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梶山季之 朝鮮小説集  ① 霓のなか (インパクト出版2002) [日記 (2020)]

李朝残影―梶山季之朝鮮小説集  『スカートの風』を読んで以来、へんな所にはまり込んでいます。『梶山季之 朝鮮小説集』という本があるので借りてきました。『族譜』『李朝残影』『性欲のある風景』は読んだので、『霓(にじ)のなか』以下6編。解説は『妓生―「もの言う花」の文化誌』の著者・川村湊先生。

(にじ)のなか
梨薑酒と呼ばれる朝鮮の酒を御存知であろうか。・・・(梨薑酒を飲むと)次の瞬間・・・薛玉順の、白く透けて見えるような薄い耳朶や、つんと高い鼻や、そういったものを強く心に甦らせているのである。

と、ヒロイン玉順は梨薑酒の精の如く登場します。『李朝残影』の金英順も「梨薑酒のように不可思議な匂いと味をもった」と形容される女性でした。

 『霓のなか』は『李朝残影』の原型をなす短編です。主人公の画家・梶が、妓生の玉順(奇しくも『族譜』の娘と同じ名前)の舞踊に魅せられ、玉順を絵に描くストーリーは『李朝残影』と全く同じ。「滅びつつある朝鮮の風俗、それの持つ哀しい美しさ」を描いてみたい、と玉順に絵のモデルを頼み断わられる辺りもそのまま。玉順の父が朝鮮独立の運動家であり、日本軍に殺された設定も同じです。
 違っているのは 、梶の父親は玉順の父親を殺したわけではなく、梶の描いた「李朝残影」に難癖を附ける憲兵も登場しません。決定的?に違っているのは梶と玉順の関係。『李朝残影』では、野口が手も握らないうちに英順は姿を消しますが、『霓のなか』で梶と玉順は、

彼女の父親は日本の憲兵に密殺されたのだそうで、そのせいでもあろうか、薛玉順は限りなく日本人を憎んでいるようであった。たとえば、ギリギリと歯軋りするような激しい口調で「あんた、日本人だから嫌い! 大嫌いよ」と耳朶に熱っぽく呻くように呟き、梶の首筋に青痣になるほどの歯型をつけることがある。

梶と玉順は馴染み、一緒に暮らす関係となります。父親殺しや憲兵隊の夾雑物が無いぶん妓生・玉順の姿がストレートに伝わってきます。
 梶は玉順と結婚しないまま出征し、敗戦後京城に戻って彼女を探します。梶は玉順と初めて出会った鐘路で彼女を見つけますが、玉順を取り巻く青年たちに袋叩きにされ、玉順に助けられます。梶は日本人であるというそれだけの理由で、朝鮮の青年に袋叩きにされたのでしょう。その梶を玉順が介抱します、

ごめん……。梶ゆるして……。遠くでそんな声がしたようである。しかし、人の気配は意外に近く傍らにあった。玉順である。泪で頬が濡れていた。梶の躰を一心に抱きしめながら、喘ぐような切ない息づかいが、梶の顔といわず首といわずせわしなく動き廻るのであった。その灼きつくような、だがなめらかなその感触をまるで夢の中の出来事のように覚えながら、鉛をはめこまれたように重い後頭部から立ちこめ立ちこめする霓(にじ)の深い色に梶はいっしんに耐えていた。いっしんに耐えていた……。オシマイ

 オイオイそこで終わるのか!。日帝の片棒を担いだ主人公の(作者である梶山季之の)「贖罪」「自己処罰」という声が聞こえてきそうです。梶は、日本人であることに「いっしんに耐えていた」ということになります。


『霓のなか』の玉=『李朝残影』の英=『族譜』の玉と並べると、この三作は同じ文脈の小説であることが分かります。『李朝残影』の野口は父親が朝鮮独立運動を弾圧したため英順を失い、『族譜』の谷は日本の朝鮮侵略を傍観していたことで玉順を失います。『霓のなか』の梶は日本人あることで暴行を受けますが、玉順の「介抱」は国と民族を越えた男女の結び付きを示唆しているようです。
 シンプルでストレートなぶん、『李朝残影』よりこちらの方が完成度は高いと思います。

「霓」とは見慣れない文字なので検索すると、「うっすらとみえる『副虹』、古代では雌雄があると考えられ、「霓」は雌のにじ」 、だそうです。雌の虹?。

他は、
米軍進駐:船を雇って朝鮮から脱出する話、視点は中学生。
闇船:『米軍進駐』の改稿版。
京城・昭和十一年:朝鮮独立運動に関わる妓生を愛した日本人男性の話。
さらば京城:日本人の少女と、朝鮮人少年の恋。
木槿の花咲く頃:「李朝染付け」の壺の美を発見した京城の中学校教師の話。朝鮮独立運動がからむ。

・・・梶山季之 朝鮮小説集 目次・・・

小説:族譜、李朝残影、性欲のある風景、霓のなか、米軍進駐、闇船、京城・昭和十一年、さらば京城、木槿の花咲く頃
参考作品:族譜(広島文学版)
エッセイ:韓国の?声なき声?を推理する、朴大統領下の第二のふるさと、京城よ わが魂(ソウル)、魂の街 ソウル
解説:梶山季之「朝鮮小説」の世界 川村湊

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