南太平洋で覇権を争った,零戦(上) と グラマンF4Fワイルドキャット(下)
航空機事故を扱ったノンフィクションから出発した柳田邦男には、技術開発、システムを論じた企業戦略ものが多い。著者には零戦の開発ドキュメント「零式戦闘機」があり、本書はもっと広汎な、零戦に端を発した日米の戦闘機開発ドキュメントでり、戦争という組織と組織がぶつかる云わばビジネス競争のドキュメントでもある。戦争は当然国家間で行われるが、ひとつひとつの戦局や、勝敗を総括した(例えば戦力の増強方法など)戦略の立て方等は、経営そのものである(本書でも「戦争経営」という語句が登場する)。戦術、戦艦、航空機、情報機器、装備等のシステム(体系)とシステムの戦いであり、指揮官の優劣が勝敗を分けるることもビジネスそのものである。違うのは戦争は明確な敵の姿があるがビジネスには無い。
興味深かったのは、日米の戦闘機開発コンセプトであり物作りのフィロソフィーである。日本は一対一のドッグファイトを重視して旋回性・操縦性に優れた軽快な零戦を生んだ。一方アメリカは、高高度からの急降下による一撃離脱の戦法を採るため、頑丈な機体に高出力のエンジンを積んだスピードの出る戦闘機を作った。零戦は軽い機体で旋回性に優れてはいるが、急旋回で機体にシワが生じ、防御壁が無く銃撃に弱かったことは有名な話しである。米軍機は頑丈に作られている分機体が重く操縦性に難があり、これが緒戦で零戦が圧倒的優位に立った要因である。零戦は細みで鋭利な日本刀に似ている。零戦の姿が明らかになるにつれ、旋回性能に劣るアメリカは、2機のF4Fで1機の零戦に当たる編隊空戦線を採るようになる。やがて消耗戦による搭乗員と機体の損失により太平洋に覇権を立てた日本海軍航空艦隊は戦線を後退させることとなる。
本書ではこのコンセプトの違いを、翼面荷重(機体の身軽さを表す指標。主翼の単位面積当たりにかかる機体の重量)で解説されている。
零戦燃ゆ 1 P249より
翼面荷重は零戦107に対してF4Fは154であり50%近い開きがある.用途の異なる局地戦闘機・雷電を別にして,日米の戦闘機開発思想の違いが分かる.
著者は,本書の構想を第2巻あとがきで次のように記す.
「日本の近現代史は,対日米関係における戦争と友好のからいみあいを,重要な軸として展開してきた.そして,日米双方の特質(長所・短所)は,競争関係にある先端工業技術の分野において,端的に現れる.そこで,日米双方の特質をつかむ手がかりとして,日本的戦闘機の極致である三菱の零戦と,アメリカ的設計思想を典型的にあらわしたグラマンF4F,F6FおよびボーイングB29とを対置させ,その対決の経過を追跡する.」
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零戦のコクピット →http://blog.so-net.ne.jp/e-tsurezure/2005-08-11
吉村 昭 零式戦闘機 →http://blog.so-net.ne.jp/e-tsurezure/2005-07-21
コクピットの写真 →http://www001.upp.so-net.ne.jp/Strumgeschutz-3/senseki0.htm
零戦燃ゆ〈1〉
- 作者: 柳田 邦男
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 1993/06
- メディア: 文庫