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赤瀬川原平 新解さんの謎 (1996文藝春秋) [日記 (2023)]

新解さんの謎 (文春文庫)  先日来、「新明解国語辞典」をスマホに入れて楽しんでいます。で、大元の赤瀬川原平『新解さんの謎』を読んでみました。本を読んで吹き出すことはめったに無いのですが、この本は思わず吹き出してしまいます。以下引用ばかりとなります。

本書に沿って「恋愛」を引いてみます。

恋愛
れんあい【恋愛】
―する 特定の異性に特別の愛情をいだき、高揚した気分で、二人だけで一緒にいたい、精神的な一体感を分かち合いたい、出来るなら肉体的な一体感も得たいと願いながら、常にはかなえられないで、やるせない思いに駆られたり、まれにかなえられて歓喜したりする状態に身を置くこと。(第五版)

「肉体的な一体感」「まれにかなえられて歓喜」、なるほど。これが第四版では、

れんあい【恋愛】
ーする 特定の異性に特別の愛情をいだいて、二人だけで一緒に居たい、出来るなら合体したいという気持を持ちながら、それが、常にはかなえられないで、ひどく心を苦しめる(まれにかなえられて歓喜する)状態

ガッ、ガッタイ!!!。広辞苑はどうかというと、

れん‐あい【恋愛】
男女間の恋い慕う愛情。こい「―小説」(第四版)

愛想も何もない語釈です。

新解さんの辞書の特徴は、守りではなく攻めの辞書だということ。辞書に限らず学問の世界というのは、できるだけミスを指摘されないように、守りに徹して、堅苦しく堅苦しくやっていけば間違いはない。でもそうすると正しくはなっても明解にはならない。しかしそういう
不明解な正しさなんて何ぼのもんじゃ、というので新解さんは攻めに回る。(p43)
 
語釈者に「何ぼのもんじゃ」という自負あるわけで、ミスを恐れ護りに入ったのが広辞苑?。もうひとつ、

ふ‐せい【浮世】
うきよ。はかないこの世。永代蔵一「天地は万物の逆旅、光陰は百代の過客、―は夢幻(ゆめまぼろし)といふ」(広辞苑)

ふせい【浮世】
善き意志が必ず正当に報いられるとは限らず、むしろ悪(アク)の論理が罷マカ)り通るかに見える、この世。(新解)

「憂き世」ですねぇ。

読書
どくしょ【読書
―する 〔研究調査や受験勉強の時などと違って〕一時(イツトキ)現実の世界を離れ、精神を未知の世界に遊ばせたり人生観を確固不動のものたらしめたりするために、(時間の束縛を受けること無く)本を読むこと。〔寝ころがって漫画本を見たり電車の中で週刊誌を読んだりすることは、勝義の読書には含まれない〕
 
「精神を未知の世界に遊ばせたり、人生観を確固不動のものたらしめ」るのが読書でエンタメは読書に当たらない。本書を寝ころがって読んでいるんですが、これは読書に値するんでしょうか。
 第四版・新明解国語辞典のCD-ROMはそもそも無い?ので、紙版を買おうかと思っています。

タグ:読書
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