ります、ここまでは納得。一家蒸発とブルーノ・タウトの椅子の謎は、読者を引っ張ってゆくミステリーの常套手法。ところが、吉野一家蒸発は実は「蒸発」ではなく、ブルーノ・タウトも、青瀬と吉野を繋ぐ小道具としては面白いですが(亡命者であり家族を喪失していいますが)テーマとの繋がりは希薄。美術館建設、これも独立した物語としては面白く、青瀬再生のプロットしては頷けますが、テーマとの関係は?。いずれも作者の作為が感じられます。ラストで、一家蒸発、ブルーノ・タウト、美術館建設、ジグソーパズルの3つピースがピタリと当て嵌り、カタルシスとなります。

 面白いのは、青瀬を支える岡嶋の一人息子が実子ではなく(妻の不倫の子)、「血の繋がりではなく、共に暮らした時間」だと告白するプロット(映画『万引き家族』と同じ)。家族が、共に過ごす時間の共有から成り立っているなら、その容器である「家」をテーマに選んだことは作家の慧眼と云えます。山田洋次が『東京物語』のリメイクを作るなど、家族の絆が再び必要とされる時代なのでしょう。それだけ個人が分断された時代だといえます。

 となんだかんだ言っても、426ページを一気に読んだのですから「面白かった!」ということになるのでしょう。

タグ:読書
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