この映画1990年代中頃の炭鉱町を舞台に、英国の「炭坑閉鎖」を背景にしています。映画の中で、ハリー(ジム・カーター、ロイヤル・アルバート・ホールの決勝でダニーに代わって指揮)の奥さんが夫に向かって「10年前のストライキの頃はアンタは素敵だった。だが、今は楽器を吹くことしかできない」と言うシーンがあります。
この「10年前のストライキ」というのは1984~85年の全国規模での炭鉱ストライキをす指しています。石油に押されて赤字の炭鉱は年に3000億、それを政府が補填しているわけです。英国の炭鉱は国営だったんですね。サッチャーが登場して赤字の国営企業に大鉈を振るい、1年に及ぶストライキが起こります。警官隊と激突するようなストライキだったようで、この時かたんにストの先頭に立ったハリーを、奥さんは素敵だったと言うのです。
このストライキの期間は収入がありませんから、フィル(スティーブン・トンプキンソン)のように借金して暮らしを維持し、未だ経済的に困窮しているバンドメンバーもいます。
そしてこの映画の「現在」、彼等の炭鉱が廃坑に追い込まれ、1881年?創立と言う歴史ある彼等のブラスバンドも解散の危機に瀕しています。
という背景のもと、ダニー以下バンドのメンバーが炭鉱閉鎖の逆光を跳ね返し、コンテストで見事優勝するまでを描いています。で、感動の人間ドラマかというと、基本的にはそうなんですが、何しろ全英を揺るがしたストラキですから、『フラガール』と違ってけっこう風刺が利いています。
wikipediaによると、タイトルの“Brassed Off!”は「怒っている」、「うんざり」という意味だそうです(brass bandのひっかけ)。
フィルは1985年のストで作った借金を引きずり、4人の子供を抱えてオンボロのトロンボーンを吹いています。借金取りに家財道具一切を持ってゆかれ、奥さんは子供とともに家を出て行きます。進退窮まったフィルは、アルバイトのピエロ姿で、教会の子供たちを前に毒づきます、
神様は人間を作ったね、その時助手が尋ねた、心臓がない者はどうしたらいいですか?・・・
神様はこたえた、何でも縫いつけろ尻に口を付けるんだ、こうして保守党ができましたとさ!
(神に許しを請いなさい)
神?こいつか?神が何をした?ジョン・レノンを殺しエンズリー坑で3人殺した、今度はパパの番だ
サッチャーはピンピンしてるのに、それが神のやることか!
コンテストの優勝スピーチで、ダニーは優勝を辞退し、政府批判を堂々とやってのけます、
10年前から政府は意図的に炭坑をつぶしてきました、炭坑だけではなく村や家や人生を
進歩の名の下につぶした、
我々の働く炭坑も2日前に閉鎖になった、何千人もの労働者が仕事を失った
仕事だけでなく 勝つ意欲も戦う意志も失った生きる希望さえ失われそうになっている
もし我々がアザラシやクジラなら助けてもらえたろう
だが、我々は普通の人間だ、誇り高い人間だ なのに一握りの希望も残っていないのです
確かに演奏はすばらしくうまい、だがそれでどうなる?
で優勝を辞退したかというと、バンドのひとりは「あれは言葉のアヤ」とか何とか言って優勝カップを持って退場して行きます。
ラストでは、エルガーの「威風堂々」をバックに、
英国では1984年から140の炭坑が閉鎖され 25万もの人々が失業した
とコメント流されエンドロールとなります。英国病克服のために、こういう犠牲があったのですね。
風刺とユーモアにあふれ、素直に見ることのできるドラマで、お薦めです。
ユアン・マクレガーも出ていますが、はっきり言って脇役。主役はピート・ポスルスウェイトと、彼の息子でトロンボーン担当のフィルを演じるスティーブン・トンプキンソンです。
監督:マーク・ハーマン出演:ピート・ポスルスウェイト ユアン・マクレガー タラ・フィッツジェラル スティーブン・トンプキンソン ジム・カーター