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映画 やさしい本泥棒(2013米) [日記(2019)]

やさしい本泥棒 [AmazonDVDコレクション]  原題: The Book Thief=本泥棒。基本、ナチスのホロコーストもの、その延長線上にある映画です。ナチスは、非ドイツ的という名目でナチズムに合わない本、退廃的な本を焚書にする弾思想圧を行っています。ナチスから本を護るレジスタンスの話かと思ったのですが、違いました。読書好きな女の子が本を盗む話です。

 12歳?のリーゼル(ソフィー・ネリッ)は、共産主義者の両親から引き離され、ミュンヘンのペンキ職人ハンス(ジェフリー・ラッシュ)、ローザ(エミリー・ワトソン)夫妻の里子となります。リーゼルに甘いハンス、ハンスをロクデナシ罵りリーゼルに厳しいローザを、ジェフリー・ラッシュとエミリー・ワトソンが演じます。このふたりの演技が見ところです。

 リーゼルにからむのが同級生の隣家のルディ。駈けっこして勝ったらキスしろ、と愛情告白する辺りは可愛い。ナチスは住民を集めて焚書の見せしめを行います。リーゼルは燃え残った本を密かに持ち帰る辺りから「本泥棒」が始まります。焚書がありユダヤ人弾圧の「水晶の夜」があり、ハンスの友人の息子を匿ったり、狂気のナチズムが描かれますがかなり類型的。
 ハンスが匿うマックスが「本泥棒」のキーマン。マックスが病気で人事不省となり、マックスを目覚めさせるためにリーゼルは枕元で本を読み続けます。ペンキ職人の家に本があるはずもなく、リーゼルは蔵書を読むことを許してくれた市長夫人宅から「本泥棒」するわけです(リーゼルは借りてきたと言ってますが)。

 映画が「起承転結」から成り立っているなら、リーゼルがハンス夫妻の養子となり、ルディと知り合い新しい生活を始める「起承」の部分はまぁこんなものでしょう。大事なのは、リーゼルが本泥棒となる「転」です。リーゼルは、人事不省のマックスのために本を音読するのですが、文字や言葉が人を救う、言葉を紡ぐために本を盗むという行為が核心であるべきです。ところがここの描き方が平板。

 同様に「結」もあいまい。空襲でハンス、ローザ、ルディは死に、辛うじて生き残ったリーゼルは瓦礫の中から盗んだ本を見つけます。市長夫妻が現れ(その養子となったかどうかは不明ですが)、リーゼルは90歳の天寿を全うして幕。
 冒頭の弟を埋葬する時に拾った本(墓掘りマニュアル)、焚書で焼け残ったHGウェルズの『透明人間』、マックスが持っていた本(扉にヒトラーの写真があるから『わが闘争』?)、市長の図書室で読んだ本など本が物語を繫いでいます。タイトルが『本泥棒』ですから、本の持つ意味が十分に表現出来ているかどうか。これでは、第二次世界大戦を生きたドイツ市民の物語に過ぎず、リーゼルが生き延びるために果たした「本」の役割は何処にあるのか?。原作があるようですが、原作をなぞった映画に過ぎないように思われます。ジェフリー・ラッシュとエミリー・ワトソンが勿体ない。ラストで「語り手」の正体が明かされます、これは以外でした。

監督:ブライアン・パーシヴァル
出演:ジェフリー・ラッシュ エミリー・ワトソン ソフィー・ネリッセ

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木内 昇 茗荷谷の猫(2008平凡社) [日記(2019)]

茗荷谷の猫 (文春文庫)  江戸、明治、大正、昭和と続く東京下町に暮らす人々の日常を描いた連作集です。

 本のタイトルともなっている『茗荷谷の猫』は、画家文枝の家に住みついた野良猫親子の話。猫の話には違いないのですが、他の短編もそうなのですが、謎だらけ。
 画商の緒方が訪れ、言葉少なに文枝にアドバイスをし、ふらりと現れ代金を置いて帰る以外は一切不明の謎の人物。夫は毎日定時出勤し定時に帰宅する役人。文枝は外出した際に、寄席で客を呼び込む夫とそっくりな男を見かけます。その夜夫は帰宅しますから、あの男は他人の空似だったのか?。この夫の乗った電車が事故を起こし多くの乗客が死傷しますが、夫の姿は病院にも死体安置所にもありません(種明かしは『庄助さん』)。

 軒下に住みついた野良猫親子から時折低い唸り声が聞こえるようになり、気のせいか唸り声は次第に大きくなります。「懐中電灯」をつけて覗くと、野良猫親子の後ろに黒ぐろとした何者とも知れぬものがうずくまっている気配。やがて大地震が文枝の家を襲います。大正12年の「関東大震災」です。

 画商緒方の正体、夫似の男の正体も謎、そもそも夫は死んだのか?。黒い者と地震との関係も何の説明も無いまま、読者は投げ出されるように小説は終わります。

 こんな、ホラーでもサスペンスでもない奇妙な小説が9編集められています。『黒焼道話』の古書肆「偏奇館」は『隠れる』で重要なモチーフとなって登場し、『茗荷谷の猫』で文枝の住んだ家は『隠れる』の舞台となり、画商・緒方はこの家の持ち主として再登場します。など等、それぞれの短編は細い因縁で繋がっていますが、これは、名もない庶民が日本の近代百年のなかで連綿と続いているということなのでしょう。内田百閒が登場したのには驚きました。

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映画 パッセンジャーズ(2008米) [日記(2019)]

パッセンジャーズ 特別版 [DVD]  アン・ハサウェイ主演のサスペンスです。同じタイトルの"Passengers"邦題「パッセンジャー」がありますがそちらは「宇宙船の乗客」のSF、こちらは「旅客機の乗客」を扱ったサスペンスです。旅客機が墜落し乗客乗員百数十人のうち生存者は5人。この5人のセラピーをクレア(アン・ハサウェイ)が担当することになります。旅客機の墜落と生き残った乗客という設定は、TVドラマの『ロスト』を連想します。

 航空会社は事故はパイロットの操縦ミスと発表しますが、生存者のひとりが墜落前に火の玉を見たと証言し、クレアは治療ために真実を追い始めます。航空会社のアーキン(デヴィッド・モース)が現れ人為的ミスを主張しますがクレアは航空会社が真相を隠蔽していると考え、映画は事故の真相を暴くサスペンス・モードに入ります。

 サスペンスですから、いろいろ伏線が張られます。
 *セラピー患者の5人のうち2人が突然姿を消し、患者のひとりは誰かにつけられていると証言
 *クレアの周りにも怪しい人物が出没
 *アーキンは何かを隠している様子
 *セラピーに来なくなった患者の自宅を訪ねると、まるでたったいままで部屋に居たかのような生活の痕跡
 *おせっかいなオバサンが、何かとクレアの世話をやき
 *生存者のひとりエリック(パトリック・ウィルソン)は集団でのセラピーを嫌い、自宅での個人セラピーを希望し、クレアを口説き初め
 *クレアは姉に連絡を取ろうとしますが音信不通

 と、クレアの周りはチグハグ、よく云えば謎だらけ。

 『ダ・ヴィンチ・コード』のように、エリックはクレアとちもに事故の真相を追うのが常道なのですが、クレアを口説くだけです。せっかくアン・ハサウェイを出演させたのだから、観客もラブストーリーを期待しているだろう、と考えた制作サイドの「サービス」です。クレアは、セラピストと患者の個人的な関係はタブーだと言いながら、(期待通り)第一線を超えてしまいます。
 で、真相が明らかになります。伏線が回収され、クレアの姉はなぜ留守電の返信をしなかったのか、セラピーの患者は何故消えたのか、アパートのおせっかいなオバサン、クレアにセラピーを依頼した上司、アーキンの正体が明らかになり、なるほどそういうことだったのかという結末です。謎に引っ張られてラストまで見てしまいますが、二度は観ないというサスペンスです(笑。

監督:ロドリゴ・ガルシア
出演:アン・ハサウェイ パトリック・ウィルソン デヴィッド・モース

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iPhone 増殖 [日記(2019)]

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 とうとう奥さんまでiPhoneになって「iPhone研究会」まで開催する始末。これで家族皆がiPhone、そんなにiPhoneがいいんですかね。レンズがF1.8のiPhoneが欲しいのですが、結局私が買ったのは似非iPhoneのHUAWEI(笑。

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木内 昇 笑い三年、泣き三月(2011文藝春秋) [日記(2019)]

笑い三年、泣き三月。 (文春文庫)   『新選組 幕末の青嵐』に続き木内 昇、二冊目。
 昭和21年10月20日上野駅から幕が開きます。戦争が終わって1年、一面焼け野原となったの東京には闇市が建ち、上野、浅草にはレビューの劇場が復活します。漫才師・岡部善造は浅草六区で一旗揚げようと上野駅に降り立ち、浮浪児・田川武雄、復員兵・鹿内光秀と出会います。

 当時、劇場のレビューの幕間にコントや漫才が演じられたようで、メインは女性のダンス。コントや漫才も時事や世相の風刺が主流で、善造の生活に密着した話芸は時代遅れ、何処の劇場でも断られます。光秀の友人杉浦保が、浅草六区のはずれでミリオン座という50席の小さな劇場をオープンし、善造はこのミリオン座の舞台に立つことになります。これら面々に踊り子・風間時子、通称ふう子が加わり、漫才師、浮浪児、復員兵、踊り子の戦後の物語が始まります。

 この五人はなかなか個性的です。
 善造は門付けの三河漫才師で、「笑い」とは幸せの源であるという信念を持つ漫才師。浅草六区のはずれミリオン座に笑いを振りまき、これが悲しいことは三月で終わるが笑いは三年続くという『笑い三年、泣き三月』の謂れです。
 武雄は、印刷工場の息子で活字になったものを真実と信じ、古新聞を集め八十歳までの人生を設計している12歳の少年。空襲で家族を失っていますが、父親は陸軍中尉、兄は特攻兵でともに戦死、母親と妹は空襲で亡くなったという「物語」を持つ少年。
 光秀は元映画撮影所の助手で、これもポナペ島の激戦で片耳を失ったという「物語」を持つ復員兵。
 保は元助監督の活動屋。自分の関わった戦争賛美の映画が少年を戦場に駆り立てたことを悔い、劇場経営に転身します。
 ふう子は、山の手の白亜の邸に住んでいた財閥のお嬢様という「過去」を持っていますが、我を忘れると田舎言葉が出る18歳。他人に尽くすことを唯一つの誠と信じ、身体を売って宿無しの善造、武雄、光秀を自分のアパートに引き取るという聖女。
 同じ屋根の下で四人の「家族」が始まります。

 「額縁ショー」を見てこれからはエロの時代だと確信した保は、ダンサーを集めミリオン座でストリップ劇場を開きます。光秀が演出し、ふう子が踊り、ダンスの幕間に善造が漫談を演じ、武雄はキップもぎり。当時のストリップは、下着で踊る、せぜい太腿や乳房を見せる程度のもの。戦前の倫理が生きている時代ですから、これでも大変なことで、踊り子たちは頑強に拒否。助監督として現場の調整に当った保は手を変え品を変えての説得、光秀は地味なダンスを如何にエロテッィクに見せるかで頭を捻り、客席50のミリオン座に客が入り始め、幕間の善造の漫談も人気が出始めます。

 渥美清はじめ戦後の喜劇スターは浅草のストリップ劇場から生まれています。『笑い三年、泣き三月』はそうした笑いの勃興期を描いた小説ですが、風俗小説にとどまらず、岡部善造という不器用だが「笑い」とは何かに真摯に向き合った人間が、周りに幸せを運ぶ人情小説でもあります。『万引き家族』は赤の他人がひとつ屋根の下で暮らす「家族」の物語でしたが、『笑い三年、泣き三月』も善造、武雄、光秀、ふう子の他人が家族として暮らす物語です。敗戦によって分断された個人が、それぞれの「過去」、そうありたいと願った物語を持って寄り添い、そして別れてゆきます。戦後の復興も一段落した昭和25年、四人もそれぞれの道を歩みだします。
 地味で山場に乏しい小説ですが、陰影のくっきりした登場人物とストリーテリングの上手さで最後まで読んでしまいます。木内 昇さん(女性です)、なかなかの書き手です。

タグ:読書
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佐藤友哉 転生! 太宰治 転生して、すみません (2018星海社FICTIONS) [日記(2019)]

転生! 太宰治 転生して、すみません (星海社FICTIONS)  面白いと聞いたので図書館で借りてきました、借りるのが恥ずかしくなる様な表紙です。借りてから気づいたのですが、『デンデラ』の作者です。転生するのが太宰治ですから小説にもなるのでしょうが、漱石、鴎外ならどうなんでしょう。
序章 太宰、西暦2017年の東京に転生する
第1章 太宰、モテる
第2章 太宰、心中する
  ・・・
 太宰が亡くなったのは1948年、70年後の2017年に転生したわけですから、様々なカルチャーショックに見舞われるはずですが、すんなり同化、そこはこの手の小説のご都合主義です。文体は太宰に似せてあり、太宰の小説を下敷きした部分があるのでしょうが、よく分かりません。自己嫌悪と自尊心を道化で韜晦するあたりは転生しても元のママ。

 太宰は、書店の棚に自分の小説がずらりと並んでいるのを目にし『人間失格』が600万部売れたことを聞いて、漱石、鴎外と並ぶ文豪になったんだと有頂天。生きているころは売れていなかったのですから当然かも知れません。志賀直哉の本が一冊もないことに溜飲を下げ、川端康成が自殺していることを知って、俺の自殺未遂を非難したくせに一緒じゃないか!、と。

 カプセルホテルに泊まったり、メイドカフェに行ったり。この小説『転生!太宰治』は何処へ行こうとしているのか?。第九章 「芥川賞のパーティーでつまみ出される」あたりから、だんだん本題に入ります。太宰は二度芥川賞候補になりますが落選しています。欲しくて仕方がなかった芥川賞を逃したのは、老作家が牛耳る因循姑息な「文壇」のせいだと考えています。今でも芥川賞が欲しい!、2017年に転生した太宰治が獲れるはずもないわけでどうするのか?。第十章「インターネットと出会う」第十一章「芥川賞を欲する」あたりから本題に入ります。太宰はネットサーフィンで「文系地下JKアイドルののたん日記」を見つけ、このブロガー"ののたん"を小説家に仕立て上げ芥川賞を狙おうと企みます。太宰は、自分を芥川賞から外した既成文壇に「復讐」し、今では消えた同時代の作家に対する「鎮魂」だと考えます。これが小説のテーマらしい。この作家に檀一雄、織田作之助、坂口安吾が含まれていますが、それはないです。
 で太宰は"ののたん"を教育し、ブログは一躍人気を高め、やがて講談社から声が掛かり…となるわけです。ののたん≒太宰治は芥川賞を取れるのか?、で続編『転生! 太宰治2 芥川賞が、ほしいのです』に続くわけです。

 半日で読めます。面白いかというと「太宰治」というキャラクターが現代に登場するという斬新なアイデアは買いますが、オッサンには荒唐無稽過ぎてついて行けません。続編はパスです。

タグ:読書
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木内  昇 新選組 幕末の青嵐 [日記(2019)]

新選組 幕末の青嵐 (集英社文庫)  「新選組」には、子母沢寛の三部作、司馬遼太郎の『燃えよ剣』『血風録』、浅田次郎の『壬生義士伝』などの名作が目白押し。時代劇ファンなら、新選組の成立から消滅まで大まかな知識はあります。この書き尽くされた感のある、読者にとっては常識ともなっている新選組をどう料理するかです。

 清河八郎の浪士組募集に近藤以下試衛館の面々が加わって京都を目指す新選組前史から、鳥羽伏見の戦いを経て五稜郭の土方の死まで、その消長が時間軸に沿って42のエピソードで描かれます。工夫のひとつは、例えば芹沢鴨の粛清事件で主人公は芹沢自身。清河八郎の裏切りで浪士隊は江戸に帰り、京都には近藤の試衛館組と芹沢一派の十数人が取り残されます。着の身着のまま、明日の食い扶持もままならぬ芹沢の、
京という都に佇んで我が身を思うと、己の矮小さを突きつけられる気がした
などと云う独白を聞かされると、傲岸で乱暴、無軌道な芹沢鴨のイメージが崩れてしまいます。芹沢は京都守護職・松平容保に嘆願書を出して会津藩という後ろ盾を得ますから、新選組を作ったのは芹沢鴨ということになります。(壬生浪士組 芹沢鴨)


 藤堂が山南切腹の真相を土方に問い詰めるシーンです。藤堂は、土方が殺したと思っているわけで、
ー土方を斬らねば駄目だ・・・握りしめた拳に汗が滲む。傍らに置いた大刀の位置を図る。目が、座している土方の袴を見る。間合いは三尺。
 ドン、と凄まじい音で床が鳴って、集中しきっていた藤堂は虚を突かれ、・・・
 斎藤が刀の鞘で床を突き藤堂の気を逸したのです。緊張と緩和、映画のワンシーンを見るようで上手いです。(焦燥 藤堂平助)

 脇役の永倉新八、斎藤一、原田左之助、井上源三郎などお馴染みの人物がエピソードの主人公として内面を吐露します。土方の本音は、同郷日野の井上源三郎によって語られます。新選組の消長の物語を、隊士のエピソードを積み重ねることで描こうというわけです。
 ストーリー展開は、やや軽忽だが将器のある近藤を頭に据え、土方が参謀として組織作りを担うというお馴染みの構図です。時代物ですが、分派活動に走った伊東甲子太郎の暗殺あたりになると現代風サスペンスです。土方は、永倉と斎藤を近づけて伊東を安心させ、御陵衛士が結成されると、伊東に心服している永倉を戻し寝返る心配のない斎藤をスパイとして送り込みます。勤王に走った伊東から薩長の情報が新選組に流れるという諜報ルートを作り上げます。策士、参謀、土方歳三の面目如実です。結局、伊東は新選組によって暗殺されることになります(油小路事件)。

 気になったので主要人物の年齢を調べてみました(wikipedia)。1864年の池田屋事件当時の年齢です。
 近藤勇(30歳)、土方歳三(29歳)、山南敬助(31歳)、沖田総司(22歳)、永倉新八(25歳)、斎藤一(20歳)、井上源三郎(35歳)、藤堂平助(20歳)、原田左之助(24歳)。
 もう少し歳をとっていたと思っていましたがいずれも若いですね。沖田総司が22歳とは以外。もっと若いと思っていたのですが、22歳で子供と壬生寺の境内で子供と遊ぶ天真爛漫は小説通りでしょう。藤堂平助と『一刀斎夢録』の斎藤一がナント二十歳。二十歳そこそこの若者が京洛の巷で剣をふるっていたことになります。京都で火炎瓶を投げていたのも二十歳前後の若者ですから、辻褄は合ってます(笑。何より驚くのは、新選組結成から崩壊までわずか5年。新時代の到来に背き、反革命の人斬り集団・新選組に惹かれるのは、幕末を疾風怒濤の如く駆け抜けた彼等の短い青春にあるのでしょう。

 女性が登場せず京都の風土が希薄なところはやや不満ですが、1日半で読了したのですからそれなりに面白いです。木内  昇(のぼり)さん、女性なんですね。格好の「新選組」入門書かもしれません。

タグ:読書
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高橋和巳 憂鬱なる党派 ② (1965-2016河出文庫) [日記(2019)]

  憂鬱なる党派 下 (河出文庫)続きです。
蹉跌
 今では殆ど読まれることのない高橋和巳の思弁的な小説です。登場人物が思弁し、あるいは思想、主義と言い換えていいものに絡め取られて蹉跌し破滅する物語です。面白いことは面白いのですが正直疲れる小説です。

 西村の出現によって、古在以下6人はそれぞれの青春と、卒業後の社会で青春がもたらした現実と向き合うこととなります。
 劣等感を克服するために政治の世界にのめり込み、査問とリンチによって同志を自殺に追い込んだ青春は、病と社会と隔絶された孤独をもたらします。何事かを告白するために訪れた友人を拒絶し自殺に追い込んだ青春は、留学のため家族を捨てる岐路に立たされます。国家に裏切られ享楽と理想の間で揺れる元特攻兵の青春は、不毛な愛と横領に躓きます。『憂鬱なる党派』の面々は、青春の夢と蹉跌の因果を噛みしめることとなり、何処で、何に躓いたのか?と自らに問います。

罪と罰
 西村は大阪の場末釜ヶ崎の簡易旅館に身を寄せます。旅館の女主人の息子の挿話が象徴的に語られます。息子は、復員後南方の戦場に自身を置き忘れ、復員して日本に帰ったことが自覚できず精神病院で死にます。生死の境をさ迷う過酷な戦争体験は、この男の精神を破壊しました。これは、原爆投下直後の広島に自身を置き忘れてきた西村の姿でもあるわけです。

 西村と友人たちの交流と並行して、彼が身を寄せる貧民街の簡易旅館とそこに暮らす人々が描かれます。売春宿を経営する元一銭芸者、彼女が抱える娼婦たち、ハサミ一丁の出張散髪屋、大工とは名ばかりの便利屋とその一家、などなど簡易旅館の住人たちです。貧民窟とそこに暮らす人々の描写は、読者に生き生きと迫ります。それは、作者の故郷でもある大阪南部の下町の風景であり、『邪宗門』『捨て子物語』などで繰り返し描かれる作者の原風景です。彼等は、自らをインテリゲンチャとする西村たちの対極にあり、この観念小説の青臭い論議を骨抜きにします。

 西村の書いた「伝記」の出版は潰え、友人達との再会はお互いの過去の傷口を広げただけに終わります。出口を失った彼のもと妻がふたりの子供を連れて訪れます。妻は、西村が妻子を捨てたように、夫とふたりの子供を捨てます。作者は、平穏な生活を捨てて原爆で死んだ36人の伝記を書いた西村の「罪」を罰するように、貧民窟で乳飲み子と幼い娘を抱える西村の堕落と滅びを描きます。
 この「罪と罰」は、「知」の綻びから破滅する『悲の器』の正木典膳、地上の楽園を目指し滅びる『邪宗門』の千葉潔、革命資金を得るために強盗をはたらき、裁判所の前で車に轢かれる『日本の悪霊』の村瀬狷介の「罪と罰」です。

 ラストで西村の罪、堕落と破滅が描かれます。何故、原爆で死んだ長屋の住人36人の列伝を書いたのかが西村の口から明らかにされます。日本は、敗戦から十数年がたち、サンフランシスコ講和条約によって日本の主権は回復され、朝鮮戦争の特需によって経済的復興も果たされます。1956年の『経済白書』には「もはや戦後ではない」と記されます。西村は、

この世の人々の悲しい右顧左眄、哀れな東奔西走、すべて自らの原点、自己の絶対性の喪失からくるものと認め、己ひとりなりとも、時流の変化、洞窟の壁に映る影のうつろいに動ずることなき価値体系を築こうと

36人の伝記を書いたのです。36人の列伝を書くことで、知識人が知識人であることの存在理由(レゾンデートル)を見出そうとしたわけです。その志の帰結が、乳幼児は貧民街の女たちの母乳に頼り、幼い娘は娼婦や簡易旅館の女将の施しに頼り、日雇いで得た僅かな金は安酒に消えるという堕落だったわけです。行き場を失った怒りと後悔のなかで、西村は1961年の「釜ヶ崎暴動」の群衆のなかで労務者を扇動します。

破滅
 原爆症が進行する身体で、西村は何故堕落し滅びねばならなかったのかという理由、「広島」の真実(高橋版『蛍の墓』)を娼婦に伝え、簡易旅館の一室で息を引き取ります。娼婦は、西村の遺品から見つかった名刺を頼りに電話をかけます。
 古在は労働争議の末業界新聞を去り、藤堂は刑務所、日浦は結婚のため職場に不在、青戸は留学のため渡米、村瀬は自殺、岡屋敷は病死、『憂鬱なる党派』の解体された姿です(転向し放送局に勤める蒔田とは連絡がつきます)。娼婦千代の うちは何のために生きてるんやろ。の呟きで幕。

 娼婦千代は、『悲の器』では主人公の妹、『邪宗門』では跛の女性教祖など「救い」のイメージとして登場する女性たちのひとりです。主人公たちはすべて罪を背負って破滅してゆきます。高橋和巳が生きながらえていたなら、彼女たちがイメージを超えて復権する小説が書かれた筈です。生硬な文体で書かれたこの小説を近年のベストセラー小説の中に置いてみると、古色蒼然ではあるものの、不思議な光芒を放ちます。

タグ:読書
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映画 スパイ・ゲーム(2001米) [日記(2019)]

スパイ・ゲーム [DVD]  ロバート・レッドフォード、ブラッド・ピットの新旧二大スターによるエスピオナージ映画、監督はトニー・スコットです。

 中国蘇州の刑務所から幕があきます。CIAエージェントのビショップ(ブラッド・ピット)は刑務所から何者かを脱獄させようと企て捕まります。ビショップの行動はCIAの作戦ではなく個人的なもの。米中の経済会議が開かれようという時に、CIAが中国で非合法活動をするわけですから外交問題に発展することは必至。この報が、ビショップのかつての上司ミュアー(ロバート・レッドフォード)に入ります。ミュアーの定年退職当日の話です。ビショップは24時間で死刑となり、ミュアー自身もその日でCIAを退職、たった1日でビショップを救うこと出来るのか?。ビショップは誰を何のために助けようとしたのか?、どうも女性らしい、ビショップと女性の関係は?。CIA本部にいるミュアーは、太平洋を隔てた蘇州のビショップを如何なる方法で救うのか?。たたみ込むようなオープニングで観客を映画に引き込む手並みはさすが!。

 CIA本部ではミュアーも加わって対策会議が開かれ、ベトナム戦争まで遡ってビショップとの関係をが描かれ、ビショップの背景が明らかにされます。CIAエージェントのミュアーはラオスの将軍暗殺にビショップを使い、その後ビショップをCIAに引き抜きスパイ技術を叩き込みます。ミュアーにとってビショップは部下以上の愛弟子というわけです。ビショップは、冷戦下の東ドイツ、中東とミュアーの作戦に欠かせない工作員として活躍します。東側と通じた大使夫人に、なんとシャーロット・ランプリングが出演しています。折角のシャーロット・ランプリングですから、もう少し使い方があると思うのは私だけ?。

 CIAに忠実なミュアーに比べ、ビショップは任務に私情を挟むエージェント。ベイルートで大物テロリストの暗殺作戦が企てられ、ミュアーとビショップが従事します。ビショップは、この作戦でNGOのエリザベス(キャサリン・マコーマック)と知り合い愛するようになります。エリザベスはNGO活動の延長でロンドンの中国大使館爆破に関係し、中国に拉致され刑務所に収監されていたのです。ビショップはエリザベスを救うため蘇州刑務所に侵入したわけです。
 刑務所襲撃はビショップの個人的な行為ですから、CIAは彼を助けようとはしません。暗殺まで検討されるにいたって、ミュアーは密かにビショップ救出を画策します。CIAに忠誠のミュアーが、初めて私情を挟んだ作戦、米本土から蘇州のCIA工作員を救出する「ディナー作戦」を敢行します、それも単独で…。そんなことが出来るのか?。出来過ぎた話ではあるわけですが、これはこれでナルホドと感心させられます。お薦めです。

監督:トニー・スコット
出演:ロバート・レッドフォード ブラッド・ピット キャサリン・マコーマック

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高橋和巳 憂鬱なる党派 ① (1965-2016河出文庫) [日記(2019)]

憂鬱なる党派 上 (河出文庫)  私立女子高校の英語教師・西村は、突然職を捨て妻子を捨てて放浪の旅に出、学生時代の友人達の住む都市(大坂)にやって来ます。理由のない憤怒に駆られ、5年の歳月をかけた原爆で亡くなった36人の平凡な庶民の列伝を書き、それを出版するためです。大学を卒業して7年、主人公が「微笑と闘争、羞恥と屈辱に満ちていた学生時代」の友人と再会する物語です。西村が大阪を訪れるのは1960年頃と思われ、西村が学生時代を過ごしたのは1950年代半ば。卒業し社会に出て30代となった主人公たちが、学生時代を振り返るという設定です。

時代背景
 上巻の「作品の背景」にも触れられていますが、彼らが過ごした学生時代とは如何なる時代だったのか。

1945年:敗戦
1948年:全学連結成
1949年:中華人民共和国成立
1950年:日本共産党、非合法化、レッドパージ。コミンフォルムの共産党を批判により共産党分裂。警察予備隊設置。
1951年:サンフランシスコ講和条約、所感派、武装闘争路線へ(山村工作隊、中核自衛隊)
1952年:血のメーデー事件、吹田事件
1955年:六全協(武装闘争破棄)

 中華人民共和国成立によって連合国=アメリカの占領政策が変わり、日本共産党は非合法化されます。コミンフォルムによって日本共産党は平和革命路線を批判されから武装闘争路線に梶を切り、共産党は分裂します。大学自治会の連合体である全学連はこの武装闘争路線に加わり、血のメーデー事件、吹田事件などを起こし、1955年の六全協によって武装闘争路線は破棄されます。この「政治の季節」の学園に身を置いた政治青年たちの、過去と現在が語られます。

憂鬱なる党派人たち
西村:本編の主人公。卒業後郷里広島に帰り女子高校の英語教師となる。原爆で父母と妹を失っている。憤怒とに駆られ5年の歳月をかけて原爆で亡くなった36人の庶民の列伝を書き、出版するために妻子を捨てかつての友人を頼って来阪。学生時代は自由主義のサークル文学哲学研究会を組織。

古在:西村の旧制高校、大学の旧友。大学時代は京大共産党細胞の元キャップ、理論家。後除名されて西村のグループに加わる。現在は業界新聞の編集者、新聞社を労働者の自治組織へと変える運動を主導。

青戸:西村グループのメンバー。共産党系の自治会が潰れた後、自治会を牽引。大学に残り、現在は心理学科の気鋭の助手。社会変革は、革命ではなく職業人の専門領域の深耕によってしかなし得ないとするリアリスト。

岡屋敷:元共産党京大細胞のキャップ。党員として学生運動を指導。留置所、山村工作隊、労働会館・資料室を経て肺結核を病み病床にある。
日浦:ミッション系女子大から西村グループに加わった紅一点。30歳のオールドミスの学校教師。
藤堂:生命保険会社の外務員から本社の正規社員に転身。特攻兵あがりの異色の経歴を持つ西村グループのメンバー。敗戦による価値転換から政治を信じず、自らを怠惰で享楽的なノンポリと規定。
村瀬:共産党員。大学ストを扇動し停学となるが、西村グループ助けられる。吹田事件で起訴され退学、判決待ち保釈中。電力会社の僻地保守要員から、語学力を買われ本社の翻訳担当となるが退職。現在は町工場の工員。

蒔田:元共産党員。古在とともに除名され転向。熱心な就活が実って在阪の放送局に就職。

 文学哲学研究会と共産党京大細胞は、たまたまボックス(部室)が隣り合っていたため交流が生まれ、全学ストライキで停学処分となった村瀬等の救済活動通じて7人の交流が深まります。『憂鬱なる党派』とは共産党ではなく、この7人の政治青年グループを指します。
 西村が彼らを訪れることによって、7人はそれぞれ自らの青春の蹉跌と、青春が過ぎ去ったあとの苦い現実に向き合うことになります。
 続きます

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