著者がアルジェリアの砂漠で出会った羊肉シチューから始まります。オリーブオイルでニンニクを炒め、羊の骨付き肉を放り込んで炒めてスパイスは赤唐辛子の粉、そこへトマトを手で潰して入れジャガイモを加えて煮るという、ワイルドなシチューです。異国の砂漠ということもあって、これが大層美味だったそうです。この羊肉シチューをネタに、著者は「料理の一般原理」を導き出します。


 羊肉シチューは、フランス料理の“ブフ・ブルギニョン(ブルゴーニュ風の牛肉煮込み)“と基本は同じだと言います。肉を油で焼き、焼いたフライパンでソースを作り、スープで伸ばして煮込み、野菜を加えるといういう意味では、アルジェリアの田舎料理もフランス料理も根幹においては同じ料理だと言うことです。アルジェリアの田舎料理は、さしずめ「羊肉のソテー唐辛子トマトソース砂漠風」だというわけです。これを日本に置き換えると、鹿児島のとんこつ豚の生姜焼きになるそうです。それは違うだろうという人は、本書を読めば玉村マジックに納得されることでしょう、と言う他はありません。


 ひどく複雑な料理法も、根幹はごく簡単ないくつかの要素から成り立っていて、それが縦列組み合わせみたいな倍々ゲームになって無数の枝葉や末節を繁らせている


 「アリジェリア式羊肉シチュー」

 「コトゥレット・ド・ムント・ポンパドゥール」

 「ブフ・ブルギニョン」

 「豚肉の生姜焼き」

といった各種の料理は、実はひとつの同じ料理なのだ。色即是空、空即是色。ひとつの同じ本質が、時と所に応じてさまざまに異なる姿を人に見せるだけのことなのである。



 これらの料理は、「(油で)炒める」「煮る」という要素から成り立っていますが、あと「(直火で)焼く」という要素があることはすぐ分かります。つまり料理は、なまものを火、水、油で加工することにほかなりません。料理の四面体とは、なまものを底辺(面)とし、この、火加減(火と素材の距離=空気)、、の4つを結ぶ三角錐から成り立っています。料理はこの三角錐の何処かにあるということであり、稜線と斜面を移動することで無限の展開を見せるというのです。


 最近挑戦したローストビーフは、火と空気の線の火に近い位置(ロースト)にあり、ビーフジャーキーも、太陽、風を火と考えるなら、同じ線上の空気に近い位置にあります。牛肉を油を敷いた鉄板で焼けば、ステーキは火と油の線上にあることになります。

 ひどく複雑な料理法も、根幹はごく簡単ないくつかの要素から成り立っていて、それが縦列組み合わせみたいな倍々ゲームになって無数の枝葉や末節を繁らせている


 料理をこの四面体で分解し、その組み合わせと素材を変えることで 、料理は無限に広がるというわけです。料理の極意です。


 本書で原理を学び、檀一雄『壇流クッキング』のレシピを参考にキッチンに立てば、気分はもう☆☆☆シェフです(笑。

 料理をやっている分かるのですが、火力と素材をその温度にさらす時間、素材×素材(調味料を含む)から生まれる味のハーモニー、これは勘と試行錯誤による経験でしか獲得できませんね。

 そしてこの料理の四面体こそが、世界にかつて存在した、いま存在する、これから存在するであろう、すべての料理を包括する一般的原理を、目に見えるかたちで表現したモデルなのである・・・

ということになります。厨房に立つ男子の必読書です。