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イチゴ飴 [日記 (2020)]

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イチゴ飴.jpg← レシピ
 1個貰って食べてみましたが、デザートしてイケます。凍らせてアイスキャンデーにしました、こちらの方が美味しいです。

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映画 暗殺(2015韓) [日記 (2020)]

暗殺 [DVD]  日本統治下の京城(ソウル)を舞台に、朝鮮独立派や殺し屋が暗躍するアクション映画です。韓国映画で「日韓併合」と「朝鮮独立運動」がどう描かれているのか興味があったので観ました。
 韓国の俳優に馴染みがないうえ、字幕の人名がカタカナため、誰が誰か分かり辛い。例えば、映画に登場する大韓民国臨時政府の代表キム・グは金九のことです。ムン・ジェイン大統領は文在寅の方がピンときます、キム・ジョンウンはやはり金大恩でしょう。
 なかなか凝った設定です。1910年の日韓併合と韓国近代史を知っていると楽しめます。

1911年 京城
 京城(ソウル)で、朝鮮総督府総督の寺内正毅暗殺未遂事件が起こります。親日実業家カン・イングクはこの事件の暗殺者を匿った妻を殺害し、この時カンの双子の子供が朝鮮と満州に離別します。姉がカンの娘・満子、妹は韓国独立軍の狙撃手オンギュ(チョン・ジヒョン)に成長し、オンギュは父であるカンの暗殺を企てます。
 寺内の暗殺を企てたヨム・ソンチク(イ・ジョンジェ)は警察(=日本軍)に捕まり、脱獄して満州の独立運動組織に加わります。これは偽装で、ヨムは日本軍に寝返ってスパイとして独立運動組織に戻り、二重スパイとして杭州の「大韓民国臨時政府」の警務部に潜り込みます。
 大韓民国臨時政府というと大層なものですが、朝鮮独立運動の一派が中国に亡命して「臨時政府」の看板を揚げただけのもの。韓国の教科書にも載り、文在寅もこの「聖地」を「参拝」しています。帝国主義に飲み込まれ、日本の敗戦で独立した韓国にとっては、この臨時政府は「独立を自ら勝ち取った」というの国家的証(あかし)です。

1933年 杭州、上海、京城
 杭州の「臨時政府」は、朝鮮人を虐殺した朝鮮駐屯軍司令官・川口と親日実業家のカン・イングクの暗殺を企てます。選ばれたのは韓国独立軍の狙撃手オギュン爆弾男のファン・ドクサム、速射砲のチュ・サンオクの3人。この3人を招集するのが二重スパイのヨム・ソンチク。この特異なキャラクターのヨムがストーリーを引っ張ってゆきます。
 二重スパイのヨムは、オギュン等3人の暗殺を阻止するため殺し屋を雇います。ヨムは、臨時政府の警務隊長として川口とカン・イングクの暗殺を企て、一方で警察の密偵としてこの暗殺を阻止するという、マッチポンプです。この殺し屋が通称”ハワイ・ピストル”と”爺や”のふたり一方で、ヨムを二重スパイと疑う臨時政府も刺客を差し向け、さらにオギュンの双子の姉まで登場します。もつれた糸を解きほぐし如何に決着を着けるのか?。

 この映画の背景は、日本帝国主義に支配された朝鮮です。登場人物達が日本の支配をどう捉えているか、興味深いです。
親日実業家カン・イングクの妻は親日派の夫を批判します、
日本は戦争もせずにこの国を奪った あなたのような人が差し出したのよ

二重スパイのヨムは、
韓国独立党、韓国革命党、朝鮮革命党、義烈団、30以上の団体の派閥争いが独立運動か?
カネの入り口が違うからバラバラになる、みんな泥棒だ、どいつもこいつも泥棒だ

殺し屋ハワイ・ピストルは、川口と親日実業家のンを殺せば朝鮮の独立が実現するのか?と韓国独立軍のオギュンに問います。オギュンは、
二人を殺せば独立できるか?、わからない、戦い続けていることを(国民に)伝えないと

速射砲のチュ・サンオクと刺客のハワイ・ピストルの会話では、
最近の朝鮮のブタが美味い理由を知っているか?
タマを落とすから、タマを切ると穏やかになり肉も軟らかくなる、だがブタもタマを守りたいよな
日本人は朝鮮人のタマを落としているみたいだ

 いずれも、昨今の日韓関係のファナティックな言動とは一線を画したセリフで、少々驚かされます。そしてストーリーはというと、「日帝」などというスローガンや暗殺の陰惨さが吹っ飛ぶ程に痛快なアクションの連続。
 チョゴリを着た女性や韓国風の帽子を被った男性が行き交う、日本統治下の京城の町並みを背景に、爆弾が炸裂し銃弾が飛び交います。この映像は新鮮です。

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1949年 ソウル
 「反民族行為 特別調査委員会」の法廷。韓国警察の高官となったヨム・ソンチクは、独立軍の3人を日本軍に売ったことにより民族を迫害した罪で起訴されます。傍聴席からは靴が投げられ「売国奴」の声が上がります。ヨムは衣服を脱ぎ、滔々とまくし立てます、
私の身体には、日本人に受けた銃弾が6つもある。1911年、寺内総督暗殺未遂事件ではここ、1922年上海、1927年ハバロフスク、1932年出雲号爆破未遂、心臓の横の傷は1933年
私が同朋人を売った?、3人を選んだのは私だ。あの若き青年たちの気持ちが分かるか?、分かるはずがない。私がどんな気持ちで送り出したか。

 判決は、証拠不十分で棄却、ヨムは無罪となります。観客は、ヨムの転向と裏切りを知っていますから、「国民情緒法」によって猟奇的な彼女(オンギュ)が裁きが下ります。
  観客動員1270万人、韓国映画歴代TOP10入りの大ヒット作だそうです。 

監督:チェ・ドンフン
出演:チョン・ジヒョン イ・ジョンジェ ハ・ジョンウ オ・ダルス チョ・ジヌン

タグ:映画
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5月の庭 [日記 (2020)]

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バラは挿し木で増やしたもの。トマトは花が大きくなってきました。サツキ、ツツジも見頃です。

タグ:絵日記
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ラーラ・プレスコット あの本は読まれているか (2020東京創元社) [日記 (2020)]

あの本は読まれているか  図書館が休館のため、ついamazonでベストセラーということになります。1-clickですぐ読めるという誘惑には勝てません。全米で500万部売れたという『ザリガニの鳴くところ』の次は、出版前の原稿がオークションで200万ドルで落札されたという『あの本は読まれているか』。原題The Secrets We Kept。

タイピスト
 「パリは燃えているか」のようなタイトルです。「あの本」とはパステルナークの『ドクトル・ジバゴ』。この小説は反体制的であるという理由で禁書となり、国外に持ち出され1957年に出版されます。翌年にノーベル賞が授与されますが、受ければパステルナークは国外追放となるため辞退したという曰く付きの小説。『ドクトル・ジバゴ』を、ソ連から持ち出し出版し反共産主義のプロパガンダに利用しようとするCIA(西側)と、パステルナークの愛人オリガ・イヴィンスカヤ(東側)の両面から描いたエスピオナージです。
 『ドクトル・ジバゴ』をめぐる諜報戦が本書の主題ですが、主人公はスパイではなくCIAに勤めるタイピストたち。「西側」の語りて手は全員がこのタイピスト。スパイである男性は戯画化され、女性たちのエスピオナージュという一風変わった小説です。

わたしたちはラドクリフ、ヴァッサー、スミスといった一流大学を出てCIAに就職しており、だれもが一族で最初の大卒の娘だった。中国語を話せる者も、飛行機を操縦できる者もいたし、ジョン・ウエインよりも巧みにコルト1873を扱える者もいた。けれど、面接のときに聞かれたのは、「きみ、タイプはできる?」だけだった。

 タイピストですがらスパイではありませんが、機密事項に触れスパイたちの動向を側で観察するという点で、彼女たちはCIAを語るに相応しい存在です。彼女たちは、アイビーリーグ出身のスパイたちの生態を冷静に観察しその生態を暴き、ロッカーやコーヒーショップ、酒場で方法交換しストレスを解消します。何処の国もいつの時代も同じです(笑。彼女たちによると、CIA長官のアレン・ダレスも、女好きのただの中年ということになります。その当意即妙で生き生きとした”おしゃべり”が、本書の魅力のひとつです。

イリーナ
 「西側」のヒロインはイリーナ・ドロツヴァ。両親はロシア人、父親は矯正収容所で死に母親はひとりでアメリカに渡ってイリーナを産み裁縫の腕一本で彼女を育てます。「ちゃんと目を合わせないと、相手に見くびられてよ、イリナー。とりわけ男からね」と言うこの母親もなかなか魅力的。そう言えば『ドクトル・ジバゴ』のヒロイン・ラーラの母親もテイラーでした。アパートの家賃が値上がりしたため、イリーナはCIAのタイピスト採用試験を受け、タイプの腕は下から二番目だったにも係わらず採用されます。配属先はソ連部。父親がKGBに殺された亡命ロシア人の娘なら愛国心も強いだろうというのが採用の理由。イリーナはタイピストではなく、「運び屋」として訓練されます。

 米軍のOSS(戦略情報局)が1945年に解消発展しCIAが設立されます。イリーナがタイピストとなった1956年、CIAにはOSSの生き残りが多数います。ソ連部の受け付け係りサリーもそんなひとり。サリーは、第二次界大戦中OSSに所属しスリランカで戦争プロパガンダ作戦に従事。その美貌と社交性を使った情報収集の能力を認められ、OSSのスパイとなります。

あたしは自分から尋ねるか否かにかかわらず、権力を持つ男たちが進んで情報を提供してくれることを発見したのだった。あたしはツバメになった。神から与えられた、情報収集の才能を発揮する女のことだ。

 1957年、ソ連が人工衛星スプートニクの打ち上げに成功し、軍事・科学技術で最先端を走っていたと思っていたと信じていたアメリカに「スプートニク・ショック」が走ります。当時、CIAは、西側の音楽や印刷物をソ連国内に密かに運び込み、西側の文化的優位を強調し、ソ連が自由な思想を禁じているというプロパガンダ戦略を進めています。

彼らには人工衛星があったが、わたしたちには彼らのがあった。当時、わたしたちは本が武器になりうると――文学が歴史を変えられると――信じていた。

そして『ドクトル・ジバゴ』が登場します。

これは単なる小説ではなく、武器である。これぞCIAが手に入れ、ソ連国民みずからに起爆させるべく、鉄のカーテンの向こう側に運びこむべき武器である

オリガ
 「東側」のヒロインはパステルナークの愛人オリガ・イヴィンスカヤ。文芸誌〈 新世界〉の出版社に勤めていたオリガは、有名な詩人だったパステルナークと出会い関係を結びます。56歳の詩人と、娘と息子を抱える未亡人の不倫。オリガは

物語の初めは(『ドクトル・ジバゴ』の)ヒロインのラーラが彼の妻ジナイダに似ていた・・・時間の経過とともにラーラが次第にわたしになったこと、あるいは、わたしがラーラになっていった。

 『ドクトル・ジバゴ』は読んでいませんが、映画を見て不思議に思うのはジバゴとラーラの不倫が堂々と愛の物語として成立していることです(世に不倫の文学が多いので不思議でも何でもありませんが)。ノーベル文学賞に輝く『ドクトル・ジバゴ』の背景にはパステルナークとオリガの不倫があったことになります。

モスクワのあちこちのアパートで開かれる小さな集まりで、ボーリャが朗読することもあった。そんなとき・・・わたしは彼の隣に座を占め、女主人であり、 傍らにいる女であり、妻ともいえる役割を演じることを誇りに思っていた。

 オリガは、十月革命を批判しているとみなされて禁書となっていた『ドクトル・ジバゴ』の著者パステルナークの愛人として秘密警察KGBに逮捕されます。オリガからパステルナークの反体制の証拠を引き出そうとしたわけです。不思議なことは、パステルナークではなくオリガが逮捕されたこと。スターリンがパステルナークの詩の愛好者であったため粛清の対象から外され、代わりに矛先がオリガに向かったわけです。数十万人(百万人?)を粛清したスターリンがパステルナークの叙情詩の愛好者であったことは、歴史のジョーク?。彼は政府から立派な住宅まで与えられています。「文学のほうが 戦車の製造より大切だ」とスターリンは口 にしていたとか。KGBは証人をでっち上げ、オリガはポチマにある矯正収容所で5年間の懲役刑となります。


 作者によってパステルナークの欺瞞が明かされます。オリガが捕まって、パステルナークは

 オリガのことを考えない日は一日としてなかったけれど、彼の渇望は時間が経つにつれて薄れていたし、人生が複雑でなくなったことに感謝するようになっていた。なにしろ、妻に噓をつく罪悪感をもはや抱かずにすみ、人々から噂される気まずさや、ジナイダがすべて承知の上で決してその件を口にしないことへの居心地の悪さも感じずにすんだのだから。・・・オリガがいなければ、彼女の隣にいるときの心の高ぶりはないだろうが、救いようのない低迷もない。あれほど燃えるような欲望を抱くことはないだろうが、彼女の 癇癪、脅し、気まぐれをぶつけられることもない。
 オリガとの関係を終わらせることを決めた。
 ふたりは無言のままいっしょに食事をし、ボリスは自分でも気づいていなかった肩凝りがほぐれていくのを感じる。残りの人生は、こうしてすごすべきなのだと思う。執筆し、作品を生み出し、妻と温かい食事を分け合って。ボリスは少しワインをくれと頼み、妻がグラスを満たす。

 と書く以上、裏付けはあるんでしょうね。オリガは矯正収容所で辛酸をなめますが、その過酷な生活はソルジェニーツィンの『イワン・デニーソヴィチの一日』やアイノ・クーシネンが革命の堕天使たちで描いた女囚の生活です。スターリンが死に、オリガは恩赦によってモスクワに帰ってきます。パステルナークは、オリガとの関係を終わらせると決心したにも関わらず、オリガを訪ねまたも不倫が始まります。パステルナークは執筆に関するあらゆる業務をオリガに一任し彼女はパステルナークの代理人となり、

彼の言葉を世に送り出す人間だった。わたしは彼の使者になったのだ。

 イタリア人が『ドクトル・ジバゴ』の出版を企て、パステルナークはオリガと相談すること無く原稿をイタリア人に渡し、小説は出版され世に出ます。ストーリーの流れから、CIAとKGBが原稿を巡って争うサスペンスだと思ったのですが、どうも違ったようです。

わたし(オリガ)にできるのは、フェルトリネッリがそれを外国で出版する前に、ソ連国内で出版する計画を進める努力をすることだけだ。それが彼を、わたしを救う唯一の方法だった。

 CIAのタイピスト兼「運び屋」のイリーナ、受付係兼「ツバメ」のサリーの登場となります。

タグ:読書
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StayHome [日記 (2020)]

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 おうちご飯             おうちキャンプ
 ゴールデンウィークも今年はStay Home Weekだそうです。世界を席巻する新型コロナウィルスも、(申し訳ないですが)リタイア組にはあまり影響はありません。非常事態宣言下の4,5月も、1,2,3月の日常が繰り返されるだけです、それでも少し変わったかな?。

図書館
 一番痛いのがこれ。3月上旬から休館となって本が借りれなくなり、おかげでamazonの出費が増え、読書量が減りました。休館が続くようなら、青空文庫の古典でも読んでみようかと思っています。市図書館の方でも電子本の充実を図っているようですが、時節がら子供向きの図書が多く、これといったものがありません。
読書と映画
 読書は積ん読の消化アマゾン青空文庫。映画はアマゾンとNHK BS。アマゾンはPrimeVideoに隠れた名作があったりします。NHK BSは再放送が多く新味に欠けます。『ウヴァンゲリオン 序破Q』が一挙3本YouTubeで無料放映されました。YouTubeは無料映画祭を5/29~始めるようで、これも楽しみ。
NHKプラス
 タイミングよく4/1からnet配信が始まりました。せっかく受信料払っているいるんだから、と申し込みました。追いかけ再生、見逃し再生は便利です。PC、スマホ、Miracasで大型TVもok。最新のニュースを何時でも最初から見ることができます、もっともコロナウィルス関連ばかりですが。
オンライン学習塾、オンライン ヨガ
 学習塾やヨガ教室がお休みとなり、オンラインに切り替わりました。頼まれて、古いPCにZoomを入れ古いスマホをwebカメラに仕立て、オンライン授業ができました。古いPCやスマホが陽の目を見てよかったです。
 算数のプリントが欲しいとかで、検索してみると無料サイトがけっこうありますね。地方自治体が公開していることを初めて知りました。StayHomeでいろんなコンテンツが公開されるのは喜ばしいことです。
マスク
 マスクが買えないので、オクサンは久々にミシンを引っ張り出して手作りしています。子供最優先で私までは回ってきません。キャラクターが付いているので、小さい子供は喜んで付けています。ミシンが売れているとか。
BBQ
 家族が揃った時はよく外食しますが、これができません。BBQ、チーズフォンデュ、餃子パーティー?とおうちご飯となり小さい子供には好評。
特別定額給付金
 当初は収入半減家庭に30万、いつの間にやら国民全員に10万円。収入が減っていないのに頂けるわけですから棚ボタですが、建前からすると当初案の方が納得できます。10万円貰ったら本を買おう!。
 5/1から受け付けが始まったので、スマホにマイナポータルapをインストールしようとしたところ、私のhuaweiは見事に蹴られました。中華の怪しいスマホは対象外だそうです。この際だからカードリーダー買おうか、e-taxにも使えるし...。
その他
 折込広告が激減しました。毎朝朝刊を開くたびにコロナウィルスを実感します。ポスティングも無くなりDMも来ません。これはこれでシンプルでいいですが、広告、印刷会社は仕事が減ったでしょうね。散歩の時ご夫婦で散歩する姿に出会うことが多くなりました。オクサンを誘ったのですが、ヤンワリ断られました(笑。何時も言っているチェーンの散髪屋さんが休みとなりました。自分で切るか!。

 コロナウィルスは私たちに何をもたらすのでしょうか?

タグ:絵日記
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ディーリア・オーエンズ ザリガニの鳴くところ ② (2020早川書房) [日記 (2020)]

ザリガニの鳴くところ  続きです。
 接点と言うほどのドラマはないのですが、カイアと殺されたチェイスとの接点が明らかになります。大学に進学して街を離れたテイトは、休暇には帰るとカイアに約束したにもかかわらず帰らず、カイアはイケメンでスポーツマンのチェイスに言い寄られ、チェイスに傾斜してゆきます。チェイスは胡乱な動機でカイアに近づき、次第に彼女の野性の虜となります。カイアはというと、

チェイス・アンドルーズを見つめているのはカイアの体であり、心ではなかった。

 カイアとテイトの関係は、テイトがカイアに珍しい鳥の羽を贈りカイアがそれに応えるという「動物の求愛行動」のアナロジーとして描かれました。チェイスとの関係は、雌のホタルが光の明滅信号によって雄を呼び寄せる求愛行動のアナロジーとして描かれます。有り体に言えば、子孫を残すという本能、性的関心ですが、両者は少し違います。

 一匹の雌が信号を変えたのだ。その雌はさっきまで正しいチカリとジーの組み合わせを送り、仲間の雄(テイト)を引き寄せて子づくりをしていた。ところが、今度はべつの信号を送り、違う種の雄(チェイス)を引き寄せている。二匹目の雄は彼女のメッセージを読み解き、交尾を希望している仲間だと納得してその上を飛びまわった。と、雌のホタルが不意に起き上がって彼をくわえたかと思うと、むしゃむしゃとその雄を食べはじめ、六本の脚も左右の羽もきれいに平らげてしまった。

 子孫を残すために同種の雄を惹き付ける求愛信号と、別種の雄を惹き付けて食い殺す求愛信号があるのです。カイアは別種の雄=チェイスを惹き付けて殺したのか?。カイアは、家族に捨てられ湿地でひとり生きる間に、雄を食い殺すホタルの雌に成長したわけです。カイアはまた、夫のDVに耐えられず4人の子供を捨てて家出した母親をこう理解します、

雌ギツネは飢えたり過度のストレスがかかったりすると、子どもを捨てることがあるって。子どもたちは死んでも・・・雌ギツネは生き延びられる。そうすれば、状況が改善したときにまた子どもを産んで育てられるんだって。・・・自然界では──ザリガニの鳴くような奥地では──そういう無慈悲に思える行動のおかげで、実際、母親から産まれる子どもの総数は増える。そしてその結果、緊急時には子どもを捨てるという遺伝子が次の世代にも引き継がれる。

人間の生態と生物界の自然法則が二重写しなる、人間を動物に還元するこの辺りが本書の特異性です。

 チェイスは結婚を約束しながら他の女性と婚約したため、ふたりの関係は破綻。チェイスは、「湿地の少女」が街では暮らしてはゆけないと考え、またホワイト・ラッシュを妻にすることを忌避したわけです。カイアはチェイスの裏切りをこう考えます。

雄は雌から雌へ渡り歩くもの

 もうひとりの雄テイトが街に帰り、カイアは初恋の雄と再会します。テイトは、カイアの湿地のコレクションが子どもの趣味から湿地の「自然史博物館」へと変貌を遂げていたことに目をみはり、出版を薦めます。

かつて、ボートに乗ったその金髪の少年(テイト)は、嵐が来るまえにカイアを家まで導いてくれた。朽ちた株に羽根のプレゼントを置いてくれた。文字を教えてくれた。その繊細な十代の青年は、初潮を迎えたカイアを遠くから見守り、女としての性を目覚めさせもした。その若き科学者は、本を出せとカイアの背中を押してくれた。

カイアのコレクションは『東海岸の貝殻』他となってが出版され、土産物屋や書店のショーウィンドウに飾られ、カイアは在野の湿地研究者となります。boy meets girlの物語は完結を迎えたことになります。

 一方、殺人事件はどうなったのか?。チェイスの母親がカイアが贈った貝殻のペンダントが死体から消えていたことを証言し(つまりカイアが犯人だ!)、チェイスのシャツに付着していた赤い繊維がカイアの帽子の繊維と一致したこと、犯行時刻にカイアがボートで犯行現場に向かっていた目撃証言などが出て、カイアは逮捕され第一級謀殺容疑で起訴されます。カイアは、湿地の少女が何を訴えたところで官憲が信じてくれるわけはない、と一切の抗弁を拒みます。
 裁判ではマックス・フォン・シドーような弁護士(映画『ヒマラヤ杉に降る雪』)がカイアを弁護します。余談ですが、ワシントン州の海辺の小さな町を舞台に繰り広げられる人種差別と殺人のミステリ『殺人容疑』(映画の原作)とよく似ています。
 弁護士は、たったひとりで沼地で生き抜いている幼い少女に誰が救いの手を差し伸べたのか?。それどころか、彼女は自分たちとは違うと決めつけ、ホワイト・ラッシュとレッテルを貼って疎外した、

みなさん、我々は彼女が異質だから締め出したのでしょうか? それとも我々が締め出すから異質の存在になったのでしょうか? もし我々が彼女を受け入れていたら──いまこのときも、彼女は我々の仲間であったはずです。我々が食べさせ、衣服を着せ、愛し、教会や家に招いていたら、我々が彼女に偏見を抱くことはなかったでしょう。そして、彼女が今日この場所に坐り、罪に問われていることもなかっただろうと思うのです。

と陪審員の情に訴え、カイアは無罪となります。ではチェイスを殺したのは誰なんだ? →ここまで来てカイアが犯人ではないということはあり得ないですが、問題は動機。これが意外と単純で計画殺人、確信犯と言うより「成り行き」です。

 カイアのサバイバルは面白いですがミステリ部分はもうひとつ。全米で500万部売れたそうすが、ミステリとしてではなく”ビルトゥングスロマン”として読まれたのでしょう。カイアの圧倒的な存在感を始め、カイアの母親、カイアを小学校に入れる補導員、カイアに靴や衣服を提供するシャンピンの妻、勘定が出来ないカイアに釣り銭を多目に渡す食料品店の女店員など登場する女性は肯定的に描かれますが、テイトには一定の役割が与えられるものの、カイアの父親、殺されるチェイスなど男性はほぼ悪役(チェイスが殺されたのも自業自得?)。
ザリガニが鳴くところ』はジェンダーの物語と言えそうです。
 映画化の噂があるそうですが、強い女性を描くことが得意なハリウッドですから、以外といい映画になるかも知れません。

タグ:読書
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NHKプラス(2) MiracastでスマホとTVをつなぐ [日記 (2020)]

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 NHKプラスの続きです。折角なら大画面で見たいので、”スマホ→TV” のMiracastを試してみました。スマホはHUAWEI P20lite、TVはSHARPのLC-52US30です。P20liteバージョンEMUI 9.0から対応、TVの方はMiracastの機能を持っているようです。接続は至って簡単。

TV:”入力切り替え”の中にMaracast入力がある
スマホ: 設定→デバイス接続→ワイヤレス投影(P20liteの場合)でAquos LC-52US30に接続

あっけなく繋がります。スマホでNHKプラスに接続すれば、TVにNHKが写ります。つまり、追いかけ再生、見逃し再生が出来るとうことです。AmazonのPrimeVideoはどうかというと、音は出ますが画面は真っ黒→そうは問屋が卸しません(笑。HDMI接続であれば映るんですが。ミラーリングですからZoomも使えると思います、今度試してみます。

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映画 アノマリサ(2005米) [日記 (2020)]

アノマリサ [DVD]  原題、Anomalisa。『マルコヴィッチの穴』の脚本チャーリー・カウフマンのアニメですから、ひとクセもふたクセもあります(アニメにしてR15指定)。ストップモーション・アニメで、人形を1コマずつ動かして撮影するアニメだそうです。人形が動くわけですから、作画のアニメとは雰囲気が違います。どっちかというと、ちょっと怖い。

 主人公は中年のビジネスコンサルタントのマイケル。マイケルは、誰を見ても同じ顔に見え、同じ声が聞こえるという精神疾患をもっています。そんなことが現実にあり得るのかとおもうのですが、あるらしい。カプグラ症候群、ソジーの錯覚というそうです。姿形が異なり声が異なるからAさんはAさんと認識できるわけですが、周りの他人が全員Aさんであるという世界の”お話”です。この設定を映画化するのに、人形劇のアニメは最適。登場人物を同じ顔にするのは簡単、声優も『アニマリサ』では3人しか登場しません。もっとも、現在のCG技術であれば実写でも可能なんでしょうが。

 この個性というものが認識できない、他人を特定できない(しにくい)世界で、マイケルは独自の顔と声を持つ女性リサと出会います。映画ではあらゆる声がトム・ヌーナンで統一されていますから、リサの声(ジェニファー・ジェイソン・リー)は新鮮です。リサは自分で言うように何の取り柄もない平凡な女性過ぎません。anomaly(異常、変則的)な世界に、平凡でノーマルなLisaが登場することで、anomaly + lisa = Anomalisaの世界が現れます。不条理とかいう難しい話ではなく、設定の妙。異常な世界に異常でないもの(正常)が現れればどうなるか?という話です。問題はどうオチを付けるかです。
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 同じ顔同じ声の氾濫する世界で、リサだけが個性を持ち女性の声を出すわけですから、マイケルにとってリサは唯一女性です(妻もいるわけですが、彼女も没個性の同じ顔)。マイケルはたちまちリサと恋に落ち、ホテルの部屋でなるようになります。人形同士のそれは変に生々しい。その夜、夢の中にホテルの支配人が現れ、マイケルの情事を非難し、リサとだけはやめろと迫ります。この支配人はマイケルの深層にあるモラルでしょうか。一夜明けて、マイケルはリサに結婚を申し込みます。「ソジーの錯覚」の上にリサという「錯覚」が乗っているという複雑な構造です。ところが、向かい合って朝食を取るシーンです、リサはフォークを噛み口にものを入れて喋り、マイケルはその行儀悪さを咎めます。途端、リサの声は徐々に単調な没個性的な声変わってゆき、百年の恋も冷めてゆきます。リサという存在もまた錯覚に過ぎなかったというこでしょう。

 結局リサとの恋は一夜限りの恋として終わり、家に帰ればそこには同じ顔の妻と子、友人が待っていて、マイケルのカプグラ症候群の「錯覚」の日常が続くわけです。身につまされます(笑。それではあまりに可愛そうだと思ったのか、ラストでリサを登場させ、「あなたと過ごせてよかった、いつかまた会えるいいわね」と言わせます。
 チャーリー・カウフマンの奇才に脱帽!、という映画です。

監督・脚本:チャーリー・カウフマン
出演(声):デヴィッド・シューリス ジェニファー・ジェイソン・リー  トム・ヌーナン

タグ:映画
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学習塾もオンライン(2) webカメラDroidCam [日記 (2020)]

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                    DroidCam設定
 続きです。webカメラアプリをiVCamからDroidCamに変更しました。無料版のiVCam試用期間が過ぎると画質が悪くなり広告が入ると脅されたので(実際は?)、変更しました。iVCamはマイクで躓きましたが、DdoridCamは一発で画像音声ともつながり、Zoomにも無事接続できました。こちらの方がなんとなく安定している様子。
 Zoomの無料版は3人40分の制限があります(有料版は2000円/月~)。Facebookが時間制限無し、最大50人のビデオミーティング”Messenger Rooms”を立ち上げるそうです。日本では未だですが、リリースされたらコッチですね。まぁビデオミーティングする相手もいませんが(笑。

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ディーリア・オーエンズ ザリガニの鳴くところ (1) (2020早川書房) [日記 (2020)]

ザリガニの鳴くところ  2019年に全米で500万部売れたというベストセラー小説です。作者は、ジョージア州出身の動物学者で、本業の著書はあるものの小説は本作が処女作だそうです。

 1969年にノースカロライナ州の沼地で青年チェイス・アンドルーズの死体が発見されます。沼地に建つ火の見櫓から落下し死亡した様ですが、付近には青年の足跡も無く、不審に思った警察は事件として捜査を始めることになります。一方で、1952年に湿地で暮らす6歳の少女カイアの物語りが始まります。、カイアの物語と17年後の殺人事件が交互に描かれますから、カイアが青年を殺したことが想像されます。成長したカイアは何故青年を殺したのか、それとも犯人は別にいるのか?。1952年に始まるカイアの成長の物語と1969年の殺人事件がどう交わるのか?。『ザリガニが鳴くところ』という風変わりなタイトルの本書は、フーダニット(Who done it 誰が犯行を行ったか)のミステリです。

 舞台はノースカロライナ州の海に面した湿地帯。作者は「湿地は、沼地とは違う」と言います。湿地には光が溢れ草を育み、湿地に流れる川は「その 水面 に陽光の輝きを乗せて海へと至る」と生のイメージが、一方の沼地は、「生命が朽ち、悪臭を放ち、腐った土くれに還っていく。そこは再生へとつながる死に満ちた、 酸鼻 なる泥の世界」と負のイメージが与えられます。青年が殺されたのは「沼地」であり、カイアが住むのは「湿地」であり、この二つは厳密に使い分けられます。
 湿地には野鳥や野生動物と人間が共存しています。野生が息づく湿地は人間が住むには不適切な地であり、そこには街に住めない人々が住み、街の住人は湿地の住人を落語者と見なしホワイト・ラッシュと読んで差別します。カイアは「湿地の少女」と呼ばれ、人語が解せない野生の少女と噂されます。

こうした泥だらけの土地にヤシの木の小屋をかけて暮らそうなどという人間は、誰かから逃げてきたとか、人生そのものがどん詰まりに至ってしまったような者ばかり

 カイアの父親は、第二次世界大戦で負傷し「最後のプライドも粉々にされて」湿地に逃げ込んで酒とポーカーに明け暮れる日々。一家六人は父親の障害者手当で暮らし、鬱屈した父親は家族に暴力を振るう有様。DVに耐えかねた母親が子供をを捨てて家出し、続いて姉兄3人も家を出て、カイアは父親とふたりで生活を始めます。父親は頻繁に家を空けカイアを放りっぱなしにし、彼女は菜園の蕪の葉で飢えをしのぎます。カイアは湿地でムール貝を掘ってボートのガソリンを買い(湿地の足はボート)、魚を釣り燻製にして僅かな金を稼ぎ、トウモロコシの粉を買って粥にして生き延びます。

カイアは貝を売ったお金でマッチと蠟燭とトウモロコシ粉を買った。灯油と石けんは麻袋がもうひとつ満杯になるまで待つことにした。蠟燭をやめてシュガーダディーを買いたいという衝動を抑えるには、かなりの精神力が必要だった。

 前半は野生の少女のサバイバル物語です。家族に捨てられ、貝を掘り魚を釣ってひとりで生きる少女の物語は切ないです。カイアは29までしか数えられず、文字は読めません。7歳になって、無断欠席補導員がカイアを無理矢理小学校に入れますが、1日で逃げ出し以後正規の教育は一切受けません。カイアの教師は湿地であり海であり、野鳥であり森の動物、彼女が話しかけるのはカモメだけ。作者は動物学者ですからその辺りは手の内?、人間と自然の関わりを詩情を豊かに描きます。

 カイアを助けようという人が現れます。カイアが貝を売る黒人夫婦。黒人は売り物にならない魚の薫製を引き取り、着たきりスズメのデニムのオーバーオールと裸足の彼女に靴と女の子らしい古着を与えます。舞台となるジョージア州はレイシズムの強い「南部」で、白人/プア・ホワイト/黒人という階層が成立している社会。作者はジョージア州の出身ですから、この階層をスートリーに組み入れたのでしょう。
 カイアを助けるもうひとりが少年テイト。カイアは、湿地で釣りをするテイトと出会い、テイトは字が読めない彼女に文字を教えます。テイトがカイアと友だちになるために使ったのが、オオアオサギの”眉”の羽や珍しい鳥の尾羽。それも彼女が出没しそうな場所に刺しておく置くという慎ましい方法です。海辺で拾った貝殻や鳥の羽のコレクションを玩具替わりとするカイアにとっては、何よりのプレゼントだったわけです。カイアはお返しにコハクチョウの尾羽を置き、テイトから野菜の種やボートのエンジンの点火プラグが届きます。カイアは簡単なエンジン修理は出来るものの部品は買わなくてはなりません、

 それなのに、いまは予備の点火プラグがあり、必要なときまでとっておけるのだった。余分がある。それだけでカイアの心の空洞は埋まっていった。まるで燃料タンクが満タンになったときのような、まるで、絵画を思わせる空の下で夕陽を眺めているときのような、そんな感覚だった。

 カイアはほかのいっさいを忘れてそこに立ち、自分の感情を確かめ、理解しようとした。カイアも、雄の鳥が雌に贈り物をして求愛するのを目にしたことはあった。けれど、巣作りをするにはカイアはまだまだ若すぎた。 

 カイアは、人間の行動や男女の関係を動物や昆虫の生態として理解します。カイアはテイトの与える本によって多くを学び、”boy meets girl”な関係が続きます。 18歳となったテイトは大学に進学するため街を離れ、次の休暇には帰ってくるという約束は反故にされます。カイアがテイトを湿地で待つシーンです、

 雌のホタルがお尻の下を光らせるのは、 つがいになれる状態だと雄に信号を送るためだという。
 一匹の雌が信号を変えたのだ。その雌はさっきまで正しいチカリとジーの組み合わせを送り、仲間の雄を引き寄せて子づくりをしていた。ところが、今度はべつの信号を送り、違う種の雄を引き寄せている。二匹目の雄は彼女のメッセージを読み解き、交尾を希望している仲間だと納得してその上を飛びまわった。と、雌のホタルが不意に起き上がって彼をくわえたかと思うと、むしゃむしゃとその雄を食べはじめ、六本の脚も左右の羽もきれいに平らげてしまった。
 ここには善悪の判断など無用だということを、カイアは知っていた。そこに悪意はなく、あるのはただ拍動する命だけなのだ。たとえ一部の者は犠牲になるとしても。生物学では、善と悪は基本的に同じであり、見る角度によって替わるものだと捉えられている。

 物語は、1950年代のカイアの成長と1969年の殺人事件の捜査が交互に描かれ、カイアとチェイスの接点、誰がチェイスを殺したのかというミステリーへと踏み出すことになります。

続きます。

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