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木内 昇 茗荷谷の猫(2008平凡社) [日記(2019)]

茗荷谷の猫 (文春文庫)  江戸、明治、大正、昭和と続く東京下町に暮らす人々の日常を描いた連作集です。

 本のタイトルともなっている『茗荷谷の猫』は、画家文枝の家に住みついた野良猫親子の話。猫の話には違いないのですが、他の短編もそうなのですが、謎だらけ。
 画商の緒方が訪れ、言葉少なに文枝にアドバイスをし、ふらりと現れ代金を置いて帰る以外は一切不明の謎の人物。夫は毎日定時出勤し定時に帰宅する役人。文枝は外出した際に、寄席で客を呼び込む夫とそっくりな男を見かけます。その夜夫は帰宅しますから、あの男は他人の空似だったのか?。この夫の乗った電車が事故を起こし多くの乗客が死傷しますが、夫の姿は病院にも死体安置所にもありません(種明かしは『庄助さん』)。

 軒下に住みついた野良猫親子から時折低い唸り声が聞こえるようになり、気のせいか唸り声は次第に大きくなります。「懐中電灯」をつけて覗くと、野良猫親子の後ろに黒ぐろとした何者とも知れぬものがうずくまっている気配。やがて大地震が文枝の家を襲います。大正12年の「関東大震災」です。

 画商緒方の正体、夫似の男の正体も謎、そもそも夫は死んだのか?。黒い者と地震との関係も何の説明も無いまま、読者は投げ出されるように小説は終わります。

 こんな、ホラーでもサスペンスでもない奇妙な小説が9編集められています。『黒焼道話』の古書肆「偏奇館」は『隠れる』で重要なモチーフとなって登場し、『茗荷谷の猫』で文枝の住んだ家は『隠れる』の舞台となり、画商・緒方はこの家の持ち主として再登場します。など等、それぞれの短編は細い因縁で繋がっていますが、これは、名もない庶民が日本の近代百年のなかで連綿と続いているということなのでしょう。内田百閒が登場したのには驚きました。

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