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橋本大三郎 大澤真幸① ふしぎなキリスト教 (2011講談社) [日記(2019)]

ふしぎなキリスト教 (講談社現代新書)  神も仏も信じていませが、「人間を惑わす」宗教というものが好きです(笑。世界を動かす「西洋」の根幹キリスト教を知れば世界が理解できる!、それに台頭著しいイスラムr世界も、というわけです。しかも新書一冊でという気楽な話です。

 本書は、二人の社会学者による対談で、大澤真幸が挑発的な質問を投げ、橋本大三郎がそれに答えるという形で、キリスト教に迫ります。中身は、

 第一部 一神教を理解する ~起源としてのユダヤ教~
 第二部 イエス・キリストとは何か
 第三部 いかに「西洋」をつくったか

 以下メモみたいなものです。信用しないように…。

ユダヤ教
・聖書は旧約(ユダヤ教)と新訳(キリスト教)から成り立っており、両者はほとんど同じで、神(ヤハウェ、エホバ)を戴く一神教の聖典
・旧約新訳の違いはキリストがいるかいないかの差。キリスト教は、バラモン教を否定して仏教が生まれたような成立過程ではなく、ユダヤ教を「取り込んで」成立している
・ユダヤ教の神ヤハウェは、神→預言者→民衆というルートで神の声を伝え、イエスはこの預言者の系譜に属する
 というのが前提です。しからば、ユダヤ教とは何か?

 ユダヤ教は、ユダヤ人の宗教→当たり前。ユダヤ人(放牧民)が何処にいたかというと、現在のパレスチナ、
・エジプトとメソポタミア(バビロニア、アッシリア)という大国に挟まれたカナンに居住していた
・ヤハウェは数ある神々の一つに過ぎなかった
・大国の侵略を受ける間に、破壊と怒りの神ヤハウェが軍神として信仰され、ダビデ、ソロモンなどの王の守護神となった

 ユダヤ民族は戦争には指導者の「王」がいたほうがいいと考えで王を決めますが、面白いのは預言者によって王が決められること。日本史だと、秀吉、家康のように武力によって王が誕生するのですが、ユダヤ民族はヤハウェが預言者を通じて王を決める。王権神授説はこうした背景から生まれたんでしょうか。ユダヤ民族は、ヤハウェを信仰すれば戦争に勝てると考えているので、ヤハウェ信仰を本書では「安全保障」上の契約に例えています。
 「安全保障条約」によってユダヤ民族が勝ったのかというと、連戦連敗。北のイスラエル王国はアッシリアに滅ぼされ、南のユダ王国はバビロニアに滅ぼされ、ユダヤ人はバビロンに拉致される(バビロン補囚)。民族が雲散霧消たわけですから、ヤハウェなどもう信じないとなるのが普通。ところがユダヤ人はヤハウェを捨てない。
 ユダヤ人はこれをヤハウェの課した「(神が人間を試す)試練」と考えるわけです。全能の絶対神ヤハウェは間違わない、だからバビロン補囚もヤハウェが意図をもって為した試練だ!。これは弱者の論理、「イジメられっ子」の負け惜しみ。60年経ってユダヤ人はエルサレムに帰るわけですから、試練と言えなくもない。あるいは、今は負けているが将来は勝つはずだ、また勝ったアッシリヤ、バビロニアは本当は堕落しとる、正義は我々にあるな等々(ニーチェの「奴隷道徳」)。

 強がりを言ってもユダヤ民族はバビロンで奴隷となるわけです。彼等は、ユダヤ民族がユダヤ民族であるという自覚を保つために、戒律=律法を厳しくし民族として団結します。何を食べてはいけないか、七日に一度は安息日とする、割礼もしなさいという民族のルール。これを守っていれば民族のアイデンティティは保たれ、民族が滅ぼされても国家の再建は可能。イスラエル建国は、この戦略の成果。
 神への仕え方は、
 ・儀式を行う →祭祀、後のサドカイ派
 ・戒律を守って暮らす→後のパリサイ派
 ・神の言葉を伝える預言者に従う
 の三つ。裁断、戒律が整備されると預言者は必要なくなり、預言者が現れると弾圧され殺される。洗礼者ヨハネもイエスもこの系譜で、最後は殺されます。

一神教、多神教
 仏教は、神などは存在せず、人間を含む自然界は因果律で成り立っている。宇宙も生態系も自然法則に支配されているに過ぎない。その法則を徹底的に理解した人物ゴータマ・シッダルタが仏(ブッダ)となった。宇宙の法則を認識し、法則と調和した状態が涅槃。
 儒教も自然の後ろに神は考えず、自然は人間をコントロールすべきものと考える。コントロールの手段は政治であり、政治的能力を持った人を訓練し自然をコントロールする。

 一神教は、世界のすべての出来事の背景に、人格を持つ神がいる。神は、意思があり、感情があり、理性があり、記憶があり、言葉を持つ(光あれなど)。従って、一神教の神とは会話が成り立つ。人間が幾度語りかけても神は「沈黙」しているだけで答えはあるはずはなく、この不断の一方通行のコミュニケーションを、祈り、信仰という。
    災害で子供を失った母親は、何故私の子供は死んだかと神に問い、答えは得られない。自問自答の果にこれは「試練」だと考え、試練を与えるほどだから神は私を見ていると考える。また試練!。人間が苦しむ存在であるなら、弱者の論理、イジメられっ子の負け惜しみから出発したユダヤ教は、案外本質を突くところから出発したのかも知れません。人間精神の安全弁。

 ホラーは好きですから悪魔、サタンの存在は重要です(笑。完全無欠の神が悪魔など作るわけはない。サタンは「反対者」「妨害者」という意味、神への信仰を検証する存在で、神の代理として地上を査察してまわる「係」のこと。神は姿を現しませんから、代わりにサタンが現れる。「荒野の誘惑」でサタンが現れ、イエスを試し最後は尻尾を巻いて逃げるというのも査察で、少女に取り付いてエクソシストに追い出される悪魔も神の代理?、笑いますね。

 「§13 権力との独特の距離感」も面白いです。ユダヤ教は、人間が権力を持つことを警戒し、権力を肯定しない。神の意思を体現する預言者が王となる人物を指名し、部族社会のリーダーである長老がこれに同意を与え、王が神に背く行動をとると預言者が批判するというシステムを持っていた。神が認め民衆(長老)が同意するという民主主義に近い体制。絶対神ヤハウェがいるからとれるシステム。
 預言者が王になりたい人間王になった者と結託する危険がなかったのか?。民衆が、「アイツ偽モンでっせ」と長老に耳打ちし長老が同意しなければ王にはなれません。また預言者は民衆の中から現れおまけに無報酬、なりたい人間がなれるわけではなかった。預言者は神の言葉を民衆に伝える人間ですから、預言者の言葉を民衆が信じなければ預言者にはなれない。これを民主主義の萌芽と見るかどうか。

 以上は第一部のさわりで、「原罪とは何か」「全知全能の神がつくった世界に、何故悪があるのか」などアクロバチックですが面白い話が詰まっています。第二部はいよいよイエス・キリストとは何か。
 続く

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絵日記 運動会 [日記(2019)]

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映画 ミケランジェロ・プロジェクト (2014米独) [日記(2019)]


ミケランジェロ・プロジェクト [DVD] 原題、The Monuments Men。ナチスの略奪美術品を取り戻す連合軍の特殊チームを描いたものです。ヒトラーは美術学校を2回落ちた元画学生で、侵攻占領した国の美術館やユダヤ人から美術品を奪いドイツに運び込んでいました。映画にも登場しますが、中でもヒトラーの右腕ゲーリングが熱心?で、略奪した絵画で自宅を美術館にしていたそうです。ナチスはピカソやセザンヌ、ゴーギャンなどの絵を「退廃芸術」として弾圧していますが、ゲーリングは退廃芸術も収集していたというから、ヒトラーより眼が肥えていたことになります。 

ドイツの敗戦が色濃くなった1944年、ハーバート大学附属美術館のストークス(ジョージ・クルーニー)は、戦火にさらされているヨーロッパの建造物、美術品の保護を訴えてミケランジェロ・プロジェクト、正確には”Monuments, Fine Arts, and Archives program”を立ち上げます。この組織を映画向きに翻案すると、ナチスが奪った美術品を取り戻す『ミケランジェロ・プロジェクト』というストーリーとなります。

 ストークスはメンバーを集めます。メトロポリタン美術館の学芸員グレンジャー(マット・デイモン)、シカゴの建築家キャンベル(ビル・マーレイ)、美術鑑定家、収集家のサヴィッツ(ボブ・バラバン)、彫刻家、イギリス人の歴史家、フランス人の美術商。7人の専門家に加えて、通訳兼運転手のドイツ移民の米兵エプスタイン。「オーシャンズ11」ならぬ「ストークス8」で、『7人の侍』『荒野の7人』『黄金の7人』の美術版です。

 映画は主に三つのパートから成り立っています。ひとつがベルギー・ブルージュの聖母教会から略奪された「ミケランジェロの聖母子像」、もうひとつがベルギー・ヘントのバーフ大聖堂の祭壇画、三つ目がジュ・ド・ポーム美術館学芸員シモーヌ(ケイト・ブランシェット)。ナチスは、パリで略奪した美術品をポーム美術館に集め整理してドイツへ送っていたため、パリが開放されドイツ軍が去った後シモーヌが略奪美術品の全貌を知る唯一の人物です。
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 ストークたちはノルマンディーからフランスに上陸し、略奪美術品を追ってパリ、ベルギーのヘント、ブルージュ、ドイツのアーヘンへとそれぞれヨーロッパ中に散ってゆきます。

 ミケランジェロ・プロジェクトを阻むのが、第三帝国崩壊にあたっては総てを破壊せよというヒトラー「ネロ指令」と、賠償目的でナチスの財宝を略奪するソ連軍。第二次世界大戦が終っても略奪美術品は安泰ではなく、時間との闘いでもあるわけです。

 ストークスたちは、シーゲンの銅鉱山の坑道、メルカースの岩塩坑で次々に美術品を見つけ、おまけにナチスの100トンの金塊まで発見します。金塊発見は話題となり、パットン、ブラッドレー将軍が出席して大々的にマスコミ発表が行われますが、レンブラントやルノワールの絵画やロダンの彫刻が発見されても話題ともなりません。
 ドラマに乏しい映画ですが、ラストは少しサービス。ポーム美術館の学芸員シモーヌの作った台帳が発見され、祭壇画はアルトアウスゼーの岩塩坑に隠されていることが分かり、プロジェクトチームはアルトアウスゼーへ向かいます。当地はソ連の占領下におかれるため、米軍には撤退命令が出ており、ソ連軍の進駐と競争で美術品の撤収が行われます。祭壇画とミケランジェロの聖母子像が発見され、めでたしメデタシ。

 事実に基づいた映画らしいのですが、それ故か、ミステリーもサスペンスもアクションもありません。美術品探索ですからトレジャーハンター、相手がナチスですからもう少しハラハラ、ドキドキがあってもよさそうなもの。美術品の価値に比べ、映画は至って平板。ケイト・ブランシェット演じるシモーヌにしても埋もれてしまって存在感がありません。いっそうのこと、イギリス人のジェフリーズが犠牲となる「ミケランジェロの聖母子像」に絞ってサスペンスに仕立てたほうがよかったのではないかと思います。

 ナチスの略奪美術品を扱った映画に、『黄金のアデーレ』があります。クリムトの名画の返還を求め、訴訟を起こしたユダヤ人女性の実話を基にしたものですが、こちらの方が「略奪美術品」については説得力があります。
 2012年ミュンヘンのアパートから1,200点を超えるピカソやシャガールの絵が発見されニュースになりました。いずれも「退廃芸術」としてナチスが排除した絵画で、略奪美術品と見なされています。
 映画で、ジュ・ド・ポーム美術館学で美術品をドイツに送っていた将校のエピソードが描かれています。将校は「退廃芸術」のルノワールやマネをクスね、敗戦後レプリカとして自宅に飾っていたいたのですが、プロジェクトのメンバー、サヴィッツに本物と見抜かれて御用。現在でも何処かの家の居間に、略奪美術がそれとは知られず飾られているのかも知れません。ナチスによって60万点もの美術品が略奪され、10万点が未だに行方不明だそうです。
 映画としてはあまりお薦めしませんが、「略奪美術品」という意味では見て損はありません。

監督:ジョージ・クルーニー
出演:ジョージ・クルーニー、マット・デイモン、ビル・マーレイ、ケイト・ブランシェット

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HUAWEI P20 LiteにPOBox 5.4 [日記(2019)]

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 HUAWEI P20 Litの日本語入力はiWnnがデフォルトで入っています。使い辛いのでGoogle日本語を入れたのですがイマイチ。QWERTで使うためタイプミスが多いので、Xperiaで使い慣れたPOBox5.4を入れてみました。android9とPOBox5.4の組み合わせです。
 Evernoteに長文入力をすることが多いのですが、タイプミス、隣のkeyをタッチするミス、が大幅に減り快適です。1日使っていますが、今のところ不具合は起きていません。変換効率がやや不満ですが、広辞苑と辞書登録で何とかなりそうです。

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木内 昇 櫛挽道守(2013年 集英社) [日記(2019)]

櫛挽道守 (集英社文庫)  中央公論文芸賞・柴田錬三郎賞・親鸞賞のトリプル受賞作です。
 幕末の中山道の宿駅、藪原で櫛を挽く女性・登瀬の物語です。幕末の木曽の宿駅を舞台にした小説というと、藤村の『夜明け前』があります。『夜明け前』は、尊皇攘夷(というか勤王)という時代のうねりの中で本陣の当主・青山半蔵が生きるの物語です。『櫛挽道守(くしびきちもり)』でも、幕末の政治状況が宿駅に落とす影がモチーフとなっていますが、主題は櫛職人・登瀬の女の半生です。時代が変転する中で「櫛を挽くのは男の仕事、磨くのが女の仕事」とされる因習を破り、女性が男性の職場に進出する物語です。これもやはり『夜明け前』ということができます。

 登瀬が作るのは「お六櫛」。女性が髪を梳かす櫛のことで、四寸ほどのミネバリの木に、百二十本ほどの細かい櫛の歯が並ぶ梳き櫛です。耕地面積の少ない宿場・藪原では、この櫛の生産が農民の副業となり、中山道で江戸に運ばれ「お六櫛」として流通します。登瀬は、名人と言われた父親吾助のもとで櫛挽の技術を習得し、父親も、長男が早世したこともあって登瀬を技術の後継者として育てます。登瀬は櫛を作ることに生き甲斐を感じ、女は家庭内の雑事をこなし、嫁して子をなすという当時の常識の外で生きようとしたことになります。嫁すこともなく櫛挽一筋の登瀬に対置されるのが、母親と妹の喜和。母親は嫁に行こうとしない登瀬に気を揉み、喜和は自分の婚期が遅れることに苛立ちます。喜和は祭礼で男を見つけ、男の子を宿して嫁します。因襲を破るこの姉妹は、時代の先端を走っていたのか、あるいは新しい時代が木曽の山中まで浸透してきたのかも知れません。

 お六櫛の流通を握るのは藪原の問屋。櫛職人は櫛の材料を問屋から買い、挽いた櫛を問屋に納め日々の米を購うという仕組みです。この問屋から登瀬に縁談が持ち込まれます。吾助はお六櫛の技継承のためこれを断ったため、一家は問屋から謂れのない差別を受け、宿場で浮いた存在となります。藪原の共同体原理を壊したため共同体から疎外されます。

 「いかず後家」への偏見、固陋な流通組織、偏狭な地域社会といういう三つ旧弊が出ました。これらが如何に解消されるか、登瀬が如何に立ち向かうかが後半の主題となり、実幸が登場します。実幸は奈良井の脇本陣の四男で、江戸で塗り櫛の職人となった人物。吾助の櫛挽きの業に憧れ弟子入りします。母親は、実幸を登瀬の婿養子となり跡継ぎのない一家を支えてくれることを期待し、その期待を感じ取った登瀬は、櫛挽の競争相手でもある実幸に異様な闘争心を燃やします。櫛挽きに飛び抜けた才能を持ち、出自と垢抜けた立ち振る舞いの実幸は白馬の王子というわけです。
 実幸はこの三つ旧弊を見事にひっくり返します。土産用の塗櫛を作って経済的基盤を確保し、自分の櫛に刻印を打ってブランドを確立し、問屋を通さず江戸、京大阪に販路を広げ、母親の希望通り入り婿となります。登瀬は妻となり母となり、櫛挽の職人として共同体に定着します。「夜明け前」の女の誕生です。

 ペリーの来航や桜田門外の変など幕末の政治トピックがストーリーの底流をなしています。『夜明け前』の青山半蔵は、豪農や商人の知識層に浸透していた平田派の国学を学んだ知識人です。その半蔵がペリーの来航や尊皇攘夷を語る分には違和感はありませんが、櫛職人という環境を考えると、登瀬や実幸に幕末の政治を語らせることには少し無理があります。和宮降嫁の行列、水戸天狗党の通過などで十分ではないかと思います。そうした時代のうねりは、中山道の宿場の生活にも及んだはずであり、それが人々の意識を変え、共同体の有り様を変え、櫛の流通を変えていったことでしょう。そうした変化を感じ取った登瀬が、旧時代の壁を突き破ったのか、新しい時代が登瀬に追いついたのか…。

 旅人が行き交い、和宮降嫁の行列、水戸天狗党が通った宿場を舞台に、女の命とも言うべき黒髪を梳く「櫛」を挽く登瀬をヒロインに、幕末から明治を生きた女の物語です。宮尾登美子の衣鉢を継ぐのは木内 昇かも知れません。

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映画 ヒッチコック 海外特派員(1940米) [日記(2019)]

海外特派員 [DVD] FRT-257  原題、Foreign Correspondent、ヒッチコックがアメリカに渡って制作した第二作目。ニューヨークの新聞記者が、第二次世界大戦前夜のヨーロッパでスパイ事件に巻き込まれる話です。アメリカに渡って間のないヒッチコックは、当時の複雑な国際情勢を背景に故郷ロンドンを舞台としてスパイミステリーを作ったことになります。

 主人公はNYの新聞記者のジョーンズ(ジョエル・マクリー)。海外特派員としてロンドンに赴任し、オランダの政治家、イギリスの平和運動家をめぐるナチスドイツの謀略に巻き込まれます。
 平和運動家フィッシャーのパーティーでフィッシャーの娘キャロル(ラレイン・デイ)と知り合い、ヒーロー、ヒロインが出揃います。ジョーンズは、オランダの政治家ヴァン・メアを取材するためアムステルダムに向かい、ヴァン・メアはジョーンズの眼の前で暗殺されます。「都合よく現れた」キャロルと新聞記者フォリオットと共に犯人を追い、(オランダですから)郊外の風車小屋に忍び込み、殺されたはずのヴァン・メアを発見します。ジョーンズは、暗殺されたのは替え玉でヴァン・メアは某国の諜報員に拉致され、国外に連れ去られる謀略を知ることになります。オランダは1939年にナチスの侵攻を受けていますから、この謀略の黒幕はナチスドイツということになります。

 事件に首を突っ込んだジョーンズは命を狙われることになります。ロンドンに戻るフェリーの上で、ジョーンズとキャロルのロマンスが生まれます。ロンドンに戻ったジョーンズは、フィッシャーの屋敷で風車小屋で見かけた誘拐犯のひとり(バビロニア大使館の外交官、架空)と出会ます。フィッシャーは誘拐犯と裏で繋がっており、ジョーンズがヴァン・メア誘拐を新聞に書くこと恐れ、殺し屋をさしむけます。

 ヴァン・メイはオランダが結んだ条約の密約条項を知る人物で、その密約条項を聞き出すために誘拐したのです。某国はこ秘密条項を理由にオランダに侵攻し、覇権を全ヨーロッパに及ぼそうという野心を持っているという設定。平和運動家が戦争を企む国に加担しているわけで、フィッシャーとはいったい何者なのか?。これだけで政治サスペンスとなるはずですが、映画ではサラッと流します。ヒッチコックが狙うのは、ハリウッドが期待するのは、あくまで海外特派員vs.スパイ組織の活劇とそれに付随するラブロマンスのエンターテインメントです。

 この謀略を暴くのが、何故かジョーンズではなく新聞記者のフォリオット。フィッシャーがヴァン・メアを拷問する現場を押さえ活劇を演じ警察に通報します。フィッシャーは、自分の諜報が戦争を引き起こすことを知っていますからアメリカ亡命を企てます。このアメリカ亡命は、ハリウッドに移ったヒッチコックを連想させます。フィッシャーとキャロルの乗った旅客機(何故かジョーンズとフォリオットが同乗)はドイツの戦艦の対空砲火を受けて墜落。フィッシャーは、自分の国籍は英国ではなく自らの行動は祖国のための戦いあったことをキャロルに伝えます。これはヒッチコックのアメリカ行きの言い訳でしょう。フィッシャーはそれを後悔していると言い、ヒッチコックの言い訳は続きます。乗客は墜落した飛行機の主翼に乗って漂流し、定員オーバーとなった為フィッシャーは自らを犠牲にしますが、これはヒッチコックの懺悔でしょうか。

 Wikipediaによると、ヒッチコックはハリウッド入りするに当って、イギリス保守党から反ナチスのプロパガンダ映画を作るように指示を受けていたそうです。ヒッチコックは反ナチスのプロデュサーのウェンジャー(駅馬車のプロデュサー)と組んで『海外特派員』を制作したといいます。ナチスの宣伝相ゲッペルスは、この映画は最高のプロパガンダ映画だと言ったとか。ゲッペルスのお墨付きですから、『海外特派員』は名作と言えるかも知れませんが、斜めから見るとヒッチコックの「言い訳」映画だと思います。

監督:アルフレッド・ヒッチコック
出演:ジョエル・マクリー ラレイン・デイ

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丹波の黒豆 [日記(2019)]

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 ビールのアテにはこれです!

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映画 ヒッチコック バルカン超特急(1938英) [日記(2019)]

バルカン超特急 [DVD] FRT-035  原題はThe Lady Vanishes、消えた婦人。パンドリカからロンドンに至る国際列車の中で老婦人が消える話です。ハンドリカなどという国はありませんが、この国がバルカン半島にでもあったと想定して邦題は『バルカン超特急』。
 ヒッチコックは1939年にハリウッドに招かれ、以後のすべて制作国はアメリカで、イギリスで制作した最後の(ではないですが)ヒッチコック作品となります。1938年はナチスがオーストリアを併合した年で、翌1939年にはポーランドに侵攻し第二次世界大戦が始まります。ヒッチコックは第二次世界大戦前夜にアメリカに渡り、大戦中に『レベッカ』『疑惑の影』『逃走迷路』などの名作を手掛けます。イギリスにいればとても映画どころではなかったでしょうから、大戦を見越してアメリカに行ったのかもしれません。『バルカン超特急』は、この第二次世界大戦前夜のヨーロッパを映した映画です。

 雪崩でバルカン超特急が立ち往生、乗客はホテルで一泊することになります。結婚を控えて最後の自由を満喫するアメリカ人のアイリス(マーガレット・ロックウッド)、クリケット試合に熱心なイギリス男性、音楽教師のイギリス婦人、国籍不明の音楽家、等々雑多な人々がホテルで一夜を明かします。イギリス婦人は窓辺でギター弾きの歌を聞き、唐突にこのギター弾きは殺されます。ラスト近くで謎解きがありますが、この歌が映画の重要な小道具。除雪が終わった翌朝、様々な国籍の乗客を乗せてバルカン超特急は発車します。駅で、アイリスは落ちてきた植木鉢が頭に辺り昏迷。「取って付けたような」植木鉢事件もプロットの構成要素。

 アイリスとイギリス夫人はコンパーメントで顔を合わせ、食堂車でお茶を呑み、夫人はフロイ(メイ・ウィッティ)と名乗ります。このフロイが走る列車から煙の如く消え去ります。アイリスは、ホテルで知り合った音楽家のギルバート(マイケル・レッドグレイヴ)とともにフロイを探しますが、コンパートメントの乗客はイギリス婦人など最初からいなかったと証言。食堂車のボーイも紅茶の伝票を見せて一人でお茶を飲んだと主張し、乗り合わせた脳外科医は植木鉢が頭に当ったためだと診断します。イギリス人、イタリア人、ドイツ人などの乗る国際色豊かな特急列車、走る列車という密室で人ひとりがどうやって消えたのか?、何故消えたのか?、乗客たちは何故嘘をついたのか?というミステリーです。

 アイリスと観客はフロイの実在を知っていますから、コンパートメントの乗客やボーイは嘘をついていることになります。外科医は、町の病院で手術をするため途中の駅で患者を乗せます。この患者は顔も分からないほど包帯でグルグル巻、付添いのシスターは聾唖でしかもハイヒールという怪しさ満点。これは、患者とフロイをすり替えて誘拐しようという魂胆、怪しいのは外科医だ!とアイリス、ギルバートはもちろん観客も推理するわけです。そもそもフロイとは何者なのか?。外科医はフロイを秘密裏に拉致する作戦に加わり、コンパートメントの乗客やボーイもフロイ消失に一役買っていたわけのです。アイリス、ギルバートに救出されたフロイは自らがイギリスのスパイであり、情報を本国に伝える途中でパンドリカ国の官憲に捕まったことを告白します。その情報を音楽旋律でギルバートに伝え列車から逃亡します。ホテルで殺されたギター弾きもスパイで、歌でフロイに情報を伝えたわけです。音楽がスパイの情報戦の手段となるプロットは、斬新と言えば斬新。

 フロイ拉致に現れた軍人はどう見てもナチス、乗る車もベンツに似ています。ということは、パンドリカ国とはドイツのこと?。『バルカン超特急』は、イギリスとドイツの諜報戦ということになります。この後、列車切り離し、銃撃戦などがありますが、アクション慣れCG馴れした観客にはモノ足りません。面白いかというと、ヒッチコックといえど80年前の映画ですから古さは否めません。モノ足りませんが、1938年の国際情勢を考え合わせると、何やら違って見えてきます。

監督:アルフレッド・ヒッチコック
出演:マーガレット・ロックウッド マイケル・レッドグレイヴ  

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映画 ヒッチコック パラダイン夫人の恋 (1947米) [日記(2019)]

  パラダイン夫人の恋 [DVD] ヒッチコックのモノクロです。原題:The Paradine Case。caseは訴訟、事件という意味ですが、『パラダイン事件』より邦題の『パラダイン夫人の恋』の方が映画の内容を適確に表しています。

 舞台は1946年のロンドン。弁護士のキーン(グレゴリー・ペック)は、パラダイン大佐毒殺容疑で起訴された夫人を弁護することとなります。キーンは美貌のパラダイン夫人(アリダ・ヴァリ)に一目惚れし、夫人の無実を証明するために奔走し始めます。この手の映画では、美貌のヒロインが殺人犯ということはマズありませんから、誰だって弁護士がパラダイン夫人の無実を晴らすサスペンスと考えます。これが落とし穴。
 キーンは愛妻のゲイ(アン・トッド)と結婚11年目で、結婚記念日にイタリア旅行に行こうと相談していまいます。倦怠期の弁護士が依頼人に惚れ、それを感じ取った妻がこれを克服しようというのがこの映画のサイドストーリーです。面白いのは、判事(チャールズ・ロートン)がゲイに不倫を持ちかけるシーン。リズは軽くいなしますが、ストリーの進行と無関係なこうしたシーンが挟まれることこそが、この映画の本質を表していると思われます。婦人の弁護で妻との関係がギクシャクしてきたことに気づいたキーンは、弁護を降りようとしますが、はゲイは反対しキーンを励まします。

 キーンは、歳の離れた盲目のパラダイン大佐と結婚した夫人の過去を知りたがります。美貌の若い女性が年配の、しかも盲目の男性と結婚したわけですから、結婚は遺産目当てと考えるのが普通。パラダイン夫人の美貌に眼の眩んだキースは、夫人の無実を疑わないわけです。弁護のためにはあなたの過去を知必要があると夫人に持ちかけますが、夫人は語りません。キースはパラダイン大佐の館を訪れますが、これも夫人を知りたいためです。館でキースは大佐の使用人ラトゥール(ルイ・ジュールダン)と出会います。映画ではラトゥールの顔を影で隠し、こいつが犯人だ!と言わんばかり。その夜、ラトゥールはキースの宿に現れ、パラダイン夫人は悪魔のような女だと告げます。夫人とラツゥールの間には何がある?謎は深まるばかり。大佐を殺したのはラトゥールでパラダイン夫人は無実という描写で映画は進行します。

 裁判が始まり、判事はキースの妻を口説いたチャールズ・ロートン。検事、弁護士、判事の駆け引きが始まり、検事はラトゥールを証人に呼び、弁護士はパラダイン夫人を証人に召喚します。キーンとパラダイン夫人がメインキャストですから、キースがラトゥールの犯罪を暴き、夫人の無罪を勝ち取ってメデタシで終わるはずですが、そうはなりません。ヒッチコックが用意したのは、夫人が有罪となってキースは裁判に破れ、妻の元に帰る結末です。この結末を面白いと見るかどうか。

 ヒッチコックの妻アルマ・レヴィルは脚本家、編集者としてヒッチコックの映画を支えるパートナー。ヒッチコックは金髪フェチで女優にセクハラするマザコンで、『ヒッチコック(2012)』では妻の浮気を疑い嫉妬の炎を燃やす人物として描かれています。すべてをお見通しの妻アルマが怖いヒッチコックは、『パラダイン夫人の恋』でキースと夫人の恋を成就させる勇気がなく、妻の元に帰る結末しか描けなかったわけです。タイトルをつけるすれば「弁護士キースの恋」、裏の題は「ヒッチコックの恋」です。
 と考えると、ヒッチコックの中ではマイナーなこの映画もけっこう楽しめます。ヒッチコックの映画は斜めから見ると面白い映画が多いです。

監督:アルフレッド・ヒッチコック
出演:グレゴリー・ペック、アリダ・ヴァリ、ルイ・ジュールダン

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木内 昇 漂砂のうたう(2010集英社) [日記(2019)]

漂砂のうたう (集英社文庫)  第144回直木賞受賞作です。御一新から九年、新政府は地租改正、徴兵令などで近代国家の衣を纏おうとしますが、東京市民は未だ江戸時代を生きている頃の物語です。根津の遊郭・美仙楼を舞台に、立番(客引き)の定九郎を主人公に「廓」に生きる人々が描かれます。
 定九郎は上野の墓地で三味線の音を耳にします。音に近づくと、首から上の無い男が

ねェお願いだよォ。こん中のどこかにアタシの首ィ埋まってるはずなんだ。戦で吹っ飛ばされちまった首がさあ。どうか、一緒に、探しておくれよォ

 腰の抜けた定九郎に、カランコロン カランコロン と駒下駄の音が近づき、嫌だようォ、お兄さん。ちょいと起きてくださいくださいよォ。アタシですよ。ポン太ですよ。上野の山に近い根津ですから、「彰義隊」の亡霊が出ても不思議ではありません。

ほんの十年前まではさ、怪しいものを見るとね、おお怖い、なんだありゃ幽霊じゃないか、それとも狐かえ、天狗かえなんてことをォ言ったもんですよ。ところが昨今じゃ、ちょいと変なものを見たって言やァ・・・あァそいつは神経だ・・・幽霊なんざ、はなからこの世にいねえェんだから、おまえの頭がいかれっちまてるんだよ、ってさァ。

 近代化は人の心から幽霊を奪ったことになります。ポン太を見て腰を抜かした定九郎は、近代化とは無縁の人間ということになります。
 定九郎の情人、常磐津の師匠が川を流れるウサギの話を定九郎にします。明治六年に新政府は太陽暦を公布し、太陰暦が廃止されたため、月の兎を哀れんだ人々の間に兎を飼うことが流行ったそうです。兎一羽が百円二百円に高騰し、政府は兎一羽に1円の税金をかけたため兎は川に流されたというオチ。

これからはね 、古いもんにしがみついている奴は、切って捨てられるんだって

 新政府は明治6年に「内務省」をつくり国内の安寧と人民の保護を謳いますが、定九郎は、

誰も保護できず、自由も民に訪れはしない。米価はやみくもに上がり、農民たちが一揆を起こし、士族は職と家禄と矜持を奪われ暴動に走り(不平士族の乱)、貧民は貧民のままだ。

 身分制度は廃され、職業選択の自由が保証され、明治5年には芸娼妓解放令まで出ますが、厳然と遊郭は存在し、元御家人の次男で没落氏族の定九郎は郭の立番で遊客に声をかけます。定九郎には、「あやかし」を信じ、新時代の落ちこぼれという「江戸」のキャラクターが与えられ、『漂砂のうたう』が始まります。

 定九郎を中心に、三遊亭圓朝の弟子で前座の噺家・ポン太、妓夫・龍造、廓の下働きの嘉吉、賭場の管理人・山公、遊郭・美仙楼のお職・小野菊など多彩な人物が登場します。龍造は、ひと目で遊客の素性を見抜き、値踏みして相応しい相方まで見繕う立番。嘉吉は、『学問のすゝめ』を読んで廓からの脱出を夢見、長州人の山公は西南戦争の勃発を聞くや鹿児島を目指します。小野菊は、大身の商人の身請け話を断り、遊女の誇りを賭けて「花魁道中」を企てます。

 「あやあかし」が消え「自由と平等」が空回りする時代を背景に、彼等「漂砂」が「うたう」わけです。ハイライトは、小野菊の「花魁道中」。ポン太が筋書きを書き、定九郎が仕掛け、三遊亭圓朝の怪談『鏡ヶ池操松影』の「あやかし」に乗って小野菊は「自由」へ跳躍します。

 「漂砂」とは何か?。ポン太の解説によると

どんなにシンとしたとこでもね、動いているものは必ずあるんですよ。海だの川だのでもさ、水底に積もっている砂粒は一時たりとも休まないの・・・何万粒って砂がねェ・・・静かに静かーに動いていっているんだねェ・・・そうやって海岸や河岸を削っていくんだねェ。水面はさ、いっつもきれいだけどなんにも残さず移り変わっちまうでしょう。でも水底で砂粒はねェ、しっかり跡を刻んでるんだねェ。

 物語に登場する定九郎やポン太たちを指していることになります。そんなちっぽけな砂粒が川の流れを変え、砂州をつくるわけです。遊郭、圓朝の怪談噺など江戸情緒を背景に、明治維新に生きる東京庶民の姿が描かれます。

タグ:読書
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