太平洋戦争の最中、150万人の朝鮮人が九州や北海道の炭坑等に強制連行(異論もあります)されたことは知っていましたが、朝鮮人労働者がサハリンにまで送られ、敗戦とともに取り残された事実は初めて知りました。
朝鮮併合によって日本国籍であった朝鮮人労働者が無国籍となり、ソ連が労働力確保を補うため帰国を認めなかったこともあり、帰還の網の目からこぼれ落ちたわけです。日本人の帰還は政府によって熱心に行われましたが、4万人を越えるこれらの人々は、サハリンに置き去りにされました。ソ連は、分断され北朝鮮と友好関係にあり(当時の反共国家)韓国とは国交が無く、多くの南朝鮮出身者の韓国帰還は認めらなかったために、この問題は長期化した様です。
著者はこれらの人々の望郷の思い、韓国に残された家族、戦争責任を果たそうとする日本の支援者を丹念に取材し、国家が個人に強いた戦争の傷跡を描いて見せます。
日本の支援者による『樺太残留者帰還請求訴訟(サハリン裁判)』で証人として韓国から出廷した夫人が、「夫を帰せ!さもなくばこの場で殺せ!」と法定で叫ぶ描写があります。実際に著者が見聞した記述ではないものの、この辺りが本書のひとつの山場でもあります。
戦争と戦後国際政治の狭間で起きた未帰還の悲劇を描くだけではなく、韓国に帰還できた人のその後にも配慮がなされています。『故郷の土に骨を埋めたい』と云う一念で安定したサハリンでの生活を捨て、再婚した妻と離婚までして故国に帰ると云うことはどういうことか?。45年の空白を経て帰国した帰還者が韓国の社会や生活に順応することは容易でないことや、サハリンと韓国に離れて暮らす時には強固であった夫婦の絆が、期間後共に暮らすことでいかに脆く切れ悲劇を鮮やかにすくい取ります。
さらに、サハリンに残された人々まで視野に入ります。長男である夫に帰国を勧め離婚してサハリンに残留した妻がいること知り、著者は何とか会おうとして果たせません。
三人の妻の中で、彼の子供を生まなかったのは第三の妻だけと気づいて、私は彼女に女のあわれを感じた。だが結婚生活の最も長いのはこの女性である。三十数年間、苦楽を共にしてきた夫との生別がつらくなかったはずはない。それでも夫を韓国へ帰そうという決意は、彼女のやさしさ、聡明さ、儒教の国の女の義理がたさ、そして意思の強さから生まれたものであろう。
日本へ帰る機上で、私は名前さえ知らない柳又達の第三の妻へ、敬意をこめてあなたは人生の達人だと、話しかけた。
『朝鮮人強制連行』については様々な論議がある様ですが、敗戦によって4万人の朝鮮人が取り残され(日本人は全員帰還?)そこに悲劇とドラマがあったことは動かしようの無い事実でしょう。
正直、読んでいて辛くなるノンフィクションです。
角田房子のノンフィクション
【読了】・・・いずれもお薦め
・悲しみの島サハリ ・・・このページ
【予定】
・いっさい夢にござ候―本間雅晴中将伝 ・・・確保済
・一死、大罪を謝す―陸軍大臣阿南惟幾
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