ソ連で発行された切手。1964年、ゾルゲはソ連邦英雄となりました。

 ゾルゲは1925年1月にモスクワ入りし、コミンテルン情報局(諜報)に入っています。上海、東京で諜報活動をしたゾルゲを考えるうえで、コミンテルンとゾルゲがコミンテルンを如何に理解していたかを知る必要があると考えます。

1)一般的な概説(wikipedia参照)

【第1次インター、第2次インター】
 コミンテルンは1919年モスクワで結成された共産主義の国際組織です。
 前身は1862年にロンドンで結成された国際労働者協会(第1インターナショナル)で、かのマルクスが創立宣言を書き、ヴィクトル・ユゴー、バクーニンらが参加していますが1876年に内部分裂で崩壊します。
 1889年には、再度国際的な労働組合運動の組織化をめざし第2インターナショナルが設立されます(参加20カ国)。この第2インターにはロシア代表としてレーニン、ポーランドからはローザ・ルクセンブルグなどが参加しています。1907年の『シュトゥットガルト決議』では、軍備の縮小、戦争勃発の阻止や、主本主義の廃絶などが決議されていますが、主導的役割を果たしたドイツ社会民主党の分裂で、第2インターそのものが又も崩壊してしまいます。