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小森陽一 あの名作の"アブない"読み方! 中島敦「山月記」 [日記 (2023)]

大人のための国語教科書 あの名作の“アブない”読み方 (角川oneテーマ21)
 これも現代国語の定番です。教科書で習いましたが、格調高い漢文調の文章にはしびれました。小森センセイが付けたキャプションは「虎よりも恐ろしき友」。詩人になる夢が破れて虎になった男が、その顛末を友に語るという小説ですから、その友は虎よりも恐ろしいといことになります。

隴西(ろうさい)の李徴は博学才穎(さいえい)、天宝の末年、若くして名を虎榜(こぼう)に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃(たの)むところ頗(すこぶ)る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかった。いくばくもなく官を退いた後は、故山、(かくりゃく)に帰臥(きが)し、人と交を絶って、ひたすら詩作に耽った。下吏となって長く膝を俗悪な大官の前に屈するよりは、詩家としての名を死後百年に遺そうとしたのである。

虎榜、虢略、それなんだ?ですが、格調高い文章とはこういうのを言うんでしょうね。李徴は科挙に合格し進士となるも、江南の下級役人として俗悪な大官に仕えることを潔しとせず詩人となって名を遺そうと官吏を辞めます。性格が狷介で世間と交渉を絶ち妻子も顧みずひたすら詩作、文名は上がらず李徴は狂って虎に変身します。その李徴が中央の高官となった旧友の袁惨と偶然出会い、虎になった経緯を語ります。李徴は、虎になったのは「臆病な自尊心と、尊大な羞恥心」が原因だと言います。袁惨に自作の詩を披露して消えます。

 教科書の指導書は、

才能への過剰な自負と不安(臆病な自尊心と尊大な羞恥心)のために、詩人を志しながらもその努力を怠り、世間との対応にも適切さを欠いた。その、「臆病な自尊心」、「尊大な羞恥心」という性情が、自分ではどうにもならない 「猛獣」となった時、自分の外形は内面の「猛獣」にふさわしい「虎」に変わってしまった。
・・・『山月記』における「人間が虎になるという虚構」は、人間内部の人間的なものと非人間的なものとを鋭く対比させ、人間性喪失の悲劇を鮮明に描こうとした。(教育出版)

とします。虎になったのは李徴の人間性に問題があったのだというわけです。

 果たしてそうか?、著者は『山月記』の時代背景「天宝の末年」を問題にします。天宝の末年は、玄宗皇帝vs.安禄山の「安史の乱」で、支配層腐敗、社会の矛盾、混乱を極めた時代です。李徴の悲劇の原因にこの社会状況が大きく関わっていると考えます。
 李徴も袁惨もともに進士。李徴は俗悪な大官の前に膝を屈することを潔し官を辞し、一方の袁惨は政府の高官ですから俗悪な大官に膝を屈しているわけです。このふたりの対照こそが『山月記』の主題だと言うのです。別れに臨んで李徴は即興の詩を吟じます。著者は、指導書が全く問題としていないこの詩主題を的確に語っているといいます。

偶因狂疾成殊類 災患相仍不可逃
今日爪牙誰敢敵 当時声跡共相高
我為異物蓬茅下 君已乗気勢豪
此夕渓山対明月 不成長嘯但成

たまたま精神の病によって人間とは異なる虎になってしまった
災難は重なってこの運命から逃れることはできない。
いまではこの自分の爪や牙に誰が敵対するだろうか。
自分たちが友人だった頃の評判はお互いに高かった。
自分は異物となってこの叢にいるが、あなたは(役人の乗る車)乗っている。
この月明の下で一吼えする。
私は長嘯はしない。(215)
(「長嘯」というのは、声を小さく長く出し続けて詩を吟ずること。と短く吼えること)

ラストも格調高いです、

忽ち、一匹の虎が草の茂みから道の上に躍り出たのを彼等は見た。虎は、既に白く光を失った月を仰いで、二声三声咆哮したかと思うと、又、元の叢に躍り入って、再びその姿を見なかった。
太平洋戦争が開戦する直前に、中島敦は日本が占領していたパラオに赴任します。 ・・・命を落とすかもしれないといって、のちに「古譚」にまとめるこの『山月記』を友人に託していたのです。それを知れば、中島敦が読者に訴えようとしていたのはどのようなメッセージだったのかもはっきりしてくるのではないでしょう か。
虎になった李徴がはなった一吼えにこそ、中島敦の時代への訴えが詰まっていたのだといえるでしょう。(219)
『山月記』は1942年(昭和17)に発表されます。
『大人のための国語教科書 -あの名作の"アブない"読み方』終了です、面白かった。

大人のための国語教科書 目次
一時限目 森鴎外「舞姫」
四時限目 宮沢賢治「永訣の朝」
五時限目 中島敦「山月記」・・・このページ

タグ:読書
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